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高校生を救った姿勢と呼吸のコツ――身心を潤す『夜船閑話』の秘法を今に受け継ぐ「ZEN呼吸」とは(下)

記事:春秋社

2022年6月、鎌倉・円覚寺の境内にて(写真 望月小夜加)
2022年6月、鎌倉・円覚寺の境内にて(写真 望月小夜加)

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高校生の不調の実態

 「起立性調節障害など病院に行っても治らず、このままただ衰えていくばかりだと思っていたので、その原因が姿勢や呼吸だという話を聞けて本当によかった」(高校二年生男子)

 筆者の頭痛地獄が始まったのは、高校二年生の頃。本書第一章の対談でも詳しく触れているが、生徒会活動を頑張りすぎて身心共に疲弊していた折、部活に出られなくなったことでいじめに遭い、さらに高校受験の失敗からの大学受験へのストレスも相俟って、ガチガチの緊張状態に。その結果、血流を悪くして自律神経の活性が弱まり、若くして体から「クーデター」を起こされたのである。

 当時は、どの医療機関に行っても「異常は無い」と言われ、つまり自分は医者にもわからないほどの特別な病なのだと諦めていた。このまま痛みや苦しみと共に生きなければならないのだと、生きることへの疑問さえ抱く日々だった。

 しかし実は、多くの人は、本来は楽に生きられるように造られている体を、自ら一生懸命傷めつけて、あえて楽に生きられない状態にしてしまっているのだ。

 「私は不調が多く、病院に行っても治らないのでしょうがないものだと思っていたけど、椎名さんの話を聞いていたら、自ら病気になっていたということに気づくことができて本当によかったです」(高校二年生女子)

 上記と冒頭に挙げた感想は、昨年末(2022年12月)に講演で訪れた埼玉県の高校で頂いた、学生の感想文の一コマである。筆者自身が高校時代に苦しんだ経験から、いつか高校で講演をしたいと願い続けてきたのだが「ZEN呼吸法」を創設して17年目にして、1000人の高校生を前に保健講話をさせてもらったのだった。そして約300人分の、A4用紙にびっしりと書かれた感想文を養護教諭の方から頂戴し、衝撃と感謝とで、涙をすすりながら読み進めた。

 現代に生きる多くの高校生が、とにかく不調だらけであった。30年前の自分と同じような状態の10代がいること、それもクラスに一人二人ではなく3割ほどもいるという事実に驚愕した。

 倦怠感、頭痛、肩こり、不安、疲れやすい、便秘、過敏性腸症候群、睡眠障害、動悸、息切れ、逆流性食道炎、めまい、立ちくらみ、息がしにくい、花粉症、食欲がない、のどの痛み、乾燥、腹痛、腰痛、低血圧、冷え症……ざっと上から10枚ほどめくっただけでも「現在感じている不調」を書く欄にこれだけのものが書かれている。60代、70代ではなく、花の10代が、である。そして皆こぞって書いているのは、自分の姿勢が悪いと自覚していることだ。

笑ってしまうほどの「正しい姿勢」体験

 ✓ 親に姿勢が悪いと言われるけれど、どう直してよいかわからなかった

 ✓ 良い姿勢をすると疲れるのでだらけてしまっていたが、思っていた良い姿勢が実は正しくなく、今日習った姿勢をしたらとても楽ちんだった

 ✓ スマホ首でよく注意されていたけれど、正しい姿勢がわからなくて困っていた。正しい姿勢をやってみたらスッと体が通った気がした

 ✓ 正しい姿勢で座ったらいつもある腰痛がなくなって驚いた(多数)

 ✓ 家に帰って習った座り方と呼吸法に改善してみたら、いつものだらけている姿勢より圧倒的に楽で少し笑ってしまった。食事の時も意識して座ると親に「姿勢が良いな、急にどうした?」と言われまた笑ってしまった

 大人と違い高校生はこんなにも早く変わるものかと驚くばかりであるが、実際、講演を終えた後、美しい1000名の姿には勢いがあり、まるで違う高校に行ったかのように変わっていた。先生方も感動していたが、生徒たちも、周りの人たちの姿勢があまりにも良くなって不思議でおもしろかった、と書いていた。

「良い姿勢」というと1と思う人が多いのだが、健康の基となる "自然で楽な姿勢" は6。現代社会では4や5のいわゆる「スマホ首」にも気をつけたい。
「良い姿勢」というと1と思う人が多いのだが、健康の基となる "自然で楽な姿勢" は6。現代社会では4や5のいわゆる「スマホ首」にも気をつけたい。

現代の生活が抱えるハンデに向き合うということ

 彼らはまだ大人ほど筋肉が固まっていないということが、すぐに正しい姿勢に戻せる理由かもしれない。彼らに体育館で伝えた「正しい姿勢」については、上の図に見るとおり、また本書により詳しい説明があるので割愛するが、講演では、その元となっているのが江戸時代の呼吸法であることを伝えると共に、1940年代後半、つまり戦後すぐの日比谷界隈の街行く人々の姿を動画で見てもらったことも大きかったように思う。

 「自分がこの中にいたら一人浮いてしまうと思う」、「こんなにも姿勢がよかったのに、なぜこんな短い間で日本人は姿勢が悪くなったのか不思議」など、高校生らしいフレッシュな感想があったが、簡潔に言うならば、体を動かさなくなった現代の便利で楽な生活が、本来の人間の姿勢をわからなくしてしまった、というのがその答えであろう。周囲の環境や物の変化に伴い、体を動かさなくても済むようになってしまったのだ。本来は動物であるのに。

 そうした変化の典型はスマートホンやパソコンの登場である。今や電車で背を丸め、尻を前に滑らせて足は無駄に大きく開き、首を前に出してスマホをのぞき込んでいる乗客の列を見るのは常だが、それでは自己を見つめずして小さな画面の中の世界しか見ていない。あたかも天国にいながらにして、自ら身心の地獄を造り出しているようなものなのだ。

 私たちは、学校では呼吸の仕方を習わない。だからテキトウで自分勝手な呼吸を何年も、何十年もし続けて、自ら不健康になってしまったのだ。しかし健康を取り戻すため、大人になった今こそ呼吸をゼロから学ぶのである。もちろん、本書が丁寧にレクチャーしてくれる。

 「世の中はありとあらゆる技術にまみれており、つい最新のものに手を出しがちになってしまうけれど、人間の本質は江戸時代から変わっていないんだなと感慨深かったです」(高校一年生女子)

 高校一年生のこの言葉に、最後は救われよう。大人もかつては高校生だったのだ。私たちにも彼らのような素直な感受性が、身体にも心にも残っているはずなのだから。さあ、その軟らかな肉体と精神力を取り戻す旅を始めよう。

白隠慧鶴筆「わいわい天王図(布袋)」(世田谷・龍雲寺蔵)
白隠慧鶴筆「わいわい天王図(布袋)」(世田谷・龍雲寺蔵)

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