孤高の民謡研究者が残した遺産 ー自らの足と耳で直接確認した生きた知見
記事:朝倉書店
記事:朝倉書店
2015年に亡くなられた竹内勉先生は、日本の民謡研究の第一人者と呼んでいい方でした。NHKのラジオ番組で長年民謡コーナーの解説を担当され、年配の方なら、名前は知らないが声は聞き覚えがある、という方もいらっしゃるかもしれません。その竹内先生がライフワークとして、四十年にわたって書き貯めてこられた民謡研究の集大成が本事典です。日本全国の民謡482編を取り上げ、歌詞とその意味、歌の来歴を解説しています。
最大の特色は、収録曲のすべてを、編者が現地で調査し、現地で耳にして書いていること。「○○市の漁業組合による録音が残っていた」とか「今日広く唄われている節回しは○○のものだが、××町の△△のものの方が原曲に近い」といった、生々しい距離感というか、臨場感を感じさせる記述が随所にあり、その歌がどのようにして生まれ、誰が唄いつぎ、なぜ今のように唄われるようになったのか、ということが実感としてわかる内容になっています。
また、民謡は同じ歌が多くの別名を持っていたり、まったく別の歌がそっくりの歌詞を持っていたり、ということがしばしばあります。それはその歌が辿ってきた歴史を表しているわけですが、そうしたことを一望し整理できるよう、歌詞の最初の部分を並べた「唄い出し索引」を設けているのも特徴です。もちろん、単純に「歌詞は覚えているが曲名を知らない」という歌を検索するのにも使えます。
竹内先生はまた、個性的で芯の強い研究姿勢でも知られ、かつては他の研究家や団体との衝突もたびたびあったとのこと。しかし、今回事典を製作するにあたり、代表的な民謡保存・研究団体である「日本民謡協会」の理事長さんに恐る恐るお話を聞きに行ったところ、「昔のことです。彼の書いたものなら内容は間違いないでしょう」と太鼓判を押し、推薦文まで書いて下さいました。懐の広さに敬服すると同時に、竹内先生の研究が高く評価されていることに、あらためて感じ入った次第です。その理事長・三隅治雄先生が寄せてくださった推薦文が実に名文で、その最後の一節をもって本稿の結びに代えさせていただきます。
「著者は、生涯、どの関連学会にも属さず、孤高の民謡研究の旅を貫いた。が、その旅路に注ぎ込んだ情熱は地熱となって各地の民謡を鼓舞している。その遺産は多く、尊い。」
(初出:2018.04.14 図書新聞)