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「地域にとってのサードプレイスでありたい」 定年後、長年住む松戸で開業:本屋BREAD&ROSES・鈴木祥司さん

記事:じんぶん堂企画室

本屋BREAD&ROSES 店主の鈴木祥司さん
本屋BREAD&ROSES 店主の鈴木祥司さん

定年後、何をしたいか?

「本屋BREAD&ROSES」は、新京成線の常盤平駅と五香駅の、どちらからも徒歩約10分。「日本の道100選」の一つである常盤平さくら通りに面しており、落ち着いた雰囲気の場所にある。この通りに約600本の桜が咲き乱れる春はもちろんのこと、花びらが散った後の葉が青々と茂っている時期も魅力的だ。同店の大きな窓からは、そんな桜の木を眺めることができる。

 12時のオープンと同時に、顔見知りの客がふらりと訪れ、店主の鈴木祥司さんと雑談をする。次に来た客は、鈴木さんに本の注文を依頼した。大きな窓に面してカウンター席があり、セルフサービスのカプセルコーヒーを味わうこともできる。2023年10月のオープンから7カ月が過ぎ、少しずつ地域に溶け込んでいっているようだ。

常盤平さくら通りに面した、「本屋BREAD&ROSES」
常盤平さくら通りに面した、「本屋BREAD&ROSES」

 松戸市内で暮らして約30年になる鈴木さんは、都内にある労働組合の職員として働き、2023年2月、60歳の誕生日に定年を迎えた。その数年前から、定年後をどうするか考えはじめたという。

「多くの人と同じように、このまま職場に残るのか、転職するのか、新しいことを始めるのか、といろんな選択肢を思い浮かべ、考えました。定年が近づくにつれ、本屋をやりたいという思いが強くなっていったんです」

 そう話す鈴木さんは、実は大学を卒業後、大手書店に就職していた。外商部に配属されたので、売り場に立っていたわけではないが、本好きな鈴木さんにとってはそれなりに充実した日々を過ごしていた。しかし、約2年で転職し、労働組合の職員となった。

「転職したのは書店に不満があったわけではなく、なんとなくでした。当時はバブル期で、転職への抵抗感もなかったんでしょうね。労働組合の仕事では調べ物をすることが多く、本好きだったことは役に立っていたと思います」

鈴木さんが作ったPOPや新聞や雑誌の書評などを添えており、本との出合いの一助となっている
鈴木さんが作ったPOPや新聞や雑誌の書評などを添えており、本との出合いの一助となっている

定年の日を迎える前に、少しずつ準備を始める

 定年後に本屋をやってみたいと思い始めた頃、鈴木さんは、都内に点在する、個人が運営する独立系書店に足を運んだ。荻窪の「本屋Title」、田原町の「Readin' Writin' BOOKSTORE」、両国の「YATO」、梅屋敷の「葉々社」など、どれも特色があり、強い衝撃を受けたという。そして、ますます自分でもやってみたいという思いが強まっていった。

 場所は長年暮らしている松戸市内と考えていた。鈴木さん自身、都内の職場と家との往復で、地域に深く関わってこなかったという反省があり、定年後は地域に何か貢献できたらと思っていた。定年を迎えてから動き始めては遅いと考え、定年の1年半前から、選書リスト作りにも着手。松戸市内で物件を探し始めたのは定年の約半年前から。物件はそう簡単には見つからなかったという。

「はじめは松戸駅近辺かなと思っていたのですが、いいなと思える雰囲気の物件がなかったんです。若いお母さんやお父さんが子どもを連れて入れるかというと、それがイメージできなかったんですよね。家賃も決して安くはないし。店の広さはそんなに大きくなくてもいいのですが、カフェスペースもほしかったですし」

(左)窓に面したカフェスペース。カウンター・テーブルは鈴木さんの自作で、使い込まれた床材を加工して作った(右)
店内では焼き菓子も販売。同じ建物の2階で焼き菓子を作る小さな工房おやつの「やつやつ」があることを知った鈴木さんが、「ぜひうちの店で販売したい」と声をかけて実現した
(左)窓に面したカフェスペース。カウンター・テーブルは鈴木さんの自作で、使い込まれた床材を加工して作った(右) 店内では焼き菓子も販売。同じ建物の2階で焼き菓子を作る小さな工房おやつの「やつやつ」があることを知った鈴木さんが、「ぜひうちの店で販売したい」と声をかけて実現した

