若者の2割がアンダークラス 非正規、低賃金、未婚でぎりぎりの生活 ――宮本みち子さんに聞く
記事:じんぶん堂企画室
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――アンダークラスの若者たちとはどんな層で、どのくらいの規模で存在するのでしょうか。
アンダークラスには、非正規雇用者が大きな一群として存在しますが、さらにその周囲には、ある時は非正規で働き、ある時は無業でいたり、ある時は引きこもっていたり、その時々で労働市場に入ったり出たりしている若者と、労働市場にまったく入れない若者とが混在しています。この本では、非正規雇用よりさらに一層不安定な状態にいる人、無業者まで含めて、アンダークラスだと考えました。
おおよそ若者の2割に達していると考えられます。総務省の労働力調査(2020年平均)によると、15歳~34歳では非正規労働者が約512万人(この年代の人口の約20.4%)、完全失業者が約72万人(約2.8%)、無業者が約69万人(約2.7%)。これらを合計すると、この年齢層の26%になります。この中に、既婚で、パートタイマーなどで働く女性が含まれます。また無業者のなかには浪人やボランティア活動などをやっている人が含まれているので、その分を差し引くとして、約2割とみてよいでしょう。
高校の現場で見ても、高校を卒業するか中退した後、安定した仕事につけず、アルバイトを転々としたり、失業や無業状態になったりを繰り返している人が2割くらいいると言われています。
――アンダークラスになる可能性のある予備軍もいるわけですね。
高校中退に加え、高校を卒業して正規雇用で就職する割合は良くても5割。しかも、しばらくすると辞めてしまうケースも多い。大学でも新設校では最悪5割が中退すると言われ、そうした場合、安定した職業には就きにくい状況がみられます。長期にわたって不登校の子どもの割合も減っていません。日本の社会は人生のスタートラインでつまずくと、挽回するのが難しいんです。
――本書は、研究者、若者支援の実践者、自治体職員ら15人で書かれています。若者の孤立と貧困問題に焦点を当てていますね。
科学研究費を受けてチームを作り2000年から、困難を抱えた若者の問題を研究してきました。2015年に『すべての若者が生きられる未来を』(岩波書店)を出しましたが、事態は刻々と進んでいて、10代や20代の問題として扱われていた現象が、やがて30代、40代になり、中年期の「8050問題」(80代の親が50代の無業やひきこもりの子の生活を支える)など、問題は拡大してきました。
近年では貧困の問題が圧倒的に大きくなっています。国は2005年頃から若者支援施策をスタートさせましたが、当時は就職氷河期とか自立できない若者の問題と考えられ、経済的な困窮はあまり認識されていませんでした。支援現場で把握する子どもや若者たちは経済的に困窮している例が少なかったのです。そこに出てこられない子たちの問題が背後に隠れているに違いないとは思っていましたが、それが顕在化したのが、2010年代の半ばくらい。子どもだけでなく、その親の貧困の問題や、仕事と経済事情から家庭を持てない若者が目立つようになりました。その頃、子どもの貧困対策事業もスタートしました。
近年の日本では成人に達した子どもが親と同居して関係が長期化する傾向が強い。暮らしに困った若者は親に頼るしかなく、社会的救済は二の次になります。だから問題が発見されにくい。親子が窮乏し社会的に孤立した状態にあっても発見されないということが起きやすいと思います。
――アンダークラスの若者たちの多くは、雇用保険に加入していないため失業給付を受けられない、生活保護の対象にもなりにくいなど、社会保障のすき間に陥ってしまうと指摘しています。
今までの社会保障制度は安定した家族と会社を前提とした制度です。学校を卒業すれば、だいたい就職でき、社会保障制度に加入し、病気と失業から守られ、退職後は年金と医療と介護を保険で受けられました。大半の人は結婚したので、女性の場合は働かなくても食べていかれた。経済成長期はその枠組みで多くの人々の暮らしはカバーされ、こぼれ落ちてしまった人だけを生活保護で救済する仕組みでした。
それが利かなくなってきたのが、バブル崩壊以降、1990年代半ば頃からです。正社員になれないだけではなく、社会保障制度では守られない人たちが出てきたのです。非正規雇用のまま持病を抱えてしまったり、親を介護するために仕事をやめざるをえなかったり、社会保障の対象からはずれてしまうなど、安定した生活を維持できない人が相当います。
現役時代にそうなのだから、やがて高齢になれば、生活保護に頼るしかなくなるかもしれません。生活保護で老後を生きることを良しとする人は多くはないでしょうし、国としても相当大きな負担になるわけで、生活保護に陥らない生活保障のしくみをどうやって作るかが問われてきます。
――生活保障を提唱されていますが、どんな考え方でしょうか。
