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没後100年を迎え、注目が高まる大杉栄・伊藤野枝――栗原康氏による選集が平凡社ライブラリーより刊行!

記事:平凡社

大杉栄(左)と伊藤野枝(中央)
大杉栄(左)と伊藤野枝(中央)

2023年8月4日刊、平凡社ライブラリー『大杉栄セレクション』『伊藤野枝セレクション』(栗原康編)
2023年8月4日刊、平凡社ライブラリー『大杉栄セレクション』『伊藤野枝セレクション』(栗原康編)

 先人たちが残した作品や資料などを全集や選集としてまとめ直し、新たにかたちにすることは、たいへん刺激的な仕事である。一方で限られたページ数を念頭に置きながら、何を取り上げ、何を割愛しなければならないのか、苦渋の選択を強いられるため、骨が折れる仕事でもある。平凡社ライブラリーで没後100年を迎える大杉栄と伊藤野枝の選集を刊行することになり、その大仕事を一つ返事で引き受けていただいたのは、アナキズム研究家の栗原康氏だ。

 栗原氏に本企画を打診したのは新型コロナウイルスの感染拡大がまさにピークであった2022年春のこと。万が一のことを考え、オンライン上で栗原氏と企画について打ち合わせをし「どんな作品がリストとしてあがってくるのか楽しみです」と伝え、しばらくの間、栗原氏から収録リストを待つことになった。刻々と過ぎ去る月日を気にしながら2022年12月、栗原氏から収録リストが送られてきた。待っていました!とばかりに栗原氏から送られてきたデータを開封する。そこにラインナップされているタイトルをひと目見て、大杉と伊藤はアナキストとしてだけではなく、翻訳家や婦人活動家など、その活動範囲が多岐にわたっていたことを改めて感じたのだった。あまり知られていないと思っているのが、アンリ・ファーブルの『昆虫記』を最初に日本語訳をしたのは大杉なのである。

 2023年春、巻末に掲載する解説原稿が栗原氏から届いた。解説という名の格式ばった文章ではなく、“栗原節”がたっぷりとまぶされている“ラブレター”に近いもので、2人への愛がガツンと伝わってくるものだった。個人的に好きなのはこの箇所だ。

ゼロになる。将来がなくなる。自分が消える。積みあげてきたアイデンティティも肩書きもなんにもなくなる。でも、そこから真の生長がはじまるというのだ。将来のために、いまを犠牲にして生きるのはもうやめよう。いまないものはこの先もない。やるならいましかない、いつだっていましかない。高校生のころから、大杉のことばにシビれっぱなしだ。もっと横道に逸れてゆきたい。——『大杉栄セレクション』解説 より
みんなにとって都合のよい自分なんて捨ててしまおう。そりゃいわれたとおりにしていれば、親も親戚も近所のひともみなほめるだろう、よろこぶだろう。だけどそんなのなんにもならない。まわりの目なんて気にしなくていい。わたしはわたし自身を生きるのだ。やりたいことしかもうやらない。——『伊藤野枝セレクション』解説 より

 原稿が届いてからは、編集、校正、カバーのデザイン決めなどさまざまな仕事が嵐のごとくやってくる。大杉と伊藤、そしてその他の書籍の仕事だけに集中したいのだが、一企業の会社員という手前、何かといろいろと面倒なことに関わらなくてはならず、気を揉むことがある。そんな中、どれほど2人の言葉に励まされたことか!