 そうこう悩んでいる時に紹介されたのが、さくら通りに面した建物の1階だった。駅からの距離は徒歩約10分と少々歩くものの、さくら通り沿いという立地と、思い描いていた広さに近かったことから、この場所に決めた。定年退職の日から約2ヶ月後のことだった。

「そんなにお金をかけられないので、壁に白いペンキを塗ったり、本棚を作ったりと、なるべくDIYで内装を仕上げていきました。地域の人に、ここに本屋ができることを知ってもらいたかったので、ワークショップ形式にして本棚を一緒に作ったり、SNSでお店ができていく過程を投稿したりもしました。コストを抑えるためにDIYにしたのに、素材にこだわりすぎて逆にお金がかかってしまったところもあるかもしれませんが(笑)」

 28本の本棚はすべて手作り。ワークショップを開催し、製作の一部と色塗りは参加してくれた人たちと一緒に作った。「シンプルな作りの本棚にしたので、素人でも作ることができました」(鈴木さん)。

トークイベントや読書会を開き、人と集う

 時間をかけて作った選書リストは約3000冊。人文、社会系が中心で、「くらし・貧困」「教育・子育て」「人権・ジェンダー」「戦争・国家」「歴史・思想・哲学」「読書・本屋」といったジャンルを設定し、それぞれにテーマを掲げた。例えば、「くらし・貧困」であれば、「貧困をなくすために」「居場所を見つける」、「歴史・思想・哲学」であれば、「自由を求めるものたち」「先人たちの思索/考えるということ」というように。

「新刊本の発注作業はパソコンで行うのですが、1冊ずつクリックしていかなきゃいけないんです。クリックしすぎて腱鞘炎になってしまい、半年以上経った今もまだ腕が痛いんですよね…」

「読書の魅力を発見する」「食べることはどういうことか」「旅すること/歩くこと」といったテーマごとにさまざまな本が並べられている。

 オープン当初は、鈴木さんの蔵書も古本として合わせて並べていたが、古本の補充は基本していないため、今は約9割が新刊という。

 店の中心にある棚は、移動できるようにキャスターをつけた。これを動かしてスペースを作り、店内でトークイベントや読書会などを行うためだ。また、レジの隣にある壁には大きな有孔ボードを設置。ここで1ヵ月ごとに、テーマを決めて本をセレクトしたフェアを行ったり、近隣に住むアーティストの作品を展示したりしている。

「トークイベントや読書会をすることで、地域外からも人が来てくれたらと思っています。ただ、せっかく開催するのですから、トークイベントの講師は、できるだけ地域に関連する人にお願いしたいと思っています」

取材時に開催していたのは「発達障害」フェア。鈴木さんが思っていた以上に反響が大きく、この地域でも当事者や悩みを抱えている人が多いことを実感したという
取材時に開催していたのは「発達障害」フェア。鈴木さんが思っていた以上に反響が大きく、この地域でも当事者や悩みを抱えている人が多いことを実感したという

 労働組合の職員から、本屋のひとり店主という大きな転身を遂げた鈴木さん。組合の仕事は性に合ったこともあり約30年続けることができた。ただし、仕事の内容的に個々の組合員と直接関わる機会はあまりなかった。しかし、今は店を訪れた客と言葉を交わしたり、おすすめの本を紹介したりと、お互いの顔がしっかり見える距離感を楽しんでいる。

「僕が本をよく読むようになったのは高校生くらいの時で、大学時代は社会運動にも多少首を突っ込みました。良くも悪くも団塊世代の影響は受けていると感じていて、社会には表からは見えない裏の部分があり、物事を裏側からも見る習慣がついていったと感じています。本を読むことで、見えていなかった部分が見えてきたり、権力に騙されない知識を付けたりすることができる。この店に来てくださるみなさんと本との出合いに少しでも協力できればという思いがあります」

