アンソロジスト東雅夫さんが案内する「金井田英津子の幻夢世界」
記事:平凡社
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版画家の金井田英津子さんといえば、日本の幻想文学を代表する文豪たちの名作群──すなわち夏目漱石『夢十夜』、内田百閒『冥途』、萩原朔太郎『猫町』などの〈画本〉作者として、つとに令名高い。
私は2006年から6年間ほど、金井田さんとアンソロジスト+装画家のコンビを組んで、ちくま文庫の〈文豪怪談傑作選〉シリーズなどを手がけたが、いつも真摯にテーマと向き合う創作姿勢、新たな技法に大胆に挑む進取の気性には常々、敬愛の念を抱いてきた。
その間、同シリーズの装画展を名古屋と東京で開催したり、我が故郷・横須賀市は衣笠地区に何故か設けられた〈カスヤの森現代美術館〉での大規模な回顧展や、昨年(2020年)も新作『絵本の春』(泉鏡花著)にちなんだ展示とトークショーを、鏡花ゆかりの金沢の地で開催するなど、何かと御縁がある。このほど平凡社から、そんな金井田さんの原点ともいうべき〈幻想画本〉三部作が復刊される運びとなったことは、まことに慶賀に堪えない。これら三冊は、そこに籠められた磨き抜かれた技倆といい、作家作品チョイスの巧みさといい、まさに金井田英津子の代表作というべきものであるにも拘わらず、不幸にして二度にわたる版元の倒産により、その尽きせぬ魅力が、これまで限られた層にしか伝わらなかったのだ。
朔太郎の『猫町』は、温泉地に程近い山中に、猫たちが隠れ棲む謎めいた町がある……という、猫好き人種には、なんとも魅力的な設定の物語。猫だらけの異界を、余すところなく描き出してみせた金井田さんの技倆の冴えが堪能できる。玩具めいた〈軽便鉄道〉の列車や線路も、実に愛らしい。
漱石の『夢十夜』は、夜の夢に仮託して、古代から現代まで、この文豪中の大文豪が思い描いた幻想と怪奇の世界を、存分に開陳した歴史的名作である。全部で十篇の小品から成るが、それぞれに異なる趣向が凝らされ、ときにはユーモラスな〈仕掛け〉の妙(びろ〜んおばけに蝙蝠たち……金井田作品のもうひとつの魅力!)も味わうことができる。
昨年の暮れに、双葉文庫で『幻想と怪奇の夏目漱石』というアンソロジーを編むことになった私は(そのときはまだ平凡社で復刊企画が進んでいることを知らないまま……)、一も二もなく金井田さんに、お伺いを立てた。本書からの装画使用のお願いだった。本書の中のどんなシーンが、どんなイメージで用いられているのか、御関心ある向きは是非、御一見を賜わりたく!
百鬼園先生の『冥途』原本は、全部で十八の夢とも現ともつかない短篇を収めたデビュー作で、師・夏目漱石の『夢十夜』の流れを汲む作品集といえよう。本書には、その中から「花火」「尽頭子」「烏」「件」「柳藻」「冥途」の六篇が採録されている。人と牛がなかばする幻獣「件」の妖しさ、あの世とこの世のあわいの恐怖と哀愁を描いた「冥途」など、練達の文章と挿絵が相俟って、再読三読に堪える名品揃いである。