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「2人の魔術師」による電気×自動車の都市計画 アメリカの「巨大廃墟」をゆく[前篇]

記事:白水社

狂騒の20年代から、ニューディール政策へ! トーマス・ヘイガー著『エレクトリック・シティ フォードとエジソンが夢見たユートピア』(白水社刊)は、新たな暮らしのモデルを提供する「夢の町」構想と、それを取り巻く人間模様を通して「ジャズ・エイジ」からニューディール政策へと転換するアメリカ社会を描いた傑作ノンフィクション。
狂騒の20年代から、ニューディール政策へ! トーマス・ヘイガー著『エレクトリック・シティ フォードとエジソンが夢見たユートピア』(白水社刊)は、新たな暮らしのモデルを提供する「夢の町」構想と、それを取り巻く人間模様を通して「ジャズ・エイジ」からニューディール政策へと転換するアメリカ社会を描いた傑作ノンフィクション。

プロローグ

 1921年12月、マスコミが「2人の魔術師」と呼んだ男たちが列車の専用客車の扉を開け、後部デッキに姿を現し、そして未来を予告した。世界一の金持ちと世界で最も偉大な発明家、ヘンリー・フォードとトーマス・エジソンである。

二人の魔術師──フォード(左)とエジソン(右) アラバマ州フローレンス、1921年[『エレクトリック・シティ フォードとエジソンが夢見たユートピア』より]
二人の魔術師──フォード(左)とエジソン(右) アラバマ州フローレンス、1921年[『エレクトリック・シティ フォードとエジソンが夢見たユートピア』より]

 2人を乗せた列車は古びた木造駅舎の前の支線に停車していた。そこは誰が見ても「文化果てる地」と言うべき、アラバマ州の小都市フローレンス。その住民ら数千人が2人を取り囲んでいた。この町ではめったに目にすることのない大群衆である。地元の名士の商人や役人たちが一張羅にソフト帽という出で立ちで集まり、農場主とその家族、それに小作人らとも揉み合うようにして詰めかけていた。群衆の間からは期待に満ちたささやき声が聞こえ、14もの新聞社や通信社の記者らがメモ帳を手に待ち構えている。粋で精力溢れるフォードが群衆に輝くような笑顔を向けた。そのフォードはとても雄弁家とは言えない。声は甲高く、数人以上の聴衆を相手にすると舌がもつれた。だからこのときも、旅の仲間たちを紹介しただけで手短に切り上げた。まずトーマス・エジソンを紹介すると群衆から歓声が上がった。フォードの妻クララとエジソンの妻ミナ、フォードの息子エドセルとその妻エレナの紹介にもいちいち歓声が上がる。ちょうどフォード一行のために軽食を作り終えたばかりの専属シェフを紹介したとしても、きっと大歓声が上がったに違いない。

 フォードは群衆に多くを語る必要はなかった。すでに何週間も前から、新聞がフォードのアイディアを報じていたからだ。まさにこの町で、テネシー川流域のこの地域で、フォードとエジソンは雇用を創出し、金をもたらし、地球上のどこにもないような新しい都市を建設しようとしていたのだ。

The State of Alabama is Highlighted in Red. Vector Map of the United States Divided into Separate States.[original photo: Ivan Burchak – stock.adobe.com]
The State of Alabama is Highlighted in Red. Vector Map of the United States Divided into Separate States.[original photo: Ivan Burchak – stock.adobe.com]

 フォードはデトロイトからアラバマへの道中、自らの構想を記者たちにさらに詳しく語っていた。フォードの計画では、フローレンスに隣接するマッスル・ショールズと呼ばれる場所に、マンハッタンの10倍の規模の都市を建設する。この未来の都市は、都市ならではの技術の力と田園の自然美とを組み合わせ、都会暮らしと田舎暮らしの最良の部分を合体させる。スラムも安アパートも黒煙を吐き出す工場群もなく、精神を腐敗させる都会の悪弊とも無縁な都市になるはずだという。川沿い75マイル〔約120キロメートル〕にわたり、いくつもの小規模な中核センターが高速かつスムーズな移動を可能にするハイウェイで結ばれ、「緑のリボン」とも言うべき形態の都市である。そしてその全体は、川が生み出す電力という、再生可能なクリーン・エネルギーで動くのだ。そこには何十という小規模工場が建設される。そして100万人の労働者にフォードは働き口を提供しようというのである。

フォード、製造第1号車と1000万台目と(1924年6月4日)[『エレクトリック・シティ フォードとエジソンが夢見たユートピア』より]
フォード、製造第1号車と1000万台目と(1924年6月4日)[『エレクトリック・シティ フォードとエジソンが夢見たユートピア』より]

 すべての労働者は数エーカー〔1エーカーは1200坪強〕の土地を持つことができ、自然と触れ合いながら農作業をして、食糧はほぼ自給自足できる。しかも近代的な農機具を使えば、必要な農作業は2、3カ月でできないことはないと、フォードは記者らに語った。残りの期間は電化された小規模工場でブルーカラーの労働者として働くのだ。そこで得られる賃金は、自家用車、農機具、ラジオ、労力を節約できる種々の装置などの購入や、それに子供たちの教育費に充てることができる。

 それだけではない。すでに記者らが「南部のデトロイト」と呼び始めていたこの新たな都市は、新たな資金供給の方式で建設されるため、アメリカを牛耳る銀行家やウォール街の金満家たちの魔手から逃れることができる。つまり実際に暮らしのために働いている人たちの手に経済の主導権を取り戻すのだ。フォードとエジソンの説明によると、この計画全体は2人が「エネルギー・ドル」と呼ぶ新しい形の通貨で賄われる。だから全米の納税者たちの負担はゼロ。全米から労働者たちを惹きつけ、アメリカ南部の経済を活性化させ、国民の新たな繁栄を誘発する。さらに世界中の胃袋を満たすのにも貢献し、フォードが言うには、ついには戦争をなくす一助にもなるだろう。ここはまさにアメリカのユートピアになるのだという。

アラバマ州ではフォードとエジソンの構想の話題が何年も新聞一面を飾った。1921年11月22日付のこの記事の見出しには「電気の魔術師がフォードを支持」とある。[『エレクトリック・シティ フォードとエジソンが夢見たユートピア』より]
アラバマ州ではフォードとエジソンの構想の話題が何年も新聞一面を飾った。1921年11月22日付のこの記事の見出しには「電気の魔術師がフォードを支持」とある。[『エレクトリック・シティ フォードとエジソンが夢見たユートピア』より]

 フォードの短い演説の裏には、心の奥底から突き上げてくる1つの熱意があった。それはアメリカで最も貧しく、最も開発が遅れた諸地域に、新たな技術の恩恵をもたらすことだった。この新都市は「2人の魔術師」が抱く信念の結晶となる──機械に対するフォードの情熱と、新技術で人びとの暮らしをよくしようというエジソンのひたむきな献身である。これは2人のキャリアの記念すべき大団円ともなるはずだ。この電化されたエレクトリック・シティは2人の最高傑作となるだろう。

 群衆は熱狂的な喝采を送った。

 

【トーマス・ヘイガー『エレクトリック・シティ フォードとエジソンが夢見たユートピア』所収「プロローグ」より】

[後篇はこちら]

 

【著者動画:Author Series | Thomas Hager | Electric City: The Lost History of Ford and Edison’s American Utopia】

  

 

トーマス・ヘイガー『エレクトリック・シティ フォードとエジソンが夢見たユートピア』目次
トーマス・ヘイガー『エレクトリック・シティ フォードとエジソンが夢見たユートピア』目次

 

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