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地元・さいたまのためにできること。デザイナーが選ぶ、日常の価値に気づく本:大宮「本と喫茶 夢中飛行」

記事:じんぶん堂企画室

「本と喫茶 夢中飛行」店主の直井薫子さん
「本と喫茶 夢中飛行」店主の直井薫子さん

シェア本棚と、デザイナー選書の新刊棚が共存

 JR大宮駅東口から氷川神社参道の二の鳥居へと至る一の宮通りは、ここ10年くらいで古着屋や美容室、カフェなどが集まる場所として賑わいを見せている。その一の宮通りに面し、二の鳥居にほど近い雑居ビルの2階に「本と喫茶 夢中飛行」はある。店内には本棚がぎっしりと並んでいるが、可動式でトークイベントなどが開催できるような造りになっている。窓際には小さなカウンターがあり、ここでハンドドリップのコーヒーやアップルパイなどを味わいながら読書を楽しむことができる。

ビルの1階には別のカフェがあり、その脇の階段かエレベーターで2階へ上がると、「本と喫茶 夢中飛行」の入り口がある。
ビルの1階には別のカフェがあり、その脇の階段かエレベーターで2階へ上がると、「本と喫茶 夢中飛行」の入り口がある。

 入り口から向かって右端の2面は、店主の直井薫子さんが選書した新刊を並べる「CHICACU Bookstore」コーナーで、それ以外の棚は、1棚1オーナー制のシェア本棚。月額3300円(税込み)で「本棚オーナー」になることができ、現在は約80人のメンバーが思い思いの本を並べ、売り買いや貸し出しを行っている。棚作りはオーナーの裁量に任されており、自作の栞やZINE、アクセサリーやポストカードなどの雑貨を並べている人もいる。

約12坪の店内に、シンプルな本棚が並ぶ。一の宮通り沿いは空き物件がなかなかなく、知り合いの雑貨店オーナーに泣きついたら、「ちょうど今日ビル買ったところ」と言われ、引き渡し直後のこの物件に巡り合うことができた。
約12坪の店内に、シンプルな本棚が並ぶ。一の宮通り沿いは空き物件がなかなかなく、知り合いの雑貨店オーナーに泣きついたら、「ちょうど今日ビル買ったところ」と言われ、引き渡し直後のこの物件に巡り合うことができた。

シェア本棚の本の中には、貸し出し可能なものもある。「図書カード」が挟まれており、感想などを自由に書き込める。
シェア本棚の本の中には、貸し出し可能なものもある。「図書カード」が挟まれており、感想などを自由に書き込める。

「チカクが変われば、世界も変わる」

「北浦和で自宅兼仕事場兼本屋をやっていた時は、4畳半くらいの広さで4000冊くらいあったのですが、今は約1000冊くらいとちょっと少なくなってしまいました。シェア本棚をたくさん作っていったら新刊コーナーが少なくなってしまったけど、新刊はもう少し増やす予定です」

 そう話すのは店主の直井薫子さん。選書で意識しているのは、「知覚を刺激する」「いつも見ている景色を違った視点で捉えられるようになる」「好奇心をくすぐる」ということ。北浦和時代から使っている「CHICACU」という名前には、「近く」と「知覚」という二つの意味を込められている。日常の中には、実は価値があるものがたくさんあるのではないかという思いが直井さんにはある。「近く」の景色を「知覚」できることこそ豊かなこと――、そうとらえられる人が増えたらいいという願いから、「チカクが変われば、世界も変わる」をコンセプトにしてきた。それは場所が変わっても、今も変わらずにいる。

「世界を知覚するための、さまざまな物事への入り口になるような本を選んでいます。あとは、自分が読んでいいなと思ったものや、自分が関心のある事柄に関係する本。例えば、“他者と自己”“アートと社会”“震災と地域”みたいな感じで、自分が知りたいと思った時に関連する本をどーんと仕入れるので、少々偏りがあるかもしれません。もう一つ、私が若い時に影響を受けた本も並べています。デジタル媒体に移行する中、紙で読むことの身体性ってすごく記憶に残りやすいし、認知もしやすい。そういうものに触れてほしいという思いもありますね」

店に入って向かって右端が「CHICACU Bookstore」コーナー
店に入って向かって右端が「CHICACU Bookstore」コーナー

 幼少期から本が好きだった直井さんは、多摩美術大学に進学。3年の時に東日本大震災が発生した。この時、「自分の専門性を生かして地域のための活動ができないか」ということを意識するようになった。卒業後は、ある出版社のエディトリアルデザイナーとして働くことに。「ピンチに陥った時に自分の支えになる本や、人と人をつなぐ媒介になるもの」を作りたいと思っていたものの、在籍していた出版社は、趣味・教養分野がメインだったため、直井さんが関心を持つ、地域に関わる仕事ではなかった。そこで、エディトリアルデザインに強い個人事務所に移籍し、アカデミックな書籍作りに携わるようになる。

