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人文書の担当20年、ベテランの“推し本”とは ジュンク堂書店“創業の地”・神戸 三宮店

記事:じんぶん堂企画室

「ジュンク堂書店 三宮店」人文科学書担当の谷口陽子さん
「ジュンク堂書店 三宮店」人文科学書担当の谷口陽子さん

震災を乗り越えて、約50年の歴史を紡ぐ老舗書店

 神戸最大のターミナル駅である、三宮駅の目の前にあり、フラワーロードから元町駅にほど近い鯉川筋までの東西約550mをつなぐ神戸三宮センター街。二階建てで天井高のあるアーケードが特徴の一つだ。ジュンク堂書店三宮店は、生田ロードの手前、海側にあるビルの2〜5階にある。1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災で甚大な被害を受けながらも、社員を総動員してわずか2週間で再開にこぎつけた。まさに三宮を代表する書店として、多くの人々に親しまれている。

 2階に上がると、レジ前には新刊や話題書を並べた棚があり、雑誌や文庫、新書、文芸書などがある。3階は実用書フロアの横に、神戸を代表する老舗文具店・ナガサワ文具センターの本店が入っている。人文書コーナーは最上階の5階にあり、エレベーターとエスカレーター前の新刊・話題書コーナーと、レジから向かって左奥にあるブロックに約35,000冊もの人文書が揃う。

三宮店5階の人文書コーナー。蔵書数の多さに圧倒される。
三宮店5階の人文書コーナー。蔵書数の多さに圧倒される。

「関西では、大阪の茶屋町にあるMARUZEN&ジュンク堂書店梅田店(MJ梅田)の人文書コーナーが、一番冊数が多くて、三宮店は堂島にある大阪本店と同じくらいだと思います」

 そう話すのは、三宮店で15年にわたって人文科学書を担当している谷口陽子さん。2001年にジュンク堂書店に新卒で入社し、最初の配属先は大阪本店だった。まずは理工書を担当した。当時はコンピューター系をはじめとする理工書が数多く出版され、よく売れていたため、毎日店頭に届く雑誌や書籍を棚に並べつつ、棚のことを勉強する毎日だったという。入社3年後に、人文書担当になった。

「どのジャンルの棚を担当するかについては、希望を聞かれることはありますが、必ずしもやりたいものをやれるわけではありません。でも、私はもともと人文書をやりたいと思っていたので、担当替えはよかったです」

本棚は手の届かない高さまであるため、踏み台は欠かせない。
本棚は手の届かない高さまであるため、踏み台は欠かせない。

人文書担当で一人前になるには、3年かかる

 大学時代に心理学を専攻し、人文系の書籍には興味があったため、谷口さんにとってこの担当替えは追い風だった。しかし、ひとくちに人文書といっても、そのジャンルは歴史、教育、心理、宗教、精神世界、哲学、思想と多岐にわたる。はじめは各店舗にいる、それぞれのジャンルに精通した書店員の先輩に教えてもらいつつ、地道に勉強していくことになる。

「歴史は高校時代までにやった勉強を思い出して流れを把握し、その上で、中世史や現代史などそれぞれの分野の著者などを覚えていくところから始めました。心理学は大学時代に専攻していたのでまだ馴染みがあったのですが、各種の心理療法の名前を覚えていきました。哲学では、現代思想は初めて接する分野だったので、研究者の名前などを覚えて知識を広げていった、という感じです」

 今でこそ、在庫状況や売り上げはすべてデータ化されているが、15年前はデータで何もかもがわかるというわけではなかった。客に聞かれて棚にすぐ案内できるようになるまで、3年くらいはかかったと谷口さんは振り返る。

人文書コーナーは最上階の奥まったところにあるため、本選びに没頭できる。
人文書コーナーは最上階の奥まったところにあるため、本選びに没頭できる。

「各ジャンルのことをある程度把握できるようになったら、人文系の専門出版社さんが書店員向けに開く勉強会に参加して、そこでより理解を深めていきました。私もその頃にはこちらから質問できるようになっていたので、わからないことがあれば出版社さんに聞いていました。レジュメを作って丁寧に教えてくれたりするので、こうしたことの繰り返しで知識を積み重ねていきました」

