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「ピカソの私生活」 作品と女性遍歴が一体化して回転 朝日新聞書評から

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2019年11月30日
ピカソの私生活 創作の秘密 著者:オリヴィエ・W.ピカソ 出版社:西村書店 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784867060001
発売⽇: 2019/10/17
サイズ: 25cm/327p

ピカソの私生活 創作の秘密 [著]オリヴィエ・ヴィドマイエール・ピカソ

 本書は作品や写真が多数掲載されているせいか本文は横組み。その延長で書評も横組み。ピカソのキュビズムは縦横斜め回転。女性遍歴もその作品も20世紀の様式をひとりで駆け抜けた。91年の生涯を万華鏡的様式とその変化に寄り添った7人の女性とピカソの物語。
 ピカソにとって様式のマンネリは死をも意味する。その様式の変化の原動力は性愛のエロティシズム。ピカソの芸術に寄与、貢献した愛人と妻の愛と、創造の葛藤の歴史を、愛人マリー=テレーズの娘マヤの子、オリヴィエが綴る。ピカソの私生活と創作の秘密をドキュメンタリータッチでリアルに描く。身内の書いた伝記では他とは一線を画す不思議な愛憎のドラマとして興味津々。私事になるが本書の著者の母マヤとフランソワーズ・ジローの子クロードを知る者として、ピカソ一族には特別の興味を抱き続けている。
 話は変わるが、仏教用語に随縁という言葉がある。仏の縁によってものが変化する。特別の努力を必要とせずに成るように成る。新しい生き方を求めることによって新しい縁が生起する。
 ピカソの人生には常に随縁が関与するが、それが女性である。彼は自らの約束された運命を生き抜いた稀有な芸術家であるが、彼の様式の変化と、女性たちとの随縁による出会いは彼の芸術に不可欠である。彼の女性遍歴と作品の様式は奇蹟のように一体化し、二人の愛は二輪駆動車のように見事に回転する。が、それも束の間、新たな女性の出現によって、時には複数の女性を相手にする創造的必然に、追いつ、逃れつ、サスペンス映画の様相を呈することもある。
 ピカソ自身の本性は無垢な子供の魂そのものだが、子供同様、常に物事に飽き、流動する変化を愛し続ける。複雑な人生にもかかわらず、ピカソにとってはどこか遊戯的にさえ見える。台風の目の中心にいるピカソは周囲を振り回し、彼に関わった全ての女性や子供も、どこか悲劇的な運命に翻弄されていくが、彼の求める世界は常に芸術そのもので、それを支える女性は芸術必需品のように思えなくもない。
 彼は自身の子供や連れ子たちの名を作品番号のように誕生年で呼ぶ。1946、1947、1948、1949と。
 ピカソの死後、彼の作品や財産問題の整理を終えた最後の女性ジャクリーヌは、この壮大なひとりのまれに見る芸術家の物語の幕を引くように自らの命を絶つ。
 イスラム教徒がモスクの入り口で靴を脱ぐように、自分もアトリエの入り口で肉体を脱ぎ捨てるのは画家が一般的に長生きする理由だとピカソは最後に結ぶ。
    ◇
 Olivier Widmaier Picasso 1961年、仏生まれ。27~44年までパブロ・ピカソの愛人だったマリー=テレーズ・ワルテルの娘マヤの息子。映像プロデューサー。パブロと死の直前まで手紙を交換していた。