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北極冒険家、本屋の経営に挑む “知的情熱”が原動力:大和市・冒険研究所書店

記事:じんぶん堂企画室

冒険研究所書店・店主で北極冒険家の荻田泰永さん
冒険研究所書店・店主で北極冒険家の荻田泰永さん

極地を冒険してたどり着いたのは、桜ヶ丘

 桜ヶ丘駅前にある歯科医院の横にある細い階段を上がると、約100㎡の同店がある。入口から向かって左半分は、新刊と古書が並ぶ書店スペースだ。壁面や中央の棚はすべて手作り。木の板で作った本棚や木箱など、不揃いなところに味わい深さを感じる。山小屋の図書スペースのような雰囲気もある。

階段を登るところから、冒険ははじまる
階段を登るところから、冒険ははじまる

 入口の右側は、ギャラリーと冒険で実際に使用した装備を置くスペースだ。壁面に写真が飾られており、ここで展示を行えるようになっている。腰の高さほどの本棚も並ぶ。荻田さんの蔵書で非売品だが、店内でなら閲覧可能。荻田さんが冒険で着用したウェアや、多くの荷物を運んだソリなども間近に見ることができる。この雑然とした感じが、“冒険研究所”らしさを醸し出しているようだ。

ギャラリースペースにある本は非売品だが、店内で読むことができる
ギャラリースペースにある本は非売品だが、店内で読むことができる

 なぜ冒険家が書店をやるのか、という問いかけの前に、荻田さんがどういう人かを紹介したい。荻田さんは、自分のやりたいことが見つからず、大学を中退してアルバイト生活をしていたとき、たまたま見ていたテレビで冒険家の大場満郎さんが北極に同行する若者を募っていることを知る。北極はもちろんのこと、海外にも行ったことがなかった荻田さんは、突き動かされるように大場さんに手紙を書き、2000年にカナダ北極圏を700km歩くという旅に参加する。

荻田さんが南極点に到達した時に使用したソリ。独自に開発したものだ
荻田さんが南極点に到達した時に使用したソリ。独自に開発したものだ

 以来、北極に魅せられた荻田さんはアルバイトを繰り返しては資金を貯め、一人で単独歩行を繰り返すように。荻田さんの基本的な冒険スタイルは「単独」「徒歩」「無補給」。12年と14年に無補給単独徒歩での北極点を目指したが、到達はかなわなかった。しかし、16年にカナダ最北の村からグリーンランドの1000kmを世界で初めて単独踏破。18年には日本人初の無補給単独徒歩での南極点到達に成功した。

北極冒険家、街の本屋をつくる

 荻田さんが初めて北極圏を訪れてから20年以上の月日が流れた。40歳になった2019年、この場所を事務所として借りた。新宿から電車で1時間程度の場所を探していて、不動産情報で駅から徒歩30秒という立地で、家賃も手軽なことから「掘り出し物」だと思い、すぐに契約した。20年に及ぶ極地冒険で蓄積した装備品の保管場所を兼ねているため、せっかくなので誰もが手に取れるような形にし、冒険をテーマに人が集う場所を作ろうと考えた。しかし、その半年後に世界を新型コロナウイルスが襲いかかる。

 全国の小中学校が一斉休校することになり、仕事があるのに子どもを預ける先がなくて困る人が続出するのでは、と思った荻田さんは、この場所を子どもたちに開放することを即決し、SNSやウェブサイトにそのことを告知。すると、近所の子どもたちが集まるようになり、その子らや迎えに来る親との交流が芽生えた。

「事務所兼保管場所の時からトークイベントなどを行っていましたが、いくらいろんな人が集って語らえる場所ですといったところで、事務所では入りづらかったかもしれません。そこで、ふらっと立ち寄れる場所について考えた時に、本屋が思い浮かんだんです」