「ここで誠実なモノづくりや、アーカイブ性の高いものを作る価値の大切さを知ることになりました。わかりやすいものだけが全てではなく、多面的なモノの見方もここで教えてもらったような気がします」

 教授の個人事務所で働いている間に、知人の編集者が住んでいた東京・葛飾に移り住み、雑誌「ヨコガオ」に携わることになった。地域に根ざした雑誌が人と人とをつなげ、編集部のあったシェアスペースが地域の拠点となり、ローカルコミュニティーの場が自然とできあがっていったことに面白さを感じていた。

「よりどころになるほどの信頼関係があるわけじゃないけれど、ここに行けば誰かに会えそう、その中の誰かは自分を受け入れてくれそうっていう安心感があって、そういうものが街にあるだけで、その街をすごく好きになれる。そういう経験って、“埼玉都民”と言われる地元ではあまり感じられなかった感覚でした。でも、葛飾では特に無理して頑張ったわけででもないのに、自然にそういう場ができたので、もしかしたら地元で自分にもできるかもって思ったんですよね」

まずは、自宅兼仕事場に本屋を作ってみた

 地元・さいたまに帰ることに決めた直井さんは、縁あって2020年に完成したマンション「コミューンときわ」の1階に自宅兼仕事場兼本屋「CHICACU Design Office & Bookstore」を構えることになる。

「最初はあまり無理せず、リスクが少なく始められる方法を、と考えて、自宅を開放する“住み開き”からスタートしました。新刊を扱いたいというのははじめから決めていました。というのも、出版業界に身をおいていた人間として、今を生き、言葉を扱う人が食べていけなかったら業界が先細りしていくので、そういう人たちを応援したいと思ったからです。私の店の利益は微々たるものかもしれませんが、ちゃんと還元したかったんです」

アートやデザイン系の選書は、美大出身である直井さんの腕の見せどころだ。
アートやデザイン系の選書は、美大出身である直井さんの腕の見せどころだ。

 直井さん自身、デザイナーとして本を作る立場にはいたものの、書店での勤務経験がなく、書店員としての知識や経験が不足していることは自覚している。

「デザインやアートのことを美大で学んだ過程で得た物事の見方は、もしかしたらなにかの差異になるかもしれない。そこに自分がいる意味が見いだせたらいいなと思いながらやっています。北浦和の店をやっていた時に、『選書がすごく刺さります』と言ってくださった方が結構な確率でいたので、じゃあいけるかなと思ったのもあります。本を売る、というところはまだまだかもしれませんが、少しずつ経験を積んでいきたいと思っています」

 また、古書ではなくて新刊の強みとして、その本を書いた著者や編集者など、今を生きる“生身の人間”とつながれる、ということを挙げる直井さん。

「読書は昔を生きた人との対話ができるいいツールではあるのですが、生身の人間の面白さという感覚は、葛飾のコミュニティーで得たこと。本を通していろんな言葉に触れる楽しさを増やしたいし、著者や編集者に会える場も作りたい、ってなったらやっぱり新刊だなと。個人書店で新刊を扱うのはめっちゃ難しいのですが……」

デザイナーとして、大切にしているメッセージ

 そんな直井さんに、人生を変えた一冊を聞いてみると、『あなたが世界を変える日 12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチ』(学陽書房)を挙げた。カナダ人の12歳の少女が、リオ・デ・ジャネイロの環境サミットで行ったわずか6分間のスピーチが大きな反響を呼び、いつしか「伝説のスピーチ」と呼ばれるようになった。本書はそのスピーチを絵本にしたものだ。

(直井さん提供)
(直井さん提供)

「これは中学2年生の時に、誕生日に兄嫁からもらった本です。同世代の少女がこんなことを考えているの? という衝撃がありました。いかに無駄な消費をしないか、ということは常に意識していたのですが、『どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください』という少女のまっすぐなメッセージは、デザイナーになってからも忘れてはならない。私のデザイナーとしての立ち位置を決めてくれた本でもあります。環境って、当たり前にあるものだけに、知覚しづらいもの。日に日に壊れているものをどうやったら認識できるかという一つの答えがここにあります。だから、この本は店の棚に常に置いているんです」

 直井さんが美大生だった時に影響を受けたのは、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)だ。9人の書体デザイナーに文字への思いや書体のつくりかたを聞き、組み見本も掲載した一冊だ。