主人に喜ばれる、主人に盲従する、主人を崇拝する。これが全社会組織の暴力と恐怖との上に築かれた、原始時代からのホンの近代に至るまでの、ほとんど唯一の大道徳律であったのである。
 そしてこの道徳律が人類の脳髄の中に、容易に消え去る事の出来ない、深い溝を穿ってしまった。服従を基礎とする今日の一切の道徳は、要するにこの奴隷性のお名残りである。——大杉栄『奴隷根性論』より
生きる権利!それのみが凡ての人間に一様に与えられた唯一無二の正しい権利だ。そして他人の生きる権利を犯すことは、何よりも許しがたい人間の最大の罪悪である。——伊藤野枝『失業防止の形式的運動に対する一見解』より

 無事、2冊の本が完成した。大杉と伊藤と駆け抜いた月日は実に楽しい時間だった。本が手元に届いたとき、2人と離れてしまうような気がしてちょっとだけ悲しかった。2人の言葉は正直言って、洗練されたものだとは言い難い。しかしそれがかえってよいのだ。味わいがある。何度も読み返すうちに読み手である自分の言葉のようになってくる。

自分で自分の事をするのはいい気持ちだ。何事にでも我がままがきく。勝手でいい。威張られる事もなし。恩に着る事もなし、余計なおせっかいをいわれる事もない。——大杉栄『僕らの主義』より
他人によって受ける幸福は、絶対にあてになりません。どれほど信じ、どれほど愛する人によって与えられる幸福にしても、私はそれに甘えすがってはならない、と思っています。もちろん甘えられ、すがれる間は甘えるのもすがるのもいいと思います。けれども、何の理由にしろ、その幸福に離れた時、取り乱すことのないようにしたいものだと私は終始おもっています。そしてその覚悟は、やはり自分ひとりの生きてゆく目標を、何処におくかによってきまるとおもいます。——伊藤野枝『自己を生かすことの幸福』より

 いま望むのは、大杉と伊藤について知る人が1人でも多く増えること(特に若い人たちに)、今回完成した2冊が1人でも多くの人の手に渡ること、そしていつか学校の教科書に2人の文章が載ることだ。そうしたらなんだかよい社会が訪れる、そう思うのだ。

[文=平凡社編集部・平井瑛子]

『大杉栄セレクション』目次

創作
 春三月縊り残され花に舞う
 野獣
 むだ花
 こひ願うものは何物も與えられず、強請するものは少しく與えられ、強奪するものはすべてを與えられる
 腹がへったあ! Si vis pacem, para bellum.

アナキズム
 奴隷根性論
 生の拡充
 鎖工場
 正気の狂人
 賭博本能論
 自我の棄脱
 僕は精神が好きだ

民衆芸術論
 民衆芸術の技巧
 此の酔心地だけは エ・リバアタリアン

生物学
 創造的進化 アンリ・ベルグゾン論
 生物学から観た個性の完成
 動物界の相互扶助 生存競争についての一新説
 『昆虫記(一)』(アンリ・ファーブル著)訳者の序

アナキストどんなひと
 強がり
 死にそこないの記
 久板の生活
 求婚広告 近藤憲二の印象
 続獄中記 前科者の前科話(三)「俺は捕へられているんだ」

労働運動論
 小紳士的感情
 僕等の主義
 労働運動の精神
 労働運動理論家 賀川豊彦論(続)
 新秩序の創造
 社会的理想論
 組合帝国主義

ロシア革命論
 無政府主義将軍 ネストル・マフノ

『伊藤野枝セレクション』目次

青鞜社時代
 東の渚 
 新らしき女の道
 わがまま
 出奔 
 『婦人解放の悲劇』について 
 遺書の一部より 
 『青鞜』を引き継ぐについて 
 矛盾恋愛論 
 貞操についての雑感 
 私信——野上彌生様へ 
 傲慢狭量にして不徹底なる日本婦人の公共事業について 
 青山菊栄様へ 

アナキスト時代
 乞食の名誉 
 階級的反感 
 書簡 後藤新平宛(一九一八年三月九日) 
 喰い物にされる女 
 白痴の母 
 婦人労働者の現在 
 自由母権の方へ 
 現代婦人と経済的独立の基礎 
 『或る』妻から良人へ 
 貞操観念の変遷と経済的価値 
 火つけ彦七 
 無政府の事実 
 失業防止の形式的運動に対する一見解 
 私共を結びつけるもの 
 自己を生かすことの幸福 

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