冒険に関連したものが多く飾られている
冒険に関連したものが多く飾られている

 桜ヶ丘駅付近には書店がないことに気づいた荻田さんの中に、「ここに集まってくる子どもたちはどこで本や人に触れ合うことができるのか?」という疑問が湧きあがる。そこで、自ら本屋を始めようと思い立ったのだ。

 人が集う場ということであれば、カフェという選択肢もあっただろう。しかし、カフェは「自分の文脈に乗らなかった」と荻田さんは言う。

「冒険は極地に足を運ぶ肉体的な活動で、読書はどこか一箇所に落ち着いて本と向き合う知的な活動なので、世の人たちのイメージとして、冒険と読書は遠いと感じるでしょう。でも、私にとっては、何かを見たい、知りたいという知的な欲求、すなわち知的情熱という点においては同じなのです」

 “知的情熱”という言葉は、極地探検記の名著、アプスレイ・チェリー=ガラード『世界最悪の旅』の最後の一文「探検とは、知的情熱の肉体的表現である」に出てくるものだ。この文章は、荻田さんの心に深く突き刺さっているという。

 そしてもう一つ、荻田さんは、冒険と読書の共通点として、“主体性”を挙げる。ルールやマニュアルなどが存在しない冒険の世界では、冒険者自身が主体性を持って、内なる自らの基準を作り上げていくことが重要だという。読書もまた、本の中に答えを見つけようとするのではなく、自分の頭で自らの答えに至ろうとする「主体性」が大切だと荻田さんは言う。

荻田さんの蔵書の一部。やはり冒険に関する本が多い
荻田さんの蔵書の一部。やはり冒険に関する本が多い

「ドイツの哲学者アルトゥル・ショウペンハウエルが著書『読書について』の中で、読書とは何かについて、『読書は言ってみれば、他人の頭で考えることである』と記しています。本を参考にしたり、そこから学んだりすることが悪いというわけではありませんが、私はショウペンハウエルが、自分の頭で考える読書、主体性を持って本を読もうと言っているように感じられたし、それはまさしく冒険と同じだ! と思ったのです」

 いざひらめいて「本屋をやろう」と決めたものの、本屋経営とは無縁の荻田さんにとっては、わからないことだらけ。そこでSNSで「本屋を始めようと思っている」と書き込んだところ、同じ神奈川県内にある「ポルベニールブックストア」(鎌倉市大船)からメッセージが来て、書店経営のノウハウを教えてもらうことができた。開業資金についてはクラウドファンディングを実施。3週間で目標の250万円を大きく上回る342万円が集まった。こうして、わずか4カ月間で、「冒険研究所書店」オープンにこぎつけることができた。

冒険の専門書店ではないという荻田さん。さまざまなジャンルの本が並ぶ
冒険の専門書店ではないという荻田さん。さまざまなジャンルの本が並ぶ

地元の人に気づかされる

 本棚には、冒険にまつわる本や、今まで荻田さんが影響を受けてきた本が多いものの、「冒険」の専門書店を作りたいわけではないという荻田さん。駅前に書店がない桜ヶ丘で開業したからには、“街の本屋”としての役割も担いたいと考えている。実際、北極冒険家である荻田さんに会いたい人や、冒険に興味がある人たちと、地元の人たちとの割合は肌感覚で3:7だという。荻田さんが冒険家であることを知らない人たちが多く立ち寄っている。

「今になって、オープン当初の本のセレクトを振り返ると、自分の本棚を作っていたな、という感じがします。ただ、本屋の経験がまったくない人間がなるべく扱う本に幅を持たせたいと思って頑張っても、限界がある。自分の関心のあるものは目に留まるけど、そうではないものは視界に入らないからです」

 オープンして間もないある日、荻田さんは、店を訪れた女性に「編み物の本はありますか?」と聞かれた。「あ〜、そういうのあるよね。考えも至らなかった!」と、地元の人たちに必要な本があると気づかされたことは今も鮮明に覚えているという。

