出版11社で復刊プロジェクト「書物復権」 本は“ある”状態を保たないと忘れ去られてしまう
記事:じんぶん堂企画室
記事:じんぶん堂企画室
買おうとした本が品切れ。多くの人は一度は経験があるだろう。ネット書店で在庫表示が「品切れ」でも、出版元には在庫があることは少なくない。だが、出版業界用語としての「品切れ」は、出版社の倉庫からなくなったことを意味する。
とりわけ人文系の専門書は品切れになるケースが多い。もともと大量に売れる本ではないので、初版部数がまず少ない。品切れになっても、かけるコストを回収できる見込みがなければ重版はできない。しかし、その本を欲しがっている人は、多数ではないが、存在する。その人たちの希望に応えられないまま、品切れ状態が続く……。
専門書を刊行する出版社は小中規模の会社が多く、出版不況で経営はますます厳しい。品切れは、出版社にとってもつらい状態だ。
そこで、品切れ本を再び世に出すために、岩波書店、東京大学出版会、法政大学出版局、みすず書房の4社が共同で始めたプロジェクトが「書物復権」だ。
第2回から参加出版社は増えていき、今年は上記4社をはじめ、紀伊國屋書店、勁草書房、青土社、創元社、白水社、未來社、吉川弘文館の計11社が参加している。
当初の企画段階から長くかかわってきた、みすず書房の前社長・持谷寿夫さんは振り返る。
「もともとは1995年に、既刊書をいかにアピールするかを話し合うために、4社の社長と営業担当が集まったのがきっかけです。既刊書の中でも品切れは各社共通の大きな悩みでした」
1997年、4社共同で品切れ本の復刊を開始。各社4~5冊を復刊し、復刊本のリストをリーフレットにして全国の大型書店や大学生協に置いた。4社でコストや労力を分担することで実現できた。
「書物復権」というプロジェクト名は、当時のみすず書房社長・小熊勇次氏が挨拶で使った言葉からとった。
「私の大学時代は、パチンコ屋の景品の中に人文書も並んでいたんですよ(笑)。みんなが必ず読む人文書、というものが当時はあった。そういう時代でした」
「書物復権」では、復刊のほかにも、人文書をアピールするさまざまな企画を行った。担当編集者との座談会を全国の書店で開催する「本のある場所で」。東京国際ブックフェアでメディアや書店に向けて本の企画をアピールする新企画説明会。共同でできることはなんでもやるという思いだったと、持谷さんはいう。
復刊してみると、初版では売れなかった本がヒットし、その後ロングセラーになることもある。
「印象に残っているのは、第一回のときに復刊したロラン・バルトの『明るい部屋』です。初版は1985年、93年まで版を重ねていましたが一定部数の製作ができなくなり品切れにせざるをえない状態だった。しかし97年の共同復刊以降、版を重ねることができ、現在までに累計で約3万7千部という部数になっています。一度売れなかったからといって、“売れない本”と決めつけてはいけないのだと実感しました。時代が変われば、あるいは、何らかのきっかけで、売れることもある」
2年目の1998年からは、復刊する本を読者リクエストで決めるようになった。各出版社の復刊候補リストを載せたリーフレット1号を全国の協力書店や大学生協に置いてもらい、返信用はがきでリクエストを募る。集まったリクエストをもとに各社が復刊書籍を決定し、復刊決定書目をリーフレット2号で発表する。
「リクエスト形式にしたのは、『見えない読者』をすくいとりたかったからです。ある本を書店に買いに行った人が、『品切れです』と言われたら、その人はどうするでしょう? 研究などでどうしても必要な人は図書館や古本を探すでしょうが、そのときふと読みたいと思った人たちは、ほとんどがそこであきらめる。わざわざ出版社に注文までしてこない。だから、その人たちの存在はわたしたち出版社にはわからないまま……。そういう人たちに応える努力をしなくては、と思いました」
かつて欲しかったけれど高くて買えなくて、買えるようになって探してみたら品切れだった、という声も多く寄せられる。
当初の返信用はがきは、今はリーフレット末尾のFAX用リクエスト用紙に変わった。現在、リクエストのほとんどは、1999年から参加している紀伊國屋書店の特設HPや、復刊事業に定評のある「復刊ドットコム」を通してオンラインで寄せられる。
「リクエストが多い本はだいたい過去20年以内に刊行されたものです。なぜなら、それよりも昔に刊行された品切れ本は聞いたことすらないものがほとんどでしょうから、復刊候補リストに挙がっていても興味を感じようがない。つまり、本というものは、“ある”という状態が保たれていないと忘れ去られてしまうのです。本の性格によっては紙の本でなくてもいい。電子書籍でもよく、とにかく、“ある”ように保つための手立てを考えることが出版社にとっての責務だと思っています」
その責務を果たすために、「書物復権」は続けられてきた。
少数の声にも応えるために書目によっては個別にオンデマンド版の対応も行っている。電子書籍化については各社ごとの判断で対応している。
「私たちが出版している人文書は、普遍性のある内容をもつ書物だという自信はあります。新しいものばかりでなくそういう本を残していくことによって出版の多様性を保つことにもつながる。残していくためには電子化は必要でしょう。電子化、オンデマンドなど、さまざまな手立てを組み合わせて、タイミングをはかりながら世に出していく。出版社には、本を残していく専門の部署があってもいいと思います。著作者、書店、図書館、本に携わるすべての方々との協力の中核になっていくこともあらたな出版社の役割だと思っています」
(じんぶん堂企画室 伏貫淳子)