文化誌の理解は、科学的なアプローチを加えることで深まる
記事:春秋社
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鳥の文化誌を理解するには、人間の歴史や原始的な宗教、神話や伝説、過去に生きた人々が鳥と関係した歴史上の事実を知ることに加えて、音楽や美術の知識も必要になる。一方で、書き手がその鳥について深い解説をするには、科学的なアプローチも不可欠である。
人間とは異なる、空を飛ぶ生き物である鳥が関わる文化や出来事においては、科学の目で行う補足によって初めて見えてくることもある。鳥の行動や心理、状況の理由や背景がわかれば、そこに書かれた内容はさらに興味深いものになると考えている。筆者は理系分野をふくめてものを書いてきたが、もっている知識や手段を『鳥を読む』の中に生かすことで、より立体的な解説ができたように思う。
たとえばドードー。ドードーが発見され、それからわずか百年ほどで絶滅してしまったことは、鳥の文化誌が扱う枠の内である。だが、ドードーという特徴的な姿をした鳥がインド洋の孤島、モーリシャス島でどうやって進化したのか、どのようにしてこの島に到達したのか、なぜ飛べなくなったのかなど、必要な説明がなければ人間が到達する前の暮らしや絶滅した理由を十分に理解することができない。読後に消化不良感が残るかもしない。
結論から言うとドードーは、ダチョウやキーウィなどのような走鳥類ではない。ハトの一種であり、その祖先はふつうのハトのように飛ぶことができた。ドードーの最近縁種がミノバトであることは、DNAの分析によって確認されている。つまりドードーは独立したドードー科の鳥ではなく、ハト目ハト科ドードー属の鳥で、姿は大きくちがっていても分類上はハトの仲間だったのである。
近縁のミノバト(別名ニコバルバト)は、島から島へ移動して採餌をする。本拠とされるインド洋西端のニコバル諸島から、東はインドネシアまでの広い地域で見られる鳥だ。いわゆる「渡り」をする鳥ではないが、飛翔力は高い。そんなミノバトとドードーの共通祖先が、はるかな昔、マダガスカルの東に浮かぶモーリシャス島やロドリゲス島に到達し、そこを安住の地と定めたのはまちがいない。
ヤンバルクイナなどの例のように、敵が来ない安全な環境に何十万年、何百万年も暮らすと、鳥は翼を退化させて飛べなくなる。これは不可逆の進化で、ふたたび翼を発達させて飛ぶことはない。ドードーもそうやって地上で暮らす鳥となった。
丸い体型に加え、その嘴も独特な形状で強く印象づけられるが、ミノバトとはまた別の近縁種、オオハシバト(大嘴鳩)の嘴にドードーの嘴にいたる進化の秘密が隠されているように見える。いずれにしても、近縁であることが判明している種の性質や姿は、絶滅種の進化の過程や生前の生活様式を知るためのヒントをたくさんくれる。
鳥の脳は人間が思う以上に発達している。なかでもカワラバトは、場所や移動ルートの記憶に関わる「海馬」の発達が顕著だ。移動ルートをおぼえるために使えば使うほど海馬が大きくなるのも人間に近い。
匂いの記憶能力も高く、場所の匂いをおぼえて帰巣の助けにしている。異なる角度、高さから見ても特定のランドマークを判別できる解析力の高い脳ももつ。人間よりも多い四原色でものが見られる目も、さまざまな判別に活用される。さらに、地磁気を感じる器官をもち、わずかな気圧の変化から飛行の障害になる気圧の変化も知る。カワラバトには、長く安定した飛行を続けられる筋力や持久力もあった。
すぐれたカワラバトは、品種改良される以前から、肉体的な資質と、自身の脳がもつ能力をフルに活用しながら帰巣していた。そして人の手で、高い帰巣能力をもったカワラバトどうしを掛け合わることで、さらに優れた資質の伝書鳩がつくられた。カワラバトから伝書鳩が生みだされたことは必然であったように思うが、再野生化したカワラバト(=ドバト)が極地を除く世界に広く拡散したのは、人類にとって誤算、想定外の事態となった。
古代のエジプトやメソポタミアで生まれた伝書鳩は、ローマ帝国によって帝国を維持するインフラの一部として活用された。ローマ帝国が東西分裂を経て崩壊したあとは、旧ローマ帝国版図の国々がおなじように使い続けた。中近東から西アジアに成立したイスラム諸国においても、伝書鳩は継続的に利用されて現代に至る。
人の言葉を話すインコと人類との関わりは、古代のインドに始まる。人によく慣れ、言葉を操る能力をもったインコが、この地を中心に複数生息していたからだ。
マケドニアの王アレクサンドル三世の東方遠征の際、部下がインドからオオホンセイインコを連れ帰ったことで、人の言葉を話すインコはギリシア・ローマ世界に広まった。その同種か近種のインコが、中国や朝鮮半島諸国から日本の支配者層にも継続的に贈られていた。話すインコの世の中への浸透によって、「おうむ返し」という言葉が日本でもヨーロッパ諸国でも生まれ、使われるようになったのである。
インコやキュウカンチョウ、ホシムクドリなどが人の言葉を話せるのは、気管支に人間の声帯に似た構造の「鳴管」という発声器官をもっていたことに加えて、言葉を記憶できる脳があり、鳴管や舌、気道を上手く制御して人間の言葉に似た音をつくることができたためである。なお、二千年前のローマに生きたプリニウスが、鳥に言葉を教える訓練方法をすでに知っていたことがわかる記述が著作の『博物誌』の中に見える。