生きるために、読んでおきたい本

 そんな鈴木さんに、おすすめの本を挙げてもらった。1冊目は『くらしのアナキズム』(ミシマ社)だ。文化人類学者の著者が、文化人類学の視点から、人間が生きていくために本来あるべき考え方を分かりやすく解説した本だ。

「アナキズムというと、無政府主義と訳されてあたかも政府を転覆させる思想のように思われがちですが、ここで書かれていることはそうではなく、むしろ、社会問題を行政などに委ね、関わりを放棄するのではなく、自分たちはどうするべきなのかを気づかせてくれる本です。国家とは何か、自治とは何か、民主主義とは本来こうあるべきではないか、という本質的なことを考えさせてくれる。すごくいい本だと思っていて、6月末にこの本の読書会を開催することにしました」

 2冊目は、『沈黙の勇者たち 〜ユダヤ人を救ったドイツ市民の戦い』(新潮選書)。ナチスが1943年6月に「ユダヤ人一掃」を宣言した時点で、約1万人のユダヤ人がドイツ国内に取り残されていた。収容所送りを逃れて潜伏していた人たちのうち、約半数が生きて終戦を迎えることができた。実はそこに、反ナチ抵抗組織だけでなく、娼婦や農場主といった無名のドイツ市民による救援活動があり、本書はその実態を丁寧に掘り起こしている。

「ユダヤ人差別が蔓延する中、自らにも危険が伴うにも関わらず、なぜ手を差し伸べ、どう乗り越えたのかといったことが、とても丁寧に研究されていて、読み物としてもとてもおもしろい。人間の本質とは何か、争うだけでなく助け合うのも人間の本質ではないか、といったことを考えさせられる一冊です」

 3冊目は、『キャラメル工場から ―佐多稲子傑作短篇集』(ちくま文庫)。プロレタリア作家としてスタートを切り、戦後も執筆活動の傍ら、女性の地位向上や平和運動に力を注いだ著者の短篇集だ。

「自身の体験を元にした物語が多く、持たざる者の悲しみや怒り、やるせなさがひしひしと伝わってきます。時代に翻弄されながらも誇りを持って生きる姿が描かれ、小説としてもプロレタリア文学の豊潤さを感じさせる作品集です。文章表現も素晴らしく、この収録作を用いた朗読会も開催したいと考えています」

 4冊目は絵本だ。同店では、児童書や絵本なども取り揃えている。この『わたしは地下鉄です』(岩崎書店)は、韓国の絵本の翻訳版。ソウル市内を地下鉄2号線が、停まる先々の駅での乗り込んでくる、市井の人たちの人生を語るというものだ。

「地下鉄の目線で乗客一人ひとりにフォーカスした、ユニークな絵本です。地下鉄に乗り合わせた人たちは一見ただの集団にしか見えませんが、その一人ひとりにはかけがえのない暮らしや人生があることに気づかせてくれます。他者への想像力が低く、顔の見える関係が希薄な現代社会に警鐘を鳴らす絵本だと思います」

街の本屋と、サードプレイスと

生きるために必要な、BREAD(パン)とROSES(バラ)
生きるために必要な、BREAD(パン)とROSES(バラ)

「本屋BREAD&ROSES」という印象的な店名は、労働運動や女性運動のスローガンに由来している。BREAD(パン)は生きる糧、ROSES(バラ)は豊かに生きるための尊厳を意味する。

「BREADってつけると、絶対にパン屋さんと間違われるなと思ったので、店名のあたまに『本屋』と入れたのですが、それでも『パンを売っているのですか?』と聞かれることがあります(笑)」

「人が生きていくうえで必要な本を扱う」という鈴木さんの意思表示も込められた同店だが、もう一つ、地域にとってのサードプレイスでありたいと願っている。

職場や学校でもなく、家でもなく
職場や学校でもなく、家でもなく

「僕は本が好きではあるのですが、何より本屋という場所が好きなんです。常盤平や近辺の駅で相次いで本屋が閉店してしまったこともあり、この地域の街の本屋としての役割を担っていきたいですし、職場や学校でもない、家でもないサードプレイスになりたい。日常から逃げ込める場所をアジール(避難所)といいますが、ここに居心地の良さを感じてくれる人がいて、僕はその空間を守る。まだオープンしたばかりですが、そういうことを大事にしていきたいんです」

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