大きな“街の書店”として、わかりやすい本も専門書も

 三宮店の人文書コーナーは、店舗最上階の奥まったところにあるため、三宮店を訪れた人がふらりと立ち寄る場所とは言い難い。そのため、店の入り口がある2階の目立つ場所にある新刊・話題書コーナーの一角にも人文書を置き、そこでも関心を持ってもらえるよう工夫している。

2階で展開する新刊話題書コーナー。心理学などの手に取りやすい本に加え、谷口さんが推している「ポリアモリー」の本も並べている。
2階で展開する新刊話題書コーナー。心理学などの手に取りやすい本に加え、谷口さんが推している「ポリアモリー」の本も並べている。

「人文書の中でも手に取ってもらいやすそうなものや、こちらから発信したいものを選び、2階の担当者に相談しながらどの本を並べるかを決めています」

 三宮店は、多くの人が行き交う神戸三宮センター街の一角にあるということもあり、大きな“街の書店”としての役割を担っている。そのため、専門書を求める客のニーズに応えつつも、そうではない客にも関心を持ってもらえるような棚作りが求められる。

「池袋本店や丸善 丸の内本店から異動してきた先輩に、『売れる本が全然違う!』と驚かれることもあります。長年三宮店にいて、人文書コーナーなのである程度専門書を売っていきたいというのもありますが、一般的な書籍にも目を配り、2階と5階を使い分けて本を置くようにしています」

神戸や姫路など、地元に関連する書籍の手厚さは三宮店ならでは。
神戸や姫路など、地元に関連する書籍の手厚さは三宮店ならでは。

 棚を作る上で、三宮店らしさも意識しているという。テーマや舞台が神戸、著者が神戸にゆかりがあるかは真っ先にチェックし、地元の神戸新聞をはじめとしたメディアで取り上げられた本も拾い上げるようにしている。

「神戸新聞の書評欄で紹介された本だけではなく、記事の中で出てきた本について、お客様に『ありますか?』と聞かれることがあるので、地元紙にはちゃんと目を通すようにしています」

 2022年に亡くなった、精神科医の中井久夫は兵庫県で育ち、神戸大学や甲南大学の教授を歴任した、神戸にもゆかりのある人物。訃報があった時に特設コーナーを作ったが、今も多くの著書を棚に並べている。

今も棚の一角を占める、中井久夫コーナー
今も棚の一角を占める、中井久夫コーナー

新聞の情報や、客の声に耳を傾け、本を勧めていく

 谷口さんが独自に企画したフェアも開催している。印象深かったのは、2023年夏に仕掛けた、「ゲーム障害」フェアだ。心理学の専門雑誌でゲーム障害の特集を組むことを知り、そこからフェアで展開することを思いついたという。

「ちょうど新聞でも、ゲーム障害やゲーム依存に関する記事を目にしていたので、雑誌を核に、心理学や教育など、普段は同じ棚に並ばない本を集めました。ゲームは悪いものと決めつけるのではなく、ゲームやインターネットの世界ではどういうことが繰り広げられているかなどを解説した本などを揃えました」

 訳者の来店がきっかけで、特設コーナーを作ったこともある。『サバイバーとセラピストのためのトラウマ変容ワークブック』(岩崎学術出版社)の訳者・浅井咲子さんはもともと三宮店をよく利用しており、谷口さんは「意義のある本なので、もう少し目立たせることはできないか」と相談を受けた。

 ちょうどトラウマに関する本が増えてきていたこともあり、『サバイバーとセラピストのためのトラウマ変容ワークブック』の版元に声をかけて多めに送ってもらい、面陳で目立つように並べたところ、多くの客の目に留まることになった。

「専門的な知見のあるお客様も多く、接客を通じて教えられることがたくさんあります。あるお客様に、『この本があるなら、あの本も読むといいよ』と教えられ、その本はうちで宗教の棚に置いていたのですが、アドバイスに従って哲学の棚に並べてみたこともあります。私も情報収集を欠かさないようにしていますが、現場で働いている方や研究されている方のお声はとても参考になるので、接客の大切さを実感しています」

谷口さんが大学時代に専攻していた心理学の知識は、棚作りにも役立っている。最新の療法に関する本も多く扱う。
谷口さんが大学時代に専攻していた心理学の知識は、棚作りにも役立っている。最新の療法に関する本も多く扱う。

 長年、人文書の担当を続けていて、勢いよく売れるジャンルではないことは重々承知している。人文書コーナーに配属になった学生アルバイトに、「え〜、人文書ですか?」と言われてしまうこともあるが、それでも、大型書店として、定番書から新刊までをしっかり網羅できる強みは大切にしたいと考えている。

「ジュンク堂でも、人文書担当がいない店舗もありますが、担当を置いてしっかり棚作りができるのはうちの強み。関東、関西にそれぞれ人文書のアドバイザーを置いて、毎月人文書の“推し本”を決めて紹介したり、その人に質問しやすい体制を作って、みんなで人文書の知識を高め合ったりしています」

三宮店の“推し本”はこちら!

