1. じんぶん堂TOP
  2. 自然・科学
  3. “知的登山”へのいざない 地球の宝とも言うべき日本列島の山の多様性を知る

“知的登山”へのいざない 地球の宝とも言うべき日本列島の山の多様性を知る

記事:朝倉書店

日本の高山はどの山もきわめて個性的で一つとして同じ山がない。日本列島には地球の宝ともいってよいような素晴らしい山が目白押しである。
日本の高山はどの山もきわめて個性的で一つとして同じ山がない。日本列島には地球の宝ともいってよいような素晴らしい山が目白押しである。

日本列島には地球の宝ともいってよいような素晴らしい山が目白押し

 大雪山、鳥海山、飯豊山、白馬岳、槍穂高、八ケ岳、北岳、富士山、白山、大山、霧島山……。日本列島には地球の宝ともいってよいような素晴らしい山が目白押しである。このことは一旦、日本を離れて海外の山をみるとよくわかる。私が初めて登った海外の山は、レバノン山脈という西アジアの地中海沿いにそびえる小さな山脈である。そこは3000 m をわずかにこえる程度の、日本アルプスとほぼ同じ緯度にあり、同じ高度をもつ山並であったが、植物は乏しく、薄茶色に風化したほこりっぽい石灰岩の岩屑が斜面をおおっていた。どこをみても殺風景としかいいようのない景色で、私は高山植物や森林に恵まれた日本アルプスの自然との違いに愕然としたのである。

 そのうち世界各地の山を訪ねてみて、世界的にはこの山脈のような植被の乏しい山が普通であり、日本の山のような緑豊かな山の方が例外であることがわかってきた。またアラスカやヒマラヤなどの自然をみたときは、当初はその規模の大きさや、氷河や森の美しさに感激したが、そのうちに景色がほとんど変わらないことに飽きが生じ、次第に日本の山の細やかさが懐かしくなってきた。

緑豊かできめ細やかな箱庭的な風景こそ日本の山の特色

 日本の高山はどの山もきわめて個性的で一つとして同じ山がない。富士山と白山では両方とも同じ火山かと疑ってしまうほど、その自然には違いがあるし、大雪山、八甲田山、岩手山、磐梯山、浅間山、御嶽、大山、阿蘇山と、北から南へ著名な火山を並べてみても同じことがいえる。険しい山の双璧とされる槍穂高と剱岳の違いも顕著だし、高山植物の豊かな山の代表としてまず名前のあがる白馬岳と北岳も、その自然には大きな違いがある。飯豊朝日はやはり並び称せられるが、両者の性格は著しく違っている。こうした個性を認めたうえであえて共通性を求めるとすれば、日本の山にはどこへ行ってもきめ細やかな自然があるということになろう。緑豊かで箱庭的な風景こそ日本の山の特色といえるのである。

日本の山にはどこへ行ってもきめ細やかな自然がある。緑豊かで箱庭的な風景こそ日本の山の特色といえるのである。
日本の山にはどこへ行ってもきめ細やかな自然がある。緑豊かで箱庭的な風景こそ日本の山の特色といえるのである。

 このような山々のきめ細かさをもたらした原因はいったいどこにあるのだろうか。最大の原因は日本の高山が世界でいちばん多雪であり、かつ世界でいちばん強風であるということであろう。ときには秒速50 m とか60 m に達する冬季の猛烈な強風のため、高山の稜線付近では吹きさらしと雪の吹き溜まりができやすい。このことは高山植物に多様な生育環境をもたらし、それがさまざまな植物群落を成立させることになった。

日本は地質の博物館と呼ばれるほど多彩な地質からなる

 もう一つの原因は、日本列島の地質の多様性である。日本は地質の博物館と呼ばれるほど多彩な地質からなるが、高山帯も例外ではなく、極端な場合、数m あるいは数十m 移動すると地質が変化するということがけっしてめずらしくない。こうした岩石の中には蛇紋岩や石灰岩のように、有害な重金属を含んだり、貧栄養だったりするため、普通の植物の生育は困難で、特殊な植物しか生育できないものがある。しかし日本の高山では、岩石の種類が異なると岩の割れ方に違いが生じ、ある岩石では砂礫地ができるのに、ある岩石では岩塊斜面が生じるというように、表層の岩屑に大きな違いが生まれ、それが植物の生育を大きく左右しているケースが多い。その結果、植物の分布と地質は密接な関係を示すことになった。

 これまで山の自然の研究においては、植物は植物、地質は地質、地形は地形、気候は気候と、それぞれがバラバラに扱われてきた。しかし地質と植物分布の関係にみるように、それぞれの間には密接な関係が存在する。そこで本書では自然の一体性やつながりを重視し、植物や地形、地質がなぜそこにあるのかを説明するという手引き書を目指した。したがってよくある、この山にはこんな植物が生えていますという単純な話ではなく、植生や植物の分布を地形・地質や、風の当たり方・残雪の分布、さらにはその山の生い立ちや自然史から説明するように心がけた。火山の場合はその山の火山活動の歴史とからめて解説を行うように努めた。

わが国には高山植物のファンが多い。しかし植物だけでなく、周囲の自然の様子にまでもう目を広げていただくと、山歩きがずっと充実するはずである。
わが国には高山植物のファンが多い。しかし植物だけでなく、周囲の自然の様子にまでもう目を広げていただくと、山歩きがずっと充実するはずである。

植物だけでなく、周囲の自然の様子にまでもう目を広げると、山歩きがずっと充実する

 わが国にはミズバショウやニッコウキスゲ、コマクサといった高山植物のファンが多い。しかし植物だけでなく、周囲の自然の様子にまでもう目を広げていただくと、これまでみえなかったものがいろいろみえてきて山歩きがずっと充実するはずである。私はそういった登山を“知的登山”とよんでいるが、頭を使い、身体を使う登山は健康にもよい。ぜひ試みていただきたいと思う。また本書で紹介した山に登られるときは、ぜひ該当するページをコピーしておもちいただきたい。

『図説 日本の山―自然が素晴らしい山50選―』
『図説 日本の山―自然が素晴らしい山50選―』

 本書では日本の山々から自然の素晴らしい山50 を厳選した。いわゆる百名山と重なっているものが多いが、佐渡の金北山や隠岐の大満寺山、伊豆諸島・神津島の天上山、四国の東赤石山のように、有名でない山もいくつか含まれている。他にも落とすに忍びない山がいくつかあったため、数は50 をこえてしまい、書名と合わない点があるが、ご了承いただきたい。

2012 年4 月小泉武栄 (『図説 日本の山』まえがきより)

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