人の暮らしを支える要素はいろいろありますが、まず仕事が非常に重要で、日々の暮らしがかつかつで家庭をもつこともできないほどの低賃金を放置することはできません。労働の尊厳という価値も取り戻す必要があります。それと社会保障制度。その間に、仕事を継続するために必要な再教育や職業訓練や就職支援をうまく入れていかなければいけません。勤め先で職業訓練を受けることのできない人が多くなりました。これでは激しく変動する労働市場の中で、職業生活を持続することはできません。
これらの制度の有効性を高めるためには、コミュニティーの編み直しが必要です。誰でも必要に応じて包括的相談支援のサービスを受け、自分はこんな場に帰属したいと考える居場所や職場をみつけ、そこに身を置くと元気を回復できるようなコミュニティー環境を作る必要があると思います。
働くことに関していえば、だれでも働くことができるような働き方の多様化を進める必要があります。健康状態が悪かったり、子育てや介護をしなければならない人に、もっと柔軟な働き方を可能にして、社会に参加し、人並みの暮らしができる安心感を与えることが必要だと思います。
それらがセットになったものを生活保障と考えます。人生を見越した長いスパンで、最後まで人としての尊厳と暮らしの安心・安定が誰にでも保障される社会環境が必要だと思います。
――個々の若者にとってだけでなく、社会全体を成り立たせるために、生活保障の政策が必要だと書かれています。
若者をみていると、「暮らしが成り立つ」という観念すら持てず諦めてしまった若者、アンダークラスが増えている状態で、社会の中核層がやせ細りつつあるのです。
地域コミュニティーの核となる若い世代を、社会がきちんと応援して育てようという自覚がなく、若者を競争原理に任せておいたら、その弱体化は進みます。コロナ禍はこの層に長期にわたって決定的なダメージを与えてしまうと思います。
――事後的対策ではなく、あらかじめリスクに備える社会的投資が必要だと、北欧の例などが紹介されています。
日本では教育は親の責任と考えられていますが、北欧諸国はまったく違いますね。社会が子どもたちに投資すれば、やがて社会に戻ってくるという考え方です。学校前教育に力点が置かれているのは、幼児期の教育が、その後の教育効果を高め、良質な若年層を作る土台だと考えられているからです。
学校から実社会に出る時期においても、実情に応じた支援がシステムとして確立しています。他方、日本のたとえば高校中退者を見ると、誰にも相談せずに中退し、どういう仕事に就けば生きていけるのかという知識もないまま実社会に放り出されてしまっています。
ヨーロッパ、特に北欧では、学校を出ても仕事が決まっていない場合、若者はすぐに役所に行くんですね。そうした若者を何カ月以上放置してはいけないというルールがあります。一番重要な時期に教育も職業訓練も社会的体験も得られないまま放置されることが、どれだけその子のダメージになるかと考えるんです。豊富なメニューが用意され、それぞれに合わせて支援計画が立てられ、職業訓練などが受けられる。その時重要なのが、経済給付がついていることです。支援を受けるのは若者の権利ですから、ほとんどの若者は役所に行くのです。
日本にはこれらが欠けています。仕事がなければ親から小遣いをもらうしかない。しかも系統だった訓練の場が限られているので、やみくもにアルバイトを始めることになる。そうやって入った職場は条件が悪いために転々としてしまうんですね。
職業資格制度がある国では、目標がはっきりしています。資格を取ることで確実に仕事に就ける。中退しても高校教育を補って卒業資格を取れば、さらに上の職業資格に挑戦できる。道筋が具体的に見えるんですね。
――最後に、若者問題に関しておすすめの本を紹介していただけますか。
1つ目はアメリカの本で、ロバート・パットナムが書いた『われらの子ども』(創元社)です。アメリカンドリームを体現した工業都市が衰退する過程で、家族とコミュニティーに何が起こり、そのなかで子どもたちはどのようにして大人になったのかを、聞き取りと豊富なデータと理論によって描いています。衰退前のこの町では、低所得家庭に生まれた子どもが、社会経済的なはしごをよじ登るための機会は豊富でした。ところが産業の衰退にともなって格差と貧困が露わになり、地域の子どもに目を向けてくれる大人もいなくなってしまった。その歴史をリアルに描くすぐれた本だと思います。
二つ目は私の編著で『下層化する女性たち』(勁草書房)です。当時フリーターなどは男性の問題という見られ方をしていましたが、実際に非正規雇用は女性の方が圧倒的に多い。しかも未婚化が進む中で非正規、低賃金雇用に押し込められている未婚女性がここ10年20年で急増しています。労働からも結婚と家庭からも排除される女性の増加を、多面的に論じた本です。
三つ目は橋本健二さんの『アンダークラス』(ちくま新書)です。日本の社会階級が変化し、それまでは資本家階級、新中間階級、労働者階級、旧中間階級の4つだったものが、今は労働者階級の3分の1が不安定な仕事につき、生きるのにぎりぎりの収入で、結婚し家庭を持てないアンダークラスになっているということが、調査データに基づき具体的に論じられていて、現代日本を理解する重要な本だと思います。
(じんぶん堂企画室 山田裕紀)