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ビジネス戦闘力を上げたい人たちに話題の「国語」の本 ――『増補版 大人のための国語ゼミ』より

記事:筑摩書房

「国語力」をバキバキに鍛えてくれる本(『投資としての読書』著者本山裕輔さんのXより)として話題に
「国語力」をバキバキに鍛えてくれる本(『投資としての読書』著者本山裕輔さんのXより)として話題に

 もう国語の授業から離れてしまった人のために、つまり子どもたちのためではなく大人たちのために、国語の授業をしよう。
 といっても、小説の読み方を学ぼうというのではない。生活や仕事で必要な普段使いの日本語を学ぶ。だけど、そんなふうに言うと、「じゃあ、いいや」と思う人が出てくるだろう。いまさら日本語を学ぶ必要なんかないもの。

本当に相手にきちんと伝わっているか

 この本の第一の目標は、そんな人たちを振り返らせることにある。適当に相槌を打っている雑談ならよいが、きちんと伝えなくちゃいけない場面で、本当に相手にきちんと伝わっているだろうか。質問されて、なんだか要領を得ない答え方をしていないだろうか。議論をしていて、話があちこちに飛んでなかなか議論が進んでいかなかったこと、言われたことに納得できないのだけれどうまく反論できなくてもどかしい思いをしたことは、ないだろうか。文章を読んでも、素早く的確にその内容が捉えられないで何度か読み返さなければならなかったことはないだろうか。あるいはあなたの書く文章や発言が、そんなふうに相手に負担を強いるようなものになってはいないだろうか。

 これから私が開く国語ゼミに参加しようかどうしようかと迷っている人のために、本文中から何問か選んでお見せすることにしよう。このゼミでは、例えばこんな問題を考えていく。

 飯盒炊さんの経験どころか、電気炊飯器でご飯を炊いたことすらない高校生たちが、キャンプ場に行ってご飯を炊きたいから炊き方を教えてほしいと言ってきた。そこで次のようにアドバイスをしたが、これでは高校生たちは困ってしまうだろう。どのような点が高校生たちに伝わらないものになってしまっているだろうか。

 ふつうの飯盒は4合炊きだから、標準的には4人分が炊けます。まず米をとぎます。それに米と同量の水を加えてしばらくそのままおきます。それからかまどにかけて炊き始めます。だいじなのは火加減で、昔から言われている「はじめチョロチョロ中パッパ」がコツです。25分ほどして炊けてきたら、火からおろしてしばらく蒸らして、できあがりです。

 次の文章中で不適切な接続表現を一箇所指摘し、適切な言い方に訂正せよ。

 肖像画を見ると、モーツァルトは髪をカールさせている。だが、あの髪はかつらである。では、どうしてモーツァルトはかつらをかぶっていたのか。禿げていたからではない。フランス革命以前のヨーロッパでは、かつらが貴族の社交における正装だったのである。そして、フランス革命によって貴族の力が失われてからは、かつらもすたれていった。例えば、バッハやモーツァルトはかつらをつけているが、フランス革命以後のシューベルトやショパンはかつらをつけていない。

 次の主張に対して反論を考えよ。

 背が高い子もいれば低い子もいる。それはそれぞれの個性であり、優劣をつけるべきものではない。同様に、走るのが速い子もいれば遅い子もいる。それもそれぞれの個性である。だから、運動会の徒競走では順位をつけるべきではない。

 どうだろう。そう易しくはないと思われる問題をぶつけてみた。解説と解答は本文を読んでいただきたい。繰り返すが、本書の目的のひとつは、「国語、学び直さなくちゃ、だめかも」と思ってもらうことにある。私が出す問題にうまく答えられなくてモヤッとしたりイラッとしたりガクッとしたりする、そんな体験を味わってもらいたい。え? サクサクできて気分がよい? ふむ。それならそれで、たいへんけっこうなことである。

国語力を鍛える手助けをする本

 しかし、うまく答えられなかった人、本書はその人たちをそのまま放り出すようなことはしない。国語力を鍛える手助けをすること、これが本書の第二の目標である。
 国語力はいくら解説を読んでも鍛えられない。泳ぎ方の解説を読むだけでは泳げるようにならないのと同じである。実際に問題に向かってみなければどうしようもない。とはいえ、ふつうの問題集のように、世に出まわっている実際の評論文や解説文を使うことはしていない。そうした文章のけっこうな割合が、あまりよい文章とは言えなかったり、エッセイ的で要領を得なかったり、あるいは複雑な構造をもっていたりする。いきなりこうした文章に立ち向かうのは、泳ぎが苦手な人が海に放り込まれるようなものである。やはり、まずはプールで、つまり学ぶべきことのポイントが明確で、よけいな要素があまり入っていない文章、実用性の高い文章で、練習しなければいけない。

 そのために、問題文は私が作成した。内容的には多くの文章を参考にさせていただいたが、その場合でも文章は問題文として適切になるよう書き直してある。実は、このことはとてもだいじなことだと私は思っている。かつて国語の教科書は鑑賞の対象になるような文章を集めた名文選だった。そしてその性格はいまでも残っている。しかし、この本で私が求めているのは名文ではないし、名文を鑑賞する力でもない。文筆を生業としている人たちの文章は、いわばステージ衣装を着て私たちの前に現れる。他方、本書が扱うのは普段着の文章である。きちんと伝えられる文章を書き、話す力、そしてそれを的確に理解する力、私たちはそんな国語力を鍛えなければならない。

 そこで、ゆっくり読み進んでほしい。読むというより、問題を考えながら進んでほしい。問題と解答が同じ見開きページには入らないようにしてある。問題を読んで、ページをめくらずにしばし考えてほしい。だから、二時間程度では読み終わらないだろう。そうだなあ、せめて一週間、できれば一箇月はかけてもらいたい。そんなに? と言われるだろうか。三日以上は続ける自信がないという人、いや、この本にはもうひとつ、第三の目標がある。楽しんでもらいたい。役に立つことをめざした本ではあるが、楽しくなければ続かないし、力にはならない。普段着の実用的な文章で国語力を鍛えようとすると、あまり面白くないものになりがちである。しかし、そこをなんとか、面白い内容を盛り込むように努力した。

 さらに、強力な助っ人にも参加してもらった。本書をパラパラとめくってみていただきたい。そこここにマンガがある。4人の高校生たちが、要点を確認したり、疑問を発したり、あるいはボケやツッコミをしたりしている。彼らは仲島ひとみさんの『それゆけ! 論理さん』(筑摩書房)という本の登場人物である。その本では、マンガの中で4人の高校生がワイワイやりながら、論理学の授業が進んでいく。そこで、我がゼミにも来てもらった。おかげで私自身がこのゼミを楽しみながら進めていくことができた。
 さあ、国語ゼミ、やりませんか?

野矢茂樹『増補版 大人のための国語ゼミ』(筑摩書房刊)
野矢茂樹『増補版 大人のための国語ゼミ』(筑摩書房刊)

『増補版 大人のための国語ゼミ』目次

1 相手のことを考える
2 事実なのか考えなのか
3 言いたいことを整理する
4 きちんとつなげる
5 文章の幹を捉える
6 そう主張する根拠は何か
7 的確な質問をする
8 反論する
付録

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