「カワセミ」は、蝉ではないの? 言語学へのいざない
記事:朝倉書店
記事:朝倉書店
カワセミは「川」と「蝉」という2つの語が一緒になってできたことばです。アブラゼミも「油」と「蝉」が一緒になってできたことばです。他に、熊ゼミも、ニーニーゼミもいます。このように「末尾にセミやゼミが付く言葉はセミの一種である」と知っていれば、カワセミも蝉の1種であると考えたとしても不思議ではありません。
カワセミ(カワ+セミ)のように2つの語が合わさってできた言葉を「複合語」といいます。日本語では、アブラゼミや熊ゼミのように、右側の語が意味の中心となることが一般的です。たとえば、カモシカ、山桜、くず粉といった具合です。
同じように「野球少年」は野球好きの少年のことを意味します。これを逆にして「少年野球」としてみましょう。少年たちが参加する野球競技という意味になります。右側の語が意味の中心となるので、このように「同じ語の組み合わせ」であってもだいぶ意味が違ってくるわけです。
ところが、カワセミそのものは蝉でもなければ川でもありませんから、意味の中心がありません。
蝉ではなく鳥であると教えられて戸惑ったとしても不思議ではありません。
実は、こうした「ことば」は意外にあります。たとえば、「しる粉」は、「粉(こな)」ではなく小豆の入った甘い汁ですし、「口車(くちぐるま)」は、確かに「乗る」とはいえ、運搬用の車を表しているわけではありません。
こうした2つのことばが合わさって1つのことばになるということは、他の言語でも広く見られるものです。また、右側にきたことばが意味の中心になるということも多いです。たとえば英語の、motorcar(自動車)、 greenhouse(温室) は、右側の語末の語が意味の中心となっています。
ところが、フランス語などの複合語では、主要部が右側ではなく左側に現れます。
英語 post stamp(切手)/ coffee table(コーヒーテーブル)
フランス語 timbre poste(切手)/ table à café(コーヒーテーブル)
さて、フランス語は「へそまがり」の言語なのでしょうか?
ここではこれ以上は立ち入りませんが、こうした「ことば」の成り立ちの法則を考えるのが、言語学の一つの役割です。
ちなみに、カワセミの語源は、カワ(川)とソビ(青土)の2語から成るとするのが有望とされています。「蝉」の漢字表記は、ソビからセビ、セミに変化した音に合わせた当て字だそうです。誤解を招きやすい当て字ですが、そのまま使われ続けたというのもおもしろいものですね。
「ことば」というものは、誰にとっても空気のような身近な存在で、あらたまって考えることがないのがふつうかもしれません。
ところが少し踏み込んでみると、ことばには様々な不思議なことがあります。動物界の中でことばを使うのは人間だけであったり、脳の病気やケガがもとでことば自由に使えなくなったりします。
世界にはいくつの言語があるのでしょう? そもそも、人類はいつことばをもったのでしょう?
また、ことわざや洒落、広告のキャッチコピーなど、ことばは多様な場で使われています。
そんなことばたちの不思議で面白い特徴から、ことばの世界へといざなうことを考えたのが『ことばのおもしろ事典』です。全30章でさまざまなことばの側面を取り上げてみました。
ここでふれたカワセミのはなしは、第2部の4章により詳しく書かれています。
「へえ、ことばにはそんな面白い側面や性質があったんだ」とか、「気付かなかったけれども、ことばにはいろいろな不思議が潜んでいるんだ」、「そんな見方をすると、ことばの知らない世界が見えてくるんだ」と思ってもらえれば幸いです。