 谷口さんに、今、三宮店で推している本を聞いてみた。まず挙がったのが、『マルクス解体 プロメテウスの夢とその先』(講談社)だ。著者の斎藤幸平さんは、注目の若手哲学者、経済思想家だが、谷口さんは、高校時代の倫理の先生に、斎藤幸平さんのことを教えてもらったという。

「その先生は、今みたいにブレークするより前から注目していて、私もブレーク前に斎藤さんがいろんな人にインタビューしている新書を読み、興味を持ちました。『マルクス解体』はわかりやすい本ではないと思うのですが、結構売れていて、2階のコーナーにも並べています。ちなみに、倫理の先生とは今も交流があり、いろいろと教えてもらっています」

 次に挙げたのは、『もう一人、誰かを好きになったとき:ポリアモリーのリアル』(新潮社)。相手の合意を得たうえで、ふたり以上の恋人やパートナーを持つという関係性をポリアモリーといい、日本に暮らす当事者100人以上に取材・調査してその実態を伝える一冊だ。

「私の友人もこの調査に関わっていて、数年前に初めて“ポリアモリー”という言葉を知りました。たぶんポリアモリーについてしっかりとまとめた本が出るのは初めてで、人気のある荻上チキさんが著者ということもあり、多めに配本してもらって並べています。ジェンダーの棚に数冊置くのではなく、手に取りやすい話題書コーナーに面陳で置いたことで、注目していただけています」

 臨床心理士・公認心理師の東畑開人さんも、谷口さんが推している著書の1人だ。『野の医者は笑う: 心の治療とは何か?』(文春文庫)は、かつて、専門出版社から刊行されていた、東畑さんの一般書デビュー作が文庫で再登場したものだ。

「東畑開人さんは、昔は専門書の執筆が多かったのですが、最近は一般向けの本も多くなり、どれもとても面白いです。これは文庫本なので、2階の文庫本コーナーに置いているものですが、人文書コーナーでも、関連する文庫や新書があれば、同じ棚に並べて、販売機会を逃さないようにしています。この本は、若き臨床心理士である東畑さんがパワフルなヒーラーの治療を受け、話を聴いて回るというフィールドワークの様子を記したものですが、本当に笑える一冊です!」

 地元・神戸の郷土史関連書籍も、三宮店の人文書コーナーでは欠かせない要素の一つ。『新修 神戸市史』(神戸市)は常時置いているシリーズだ。

「市制百周年記念事業として企画されたもので、神戸についての本格的な通史として、『歴史編』『産業経済編』『生活文化編』『行政編』があります。神戸市が、『ジュンク堂書店三宮店で販売しています』と、市のHPなどで紹介していることもあり、研究家の方からの注文が時々入ります」

 また、若手研究者の書籍は、応援の意味も込めて積極的に紹介するようにしているという谷口さん。『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる ―答えを急がず立ち止まる力』(さくら舎)もそのうちの一冊だ。

「情報過多な現代社会で、いろいろと求められることが多く、自分をアピールし、ポジティブで前向きなのがいいとされることも多いですよね。それに、即断即決をよしとするこの時代に、わからなさを受け入れ、揺れながら考え続ける力について語っている本は、いま読むべき本だと感じています」

 谷口さんが担当している人文書もまた、すぐに答えがわかるような類のものではない。

「そこにわかりやすい答えが書いてあるわけではないけども、それを読むことでいったん立ち止まって考えられるのが人文書ではないかと思うんです。すぐに答えが得られなくても、即効性がなくても、自分の中に取り込んでいけば、いつか絶対取り出せる局面が来るはず。そんな人文書を、これからも丁寧に1冊ずつ売っていきたいと思っています」

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