「こういうことの積み重ねで、お客さんに教えてもらって少しずつ本が増えていきました」

棚にぎっしりと並べられた本。扉付きの本棚がアクセントに
棚にぎっしりと並べられた本。扉付きの本棚がアクセントに

 冒険家が本屋をやっているということで、多くのメディアに取り上げられた。また、店側も地元の人に来てもらいたいからと、新聞の折込やポスティングなどで店のチラシを配ったことから、少しずつ地元での認知度も高まっていった。桜ヶ丘で約50年暮らす、工学系の元研究者である男性もその一人だ。

「新聞の折込チラシを見てね。向こう見ずな冒険野郎が有名になりたいから本屋を開いたらしい。どんな本屋か見てやろう! と思ったのがきっかけだったね」

 しかし、その男性は荻田さんと言葉を交わしていくうちに、自分の中に、冒険家に対する固定観念があったことに気付かされたという。

「息子と同じ年くらいだし、『しっかりしろよ』と言うつもりが、彼はすごく知的。意外すぎて驚きましたよ(笑)。桜ヶ丘で本屋をやってくれて地元の恩人だし、勲章をあげたいくらい!」

 以来、その男性はすっかり常連客に。男性が長らく携わってきた工学系とは全く異なる分野の本の品揃えが新鮮で、店を訪れるたびに知的好奇心が刺激されるという。荻田さんとの会話も楽しみの一つとなっている。

荻田さんの著書『北極男』
荻田さんの著書『北極男』

 荻田さんの思考の深さや言葉の豊かさは、『考える脚』(KADOKAWA)、『北極男』(山と渓谷社)といった著書を読んでも伝わってくる。厳しい環境に身を置く冒険家が、こんなにも繊細で奥深い文章を綴るのかと驚かされると同時に、その語りの面白さから一気に惹き込まれる。

「実は、冒険家は文章を書ける人が多いんです。たぶん理由はいろいろあって、何カ月もコツコツと一人で歩いているから、考える時間だけは山のようにある。しかも、思考がどんどん深堀りされていくんですよ。いざ書こうとした時に、もうすでに頭の中に言葉が用意されちゃっているというか……。知り合いのスキーライターさんに聞いたんだけど、スキーは瞬発的な行為だから、その最中に考えている暇がないというんです。一方の冒険家や登山家はずっと深堀りしているから書ける、そこに気がついてなるほどな、と思いました」

 荻田さんが本をよく読むようになったのは中学生の頃。中学2、3年の担任が国語教師だった。「好きに読んでいいよ」とその教師が私物の本を教室に並べており、その本を手に取ったのがきっかけだった。高校生になって、久々に中学校を訪れてその教師に会いに行った時、井上ひさしの『四千万歩の男』(講談社文庫)を勧められた。

思い入れのある本について語る荻田さん
思い入れのある本について語る荻田さん

「天文学を学ぶ伊能忠敬が日本全国を測量して日本地図を作った話で、ただ歩いて測量しているだけなのに、これがべらぼうに面白くて! 地球の大きさを知るために歩きはじめた忠敬の行動は、まさに知的情熱の肉体的表現。のちに私が北極を歩くようになったのも、この本が直接影響したわけではないけど、何かがつながっていたのかもしれない。ネット書店は、自分がほしい本を探す時は優れているけど、未知との出会いは、リアル書店や、人のおすすめあってのもの。私が面白いと思って、本棚に並べた本が誰かにとっての未知の本になる。そういうところはすごく面白いと思うんですよね」

未知との出会いとなる、おすすめの本

 そんな荻田さんに、未知との出会いになるかもしれない本を何冊か挙げてもらった。1冊目は井上靖『おろしや国酔夢譚』(文春文庫)。江戸時代、大黒屋光太夫をはじめとする乗組員17人を乗せた神昌丸が数ヶ月もの漂流の末にロシア帝国領内の島にたどり着く。帰国の途を求めて光太夫一行はシベリアを横断してエカチェリーナ二世の謁見を受け、10年かけて帰国の途につくまでの壮大な歴史物語だ。

