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「健康」ブームは江戸の禅から?――身心を潤す『夜船閑話』の秘法を今に受け継ぐ「ZEN呼吸」とは(上)

記事:春秋社

本書の対談は2022年6月、鎌倉・円覚寺にて行われた。(写真 望月小夜加)
本書の対談は2022年6月、鎌倉・円覚寺にて行われた。(写真 望月小夜加)

共通の願い

 本書は、今や「健康が止まらない」――年を経るごとにますます健康になっていることを深く実感する筆者と、YouTube配信等でも活躍し、禅の世界のアイドル的存在とも言える鎌倉・円覚寺の横田南嶺管長による共著である。表紙には、見るからにお坊さんといった姿の男性と長らく仏教とは縁遠かった普通の女性が並んでほほ笑んでいるという、一見珍しい形の本だが、注目すべきは、二人の “姿勢” の共通点である。

 というのも、現代においてこれほど肩の下がっている人というのはなかなか稀有なのである。実はこれこそが、「健康」の土台となる “自然で楽な姿勢” なのだ。このことに気付ける人はどれほどいるであろうか。表紙から問いかけは始まっている。

『ZEN呼吸――「健康」は白隠さんから』(春秋社・2023年)
『ZEN呼吸――「健康」は白隠さんから』(春秋社・2023年)

 二人には、江戸時代の禅僧・白隠禅師(はくいんぜんじ)による著作『夜船閑話(やせんかんな)』(1757年初版)を今一度世に広めたいという、共通の願いがあった。事実、250年の時を越えて脈々と受け継がれてきたこの書物こそ、筆者が「健康」を手に入れるきっかけであったのだ。

不調のクリエイターは自分自身だった!

 今から17年前、筆者は『夜船閑話』に記された呼吸法との出会いによって、それまでの15年間止むことのなかった頭痛を根こそぎ解消し、また病院に行っても「原因不明」と言われるだけで治るのをすっかり諦めていた20種類以上もの不調を、見事なまでに卒業したのである。具体的には、頭痛、肩こりや首こり、めまい、だるさ、便秘、冷え性、低体温や低血圧、生理痛、関節炎、慢性疲労など……数え挙げればきりがないほどの諸症状が、すっかり消え去ったのだった。

 言うなれば、白隠さんに命を救われ、不調が一つもないという夢にまでみた「健康」を手にしたのである。自他ともに認める「健康」に至るその秘訣を、本書は紹介する。誰しも姿勢と呼吸を調えることで真の健康を手にできる、「体質や遺伝だ」と思って諦めているあなたも健康になれるのだ、と身心の不調に苦しむ現代人に伝えたいのである。

 そう、数々の不調は「体質」によるのではなく、自らの姿勢の悪さによって、血流を滞らせ、内臓を潰し、全身の筋肉を固め、そんな状態だから呼吸はおのずと浅くなり、常に酸素が足りない……という悪循環によって生んでいるだけのことなのである。つまりは自分自身が不調のクリエイターであったということ。そのことに気づきさえすれば誰しも健康になれるということを、本書は丹念に説いていく。

本書目次の冒頭
本書目次の冒頭

「健康」の原初の地平に立つ一冊

 ところで「健康」という言葉の生い立ちを考えたことはあったろうか。今や老いも若きも当たり前のように使っているこの言葉を再考することから、本書は始まる。

横田:『夜船閑話』という書物が時代を越えて大変に読み継がれた。江戸時代から明治、大正、昭和、そして現代の椎名先生に至っています。多くの人に読み継がれた、健康についての一大ロングセラーですね。「健康」という言葉は、『夜船閑話』が普及したことによって広まっていったと考えられる。まずこのことを再評価したい。(本書14頁より)

 全三章から成る本書だが、第一章は対談から構成され、「健康」という言葉の端緒に遡りつつ、著者それぞれの体験や長年の実践に基づいた多様な話題と共に、白隠さんの知恵が現代にも受け継がれているリアルな様相が語られる。

 つづく第二章は、筆者の「健康が止まらなく」なった、まさにその方法である「ZEN呼吸法」の詳しい実践指導と、その理解を深めるためのコラムから成る。

 そして第三章では、横田氏による白隠禅師の生い立ちや『夜船閑話』にある「内観(ないかん)の法」や「軟酥(なんそ)の法」の解説を通じて、禅と健康の深い結びつきが明かされる。

 さらに付録として、日本初の健康本ベストセラーと言われ、「健康」という言葉を世に広めるきっかけとなったであろう『夜船閑話』(1757年初版)の、伊豆山格堂(いずやま・かくどう)氏による現代語訳(春秋社、1983年)を付す構成。一冊で二冊、三冊分のずっしりとした読み応えとなっている。

白隠慧鶴筆「布袋図」(世田谷・龍雲寺蔵)。「寿(いのちながし)」のお手本であった白隠さんは禅画も多数のこしている。
白隠慧鶴筆「布袋図」(世田谷・龍雲寺蔵)。「寿(いのちながし)」のお手本であった白隠さんは禅画も多数のこしている。

脈々と受け継がれた健康法を、淡々と続ける

 現代は何でも「早く・速く」の世になっており、速いのがよくて遅いのはよくない、新しいものがよくて古いものは好ましくない、自身の健康についても、自分でケアするのでなく最先端医療に、つまりは他者に任せることがベスト、と考える人がほとんどだ。しかしこれは本当だろうか。健康法については、日々目まぐるしく情報が更新され、前年流行った〇〇ダイエットや△△健康法などは翌年にはもう古いとされる。

 しかしどうであろうか。人体のつくりはそう大きく変わらないものだ。何万年も前は別の話としても、数百年の間で内臓の個数や血管の長さが変わったりはしていないはずだ。ましてや呼吸の仕組みが、実は江戸時代は人間も鰓呼吸だった、などということはないはずだ。

 ならば、先人が実行して、瀕死の状態から体調だけでなく心の状態までも良くなり、集中力や瞬発力もアップしたという呼吸法は、その次の時代も、さらにまた次に年号が変わっても、時代時代の人から、これはよいと太鼓判を押されるはずだ。事実、その時々の人々が、こんなに良い健康法はみんなに広めたいと、そのポジティブなエネルギーによってここまで継承されてきたものなのである。

 もしその方法に効き目が無かったならば、とうの昔に白隠さんの健康法は廃れているであろう。もしかしたら1751年に白隠さんが最初に使用したと言われる「健康」という言葉もここまで広がらなかったかもしれない。250年の時を越えて現代に残っているということこそが、時代による検証であり、この呼吸法の確証となっているのである。つまり絶対的に信頼できるということだ。白隠さんが「もしこの方法を実践してもよくならなければ、己の首を持って行くがよい」とまで書いている方法。これは筆者も大いに賛同するところであり、この漲る自信こそは令和の時代にまで同じ熱量で伝わっているのである。

 ありありと見せつけられる健康の奥義とは、誰にも等しくできる姿勢と呼吸を調え、「自然で楽な状態」に戻すこと。

 そして加齢と共に年々良くなる体との出会い、呼吸がより深くなっていくという自分自身の変化への気づきは、何事も早く・速く結果を求めるのではなく、ただ淡々と実践するという時の長さや経験の幅が必要であることを教えてくれるのである。

 (後編に続く)

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