「この本にも登場している書体設計士の鳥海修さんの、書体デザインの私塾に通っていたこともあるんです。書体デザイナーにとって何が一番美しいかというと、何年もかけて一生懸命作った書体が目立たない、意識されないことっていうんですよ。文字は、水や米みたいに、日本の文化のためになくてはならないものなんだけど、目立たないことこそが美しいという彼らの価値観がすごいいいなと思ったんです。職人の世界のように、よく考えて、無駄のないモノを作るのはこういうことだということを教えてくれたし、モノはこのようにして作られるべきだと思わせるにふさわしい一冊です」

地域コミュニティーづくりの刺激になった3冊

 直井さんが本を媒介とした地域コミュニティーをつくるにあたって、刺激になった本も紹介してくれた。1冊目は、『言葉の宇宙船 わたしたちの本のつくり方』(ABI+P3共同出版プロジェクト)。さいたまトリエンナーレのディレクターを務めた芹沢高志さんと、写真家・著述家の港千尋さんが中心となって立ち上げた出版レーベルの第一弾として出版されたのが本書。対話を重ねることで生まれた「わたしたちの本のつくり方」を、熱気そのままに多角的に紹介している。

「10月15日にここで芹沢さんがゲストのトークイベントをするのですが、私が東京から埼玉に戻ってきた時に開催されていたさいたまトリエンナーレのディレクターをされていたんですね。その時に芹沢さんが、埼玉とアートをどうひもづけるかを考えるにあたって、“生活都市”という言葉を挙げていたんです。『埼玉は生活そのものがある都市だからこそできる表現がある』っておっしゃっていました。私も、自分の本屋活動が表現の一つだと思っていたので、芹沢さんの言葉がすっとつながる感じがありました。また、この本の表紙デザインは、自分が読んだ日付や感想などを書き込めるユニークなもの。芹沢さんは、『本は量産品として作られるんだけど、一人ひとりの読み手に渡ったら、その人が書き込み、痕跡を残すことでその人固有のものに変わっていく』とおっしゃっていたのも自分に響きました。私も本を読みながら書き込むタイプの人間なので。本屋をやっていく時に悩んでいる時期にこの本を手に取り、一つの方法論としてすごく面白かったし、この著者とつながれてよかったと思っています」

 2冊目は、田中未知著『質問』(文藝春秋)。寺山修司の秘書兼マネジャーを務めた著者が手掛けた一冊で、右から開けば日本語、左から開けば英語で1ページにひとつずつ、合計365個の質問が用意されているというもの。質問の答えに正解はなく、手に取った人が自分の内面と向き合い、答えを模索することになる。

「私が北浦和で始めた“住み開き”という言葉は、アーティストのアサダワタルさんが提唱しているものなのですが、アサダさんは私を公に開くことや、人が集うことについてずっと探求されている方。コロナ禍の取り組みの一つとして、アサダさんが『声の質問』という表現形式を実践し、それをコンサートにしたのですが、その時にこの本の質問も使われていました。このコンサートにすごく感動して、この本も買いました」

 3冊目は、『ゆっくり、いそげ カフェからはじめる人を手段化しない経済』(大和書房)。西国分寺駅にある「クルミドコーヒー」オーナーの影山知明さんが執筆した本で、「理想と現実」を両立させる経済の形を模索した一冊だ。

「影山知明さんは、私が影響を受けた一人。ただコミュニティーのユートピアを作るのではなく、ちゃんと社会の中でも機能させようとしているのだけど、経済を手放さずにいるところがいいなと。私が漠然と考えているものの先にいらっしゃる人、という感じです。私はシェア本棚や新刊書店を続けることで、いつかは言葉の世界で生きている人にお金が回るようにしたいと思っているけど、その努力目標になっているのがこの本です」

いつか、田んぼの見える本屋を

 アーティストの表現活動において、本人のルーツは作品作りの上で、大きな“説得力”になるという。

「アートの世界ではよく言われることなのですが、自分がルーツと向き合って何者であるかを考えた上で、その人がそのことをやる意味が生まれる、という考え方があります。それって私にもすごくしっくりきたんです。私が大学に入学するまで、自分を育ててくれたさいたまのために何ができるのか。それって幼少期に本好きだった経験が大きく影響していると感じるんです」

レジカウンターに置かれたノート。訪問者がさまざまなメッセージを書き残していく。
レジカウンターに置かれたノート。訪問者がさまざまなメッセージを書き残していく。

 直井さんが生まれ育った東浦和には、「見沼たんぼ」という広大な田んぼがある。この田んぼを見ながら読書をするのが好きだった直井さんの夢は、見沼たんぼを借景にできる場所で、人が集う本屋を開くことだ。

「夢といっても、この先、田んぼがなくなることもあるかもしれません。その時、自分はどういう選択をするのか。さいたまって、駅や中心部から15分も離れれば農村地があるんですけど、それって日本の中でもあまりないんですよね。このコントラストの強さを身近に感じられる面白い街だからこそ、本屋かどうかはわからないけど、それを生かせる何かができるといいなと思っています」

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