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「洗浄」とはなにか ー自然の流れに逆らい、人類にとって都合のよい環境を作り出す操作

記事:朝倉書店

科学的な洗浄の意味を突き詰めていくと、洗浄という操作は、自然の流れに逆らって、われわれ人類にとって都合のよい環境を作り出している操作であることがわかる。
科学的な洗浄の意味を突き詰めていくと、洗浄という操作は、自然の流れに逆らって、われわれ人類にとって都合のよい環境を作り出している操作であることがわかる。

洗浄の定義

 洗浄とは汚れを取り除く操作である。そして汚れとは、その場に存在すると不都合なものである。よって洗浄の定義は「その場に存在すると不都合な対象を取り除く操作」と説明できる。辞書などでは「洗い清めること」や「薬品などで洗い流すこと」などと説明される場合が多く、液体を用いて固体から汚れを取り除く操作をイメージさせる場合が多いが、ガスを液体に通してガス中の不要成分を取り除く操作もガス洗浄とよばれ、不正な手段で得た汚れた資金を正当な手段で得た資金に見せかける手続きを資金洗浄とよぶように、物質以外にも適用する場合もある。汚れと洗浄の広義・狭義の定義を表❶にまとめる。

表❶「汚れ」と「洗浄」の定義
表❶「汚れ」と「洗浄」の定義

 広義の洗浄であっても、蒸留で不純物を取り除く操作や、使用後の古紙から再生紙を作り出すリサイクルの工程は洗浄とはよばれない。ただし、紙リサイクルの工程の中で、脱墨などの繊維から汚れを取り除く部分的なプロセスを洗浄に含めることはある。対象物を液体から気体に変化させる、あるいは元の形が残らないばらばらの状態に変化させるなどの状態の変化が伴う場合は洗浄に含めないのが一般的である。

英語との関係

 洗浄の英訳には、cleaning、 washing、 wash、cleansing などがある。cleaning はclean の動名詞であり、掃除、衣服の手入れ、洗濯などのほか、clean 自体が比較的広い意味をもつのでcleaning も広義な用語として用いられることも多い。

 cleanse は汚れを除去する洗浄操作であることをより明示した用語であり、磨き粉のクレンザーがclenser であることより、摩擦によって汚れを落とす場合などは典型的な表現であることがわかる。wash には液体を用いて洗い流すニュアンスが含まれており、掃除をwash、washing とはよばない。台所用洗剤での食器洗いはdish washingとよばれるが、衣類の洗濯はlaundryとよばれる。

 汚れを取り除く意味の他動詞にはremoveが用いられることが多く、その名詞のremoval も洗浄分野でよくみられる。

洗浄とは汚れを取り除く操作である。そして汚れとは、その場に存在すると不都合なものである。よって洗浄の定義は「その場に存在すると不都合な対象を取り除く操作」と説明できる。
洗浄とは汚れを取り除く操作である。そして汚れとは、その場に存在すると不都合なものである。よって洗浄の定義は「その場に存在すると不都合な対象を取り除く操作」と説明できる。

科学的な洗浄の意味 

 科学的な洗浄の意味を突き詰めていくと、洗浄という操作は、自然の流れに逆らって、われわれ人類にとって都合のよい環境を作り出している操作であることがわかる。その点を理解するためには、熱力学の第2法則のエントロピーという概念が重要になる。

エントロピーの意味

 反応が自発的に進むかどうかは、蒸発熱や燃焼に伴う熱の出入り(エンタルピー)と原子や分子の並び方のでたらめさ(エントロピー)の2 つの要素で決定する。エントロピーとは偶然に起こりえる状態か否かの尺度ということができ、水分子ばかりが集まった蒸留水や炭素や水素が規則的につながった有機物はエントロピーの小さな状態ということになる(図❶)。

 そのエントロピーの大小で判断すると、汚れが付着した状態はエントロピーが大きく、汚れを除去した清浄な状態はエントロピーが小さな状態であるといえる。洗浄とは、このエントロピーが大きくなった汚染状態から汚れを取り除いて、エントロピーの小さな状態に変えてやることになる。

図❶洗浄とエントロピーの関係
図❶洗浄とエントロピーの関係

熱力学の第二法則とは?

 熱力学の第二法則とは、宇宙のエントロピーはトータルすると必ず大きくなっていくという法則である。

 例えば、汚れた机をきれいな雑巾でふき取って掃除する場面を想定する。そのとき、きれいになった机の表面はエントロピーが小さくなる。一方、汚れを付着させた雑巾はエントロピーが大きくなる。そこで、雑巾をバケツの水で洗うと、雑巾のエントロピーは小さくなるが、雑巾を洗った水は汚れを含んでエントロピーが大きくなる。

 このように、ある部分でのエントロピーを小さくするためには他の部分でエントロピーが大きくなるのだが、そのエントロピーが小さくなった量とエントロピーが大きくなった量を足し合わせると、トータルのエントロピーは必ず大きくなるというのが熱力学の第二法則である。

汚れた机をきれいな雑巾でふき取って掃除する場面を想定する。そのとき、きれいになった机の表面はエントロピーが小さくなる。一方、汚れを付着させた雑巾はエントロピーが大きくなる。そこで、雑巾をバケツの水で洗うと、雑巾のエントロピーは小さくなるが、雑巾を洗った水は汚れを含んでエントロピーが大きくなる。
汚れた机をきれいな雑巾でふき取って掃除する場面を想定する。そのとき、きれいになった机の表面はエントロピーが小さくなる。一方、汚れを付着させた雑巾はエントロピーが大きくなる。そこで、雑巾をバケツの水で洗うと、雑巾のエントロピーは小さくなるが、雑巾を洗った水は汚れを含んでエントロピーが大きくなる。

真水の役割

 ただし地球上には、宇宙の中のローカルな現象として、自然にエントロピーが小さくなる現象がある。例えば海水には非常に多種多様な元素・物質が溶解しており、エントロピーの大きな状態であるが、太陽から供給される熱で蒸発し、上空で冷却されて雨という蒸留水になって地上に降り注ぐ。この雨水はエントロピーの非常に小さな資源である。

 この真水は動植物の生命の根源であるとともに、洗浄でも不要物を溶解・分散する溶媒として大きな役割を果たす。エントロピーの小さな真水に汚れ成分を吸収させて、エントロピーの大きな状態として排出するのである。

洗浄とは汚れを移す操作

 ある系のエントロピーを小さくする操作には、その系外のエントロピーを大きくする犠牲が伴う。地球環境の循環システムは上記の系外のエントロピーの増大を打ち消す作用がある。例えば衣服を洗って汚れた水はエントロピーが大きくなるが、水環境中の細菌によって汚れは生分解され、また太陽の熱で蒸発して上空で凝集し、雨となってエントロピーの小さな天然の蒸留水として蘇る。

 しかし地球システムでカバーしきれないエントロピーの増大(酸性雨や過度の水質汚濁)は地球環境の悪化を招く。洗浄は必ず系外のエントロピーを増大させるので、一般には過度の浄化は好ましくないとされる。要求される浄化度を把握して、適度な操作を行うという意識が今後の地球環境時代の洗浄に求められる。

文献
1) 大矢勝, “よくわかる最新洗浄・洗剤の基本と仕組み”, pp.228―229, 秀和システム(2011).

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