「冒険中に本は読まないのだけど、必ず持っていって、現地に行くまでの機内や、出発前に滞在している村などで何度も読み返したのがこの本です。『井上靖も一緒に漂流していましたよね?』って言いたくなるくらい、臨場感と没入感が半端ない! 光太夫たちが極寒のシベリアを横断するのと、北極圏を歩く自分との親和性が高いのだけど、彼らに比べたら自分の冒険は全然楽だし、自分を鼓舞してくれるような気がしたんです」

 2冊目は、さきほど登場したショウペンハウエル『読書について』。読書の功罪における「罪」について深く考察された一冊だ。

「『読書とは他人にものを考えてもらうことである』に代表されるように、読書についてかなり辛辣に書かれた本。主体性の大切さと、読書と冒険との共通点に気づかせてくれました。面白いのが、200年前のドイツで書かれた本なのに、最近の人たちは、内容もよくわからずに、話題の新刊に飛びついて困ったものだ、なんて書かれていて、今と変わらないんだなと」

 3冊目も、さきに触れたアプスレイ・チェリー=ガラード『世界最悪の旅』(河出書房新社)だ。20世紀初頭、マイナス60度を越す極寒の地でノルウェーとイギリスの探検隊によって南極点到達競争が繰り広げられた。競争に敗れ、ほぼ全員が死亡した悲劇のイギリス・スコット隊の、数少ない生存隊員が綴ったノンフィクションだ。

「壮絶な体験談もさることながら、やはりいちばん素晴らしいのは、『探検とは知的情熱の肉体的表現である』という一文。何度も復刻されているのだけど、これは河出書房新社の世界探検全集で、2022年から刊行されたもの。ちなみにこの本の巻頭解説を私が担当しています」

 4冊目は、須川邦彦『無人島に生きる十六人』(新潮文庫)。明治時代に大嵐で帆船が難破し、たどり着いたのが太平洋の小さな島。飲み水や火の確保など、助け合って日々工夫する彼らは、再び祖国の土を踏むことができるのか? という実話に基づいた冒険譚だ。

「南太平洋のサンゴ礁の島で、井戸は掘れないし、木も生えていない。そんな環境下でのサバイバル生活を経て無事生還する実話です。漂流記って飢えと戦って一人ずつ死んでいく、というような暗さがありそうだけど、これはすごく明るい! 子どもも楽しめるし、大人が読むともっと面白い! 漂流ってなんだか楽しそうだと思えてくるし、冒険心や好奇心がかきたてられます」

「その冒険に何の意味があるの?」

 荻田さんが冒険家として活動していた時、スポンサー探しに奔走していた。さまざまな企業に足を運び、企画書を片手にプレゼンテーションをする。そこで必ずといっていいほど問われたのは、「その冒険に何の意味があるの? どんなメリットがあるの?」ということだった。

『冒険の文学』の一節には蛍光ペンが引かれていた
『冒険の文学』の一節には蛍光ペンが引かれていた

「正直なところ、出発する時点ではないです。でも、ポール・ツヴァイク『冒険の文学』(法政大学出版局)という本に、こんな一節があります。『冒険者は、みずからの人性の中で鳴り響く魔神的な呼びかけに応えて、城壁をめぐらした都市から逃げ出すのだが、最後には、語ることのできる物語をひっさげて帰ってくる。社会からの彼の脱出は、きわめて社会化作用の強い行為なのである』。冒険とはきわめて個人的な行為で、行く時には何もない。でも、城壁の外側の荒野で物語を引っ提げて帰ってくると、それには社会的な意味がある。さまざまな冒険を経て、40歳を過ぎて本屋をやることも、社会への還元の一つかもしれないと思うんです」

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