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絵画の歴史を紐解き、隠れた差別構造と権威を根底から問い直す『フェミニズムとわたしと油絵』

記事:明石書店

『フェミニズムとわたしと油絵――「描かれる女性」から「表現する女性」へ』(金谷千慧子著、明石書店)
『フェミニズムとわたしと油絵――「描かれる女性」から「表現する女性」へ』(金谷千慧子著、明石書店)

フェミニズムの観点から向けられる、現代絵画の巨匠への厳しい批判

 先日、何気なくテレビの方を向くと、画面から消えかかっていく「…展」と「ピカソ」とういう文字が目に入った。

 絵心がないとはいえ、パブロ・ピカソの展覧会の開催に関してだと想像がついた。インターネットで検索すると、東京・上野の国立西洋美術館で、2023年10月3日から、『キュビスム展―美の革命』と題する展覧会が開催されることがわかった。展示される約140の絵画や彫刻のうち、12点はピカソの作品だ。

 キュビスムは、20世紀初頭にピカソとジョルジュ・ブラックによって生み出された絵画の技法である。幾何学的な形によって画面を構成する試みで、絵画を現実の再現とみなすルネサンス以来の常識から画家を解放し、それ以後の芸術の多様な展開に大きな影響を与えたとされる。

 ピカソに話を戻そう。スペイン人の彼は、1936年に勃発したスペイン内戦において共和国軍を支持。反乱軍の中心人物、フランシスコ・フランコ将軍を、銅版画で怪物として描いた。さらに、1937年のナチス・ドイツによるスペインのゲルニカへの無差別爆撃の惨状を、絵画『ゲルニカ』で描いたことで、反戦、平和のシンボルとして評価されるようになった。

 『ゲルニカ』は、遠い過去の話ではない。本稿を執筆している今、パレスチナのガザ地区に対して、イスラエル軍の空爆が続き、子どもを含む、数千の人命が失われている。我々は、ピカソの作品による訴えを思い起こす必要がある。

 今年は、ピカソの没後50周年にあたる。フランスの美術雑誌『コネッサンス・デアール』によれば、世界42カ所でピカソの特別展が開催されるという。ルネッサンス時代のレオナルド・ダヴィンチと並ぶ巨匠と評する人もいるほどの存在感を如実に示す、『ピカソ年』といえよう。

 こうした実績や評価にもかかわらず、近年、ピカソへの厳しい批判が高まっている。その背景について、金谷千慧子は、『フェミニズムとわたしと油絵――「描かれる女性」から「表現する女性」へ』(以下、本書)の中で、『#Me Too』運動の広がりがピカソ研究にも大きく影響を与えていると指摘。フェミニズムの観点から「ピカソのモデル女性たちの悲惨な人生の研究が進められ、女性の人権を著しく蹂躙した男」として歴史に刻まれようとしていると述べている。

「描かれる女性」から「表現する女性」へ

 こうした批判に対して、「それは昔のことだ。当時は、珍しい話ではなかった」という反論が聞こえてきそうだ。しかし、過去に見過ごされていたとしても、現在の価値観に基づき、厳しい目が向けられることもある。そもそも遠い過去に生じた問題だからといって、忘却の彼方に追いやってしまってはならない。現在、そして未来のために検証する必要がある。ピカソに対するフェミニストの批判的検討は、その実践といえよう。

 本書における金谷の指摘も、これと同一線上にある。しかし、金谷の問題提起は、ピカソの「私生活」への批判に止まらない。作品そのものへも厳しい目を向けているのだ。

 1907年のピカソの作品、『アヴィニョンの娘たち』を20世紀美術の出発点だと、金谷は認めている。スペイン・バルセロナのアヴィニョン通りの売春宿の女性5人を描いたこの作品は、ピカソの特徴であるキュビスムを活用、近代美術に大きな影響を与えた。

 反面、描かれた女性にとっては「好き勝手に破壊されている」と金谷は指弾する。『「描かれる女性」から「表現する女性」へ』という本書の副題からいえば、男性によって支配される女性の不条理や怒りを感じさせる作品、ということなのだろう。

ピカソ『アヴィニョンの娘たち』の構図を表現した線画(本書より。作画:久保田宏)
ピカソ『アヴィニョンの娘たち』の構図を表現した線画(本書より。作画:久保田宏)

フェミニズム・アートとNPO活動

 このように述べてくると、本書はフェミニズムの観点からピカソ批判を展開した書物と思われるかもしれない。しかし、金谷は、ピカソだけを批判しているのではない。15世紀に描かれたフラ・アンジェリコの『受胎告知』やボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』から、18世紀のゴヤによる『魔女の夜宴』、そして19世紀のマネの『オランピア』など、数世紀にわたる、男性画家による女性の描かれ方を問題にしているのだ。

 そのうえで、金谷は、「表現する女性」への変化とその背景へと思考を進めていく。この変化を思想的に支えたのが、フェミニズムといえる。その結果、形成されたのがフェミニズム・アートだ。さらに、フェミニズム・アートの形成、発展させてきた主体として、NPOを位置付けている。1975年にアメリカで設立された、フェミニスト芸術家を支援するバーバラ・デミング記念基金は、その好例だ。ここに、フェミニズム・アートに対する金谷の独創的な考えを見ることができる。

 ただし、金谷は、思想家や研究者としてだけ自らを置くことを是としてこなかった。「わたし」は、この主体の一翼を担っていくことを選択したのである。その意思を「そうだ、『NPO』になろうと決めた」と述べているように、優れて実践家なのだ。この点は、「人生の最後まで『フェミニズム・アクティビスト』として活動し続けたい」ということばで、自らの著書を結んでいることからも、強烈な決意が感じられる。

本書の著者・金谷が参加した北京での国際女性会議の状況を自ら描いた油絵作品。
本書の著者・金谷が参加した北京での国際女性会議の状況を自ら描いた油絵作品。

今後の課題――「新しい価値」の創造とは

 最後に、金谷に問いたいことがある。金谷は、フェミニズム運動が進んでいくためには、フェミニズムの「NPO化」が必要と述べている。「NPO化」で重要なことは、「新しい価値観の創造」だという。しかし、フェミニズム・アートとの関係でいえば、「新しい未来のアートにたどり着く見通しも立たない」と、自らの限界を吐露。そのうえで、次世代への期待を表明している。

 活動の承継という考え自体に異論を唱えようとは思わない。しかし、本書で金谷が日本における男女平等の不十分性を論じる際、世界フォーラムの『ジェンダー・ギャップ指数』が取り上げられていることが気になる。この指数は、男性が中心になって作り出した社会の価値観に基づき、設定されている。そうであれば、その指数を向上させることが、「新しい価値」を作り出すことにつながるのだろうか。

「新しい価値」とは何か、それをどうやって作り出していくのか。この問いへの解について、今後、その萌芽であっても語り、行動で示していくことを期待したい。

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