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グローバル・ウェストと軍楽隊インヴェンション

記事:春秋社

(左から、ベートーヴェン、コロンブス、ナポレオン)
(左から、ベートーヴェン、コロンブス、ナポレオン)

ミセス・グリーン・アップル「コロンブス」MVの「西欧」の妙

 最近のニュースサイトで、「「完全にアウト」「類人猿は先住民?」と疑問殺到で大炎上したMrs. GREEN APPLEの新MV「コロンブス」。謝罪は迅速かつ的確なのに、なぜ公開に至った?」という記事が目をひいた。東洋経済オンラインからの記事(*)によれば、「3人組ロックバンド「Mrs. GREEN APPLE(ミセス・グリーン・アップル)」の新曲、「コロンブス」のミュージックビデオ(MV)が大炎上している。「「コロンブスが類人猿に物事を教え、馬車を引かせる」といった描写が問題視されたことで、MVは非公開に。メンバーが謝罪し、同曲を起用したコカ・コーラの広告展開も中止となった」と記事は伝え、各関係者の迅速な対応を評価する一方、「あらゆる歴史的文化への配慮は、いまやクリエイティブ表現に携わるうえで、なくてはならない要素だ」と考察している。事実(Fact)には、それぞれの視点(Ficta)によるさまざまな叙述(Dicta)が残されて当然であるが、メンバーが扮した「コロンブス/ナポレオン/ベートーヴェン」の人選は実に「西欧の本質」の妙を突いていた。何を読み取るか、の妙である。「コロンブス」に象徴される「植民地主義」、軍事の天才「ナポレオン」に象徴される「帝国主義」、そして、クラシック音楽の「ベートーヴェン」に象徴される「文化の権威主義」であろうか。
 クラシック音楽を教えるベートーヴェンという表象は、「音楽カノン(規範)」による権威化と結びつく。「クラシック(古典)音楽」はいつから権威と見做されてきたのであろうか。ティア・デノーラは『つくられた天才 ベートーヴェンの才能をめぐる社会学』(丸山瑶子訳、春秋社、2024)で、1980年代の芸術文化研究を引き合いに出し、「音楽における「古典」への傾倒が、そして一般的には「高級芸術(ハイ・カルチャー)」というカテゴリーの出現が、ヨーロッパとアメリカ合衆国の双方に起こった」(p. 6)とし、この問題を扱った大抵の著作のでた十九世紀半ばおよび後半に焦点を当てている。しかし、「十八世紀後半のウィーンで起こった音楽イデオロギーの発展は、この発展に続く形で生じて最終的には国際的なものになっていった変化の先駆けと捉えるのが最も適切である」(p. 6)。つまり、ウィーンのベートーヴェンこそクラシック音楽への転換期のはじまりであったとしている。
 この「クラシック音楽」は、西欧の「近代」化のひとつの指針となる。19世紀半ばには「音楽カノン」は「高級芸術(ハイ・カルチャー)」として、西欧の植民地や、西欧帝国主義が伸長を目指すアジア・アフリカ諸国に拡大する。逆にいえば、国民国家という政治制度、軍事制度、科学産業とともに音楽カノンを「まねぶ」ことは近代化の証でもあった。

「君が代」と軍楽隊のお雇い外国人

 日本は明治維新以前から、幕府や各藩ともフランス、イギリスの軍事顧問団を受け入れていた。最新兵器以外にも、用兵、軍律、組織を教え、軍事の近代化に着手した。行軍・練兵と外交儀礼の要に軍楽隊があった。西欧ではオスマントルコのメヘテルハーネの影響を受け、16世紀には軍楽隊が組織された。実際の戦闘以上に、練兵、祝祭儀礼などで軍楽隊は活躍する。三十年戦争、諸継承戦争、アメリカ独立戦争、フランス革命、そしてナポレオン戦争で、軍歌や行進曲で兵士や銃後を鼓舞し、外交儀礼で国歌を演奏したのも軍楽隊であった。
 中村理平は『洋楽導入者の軌跡 日本近代洋楽史序説』(刀水書房、2005)で、お雇い外国人音楽家の役割と意義を「近代洋楽の歴史の第一歩は、それがいつ、どこで、だれによって、どのように実現したかという問題に帰結する」(p. 4)という視点から精緻に描き出している。英国陸軍第10連隊の軍楽隊長フェントンは、薩摩藩に招かれ日本初の軍楽隊「薩摩バンド」を創設し、維新後は海軍楽隊を指導し、雅楽を所管する式部寮も指導する。明治維新直後のエジンバラ公の来日に際し日本の初代国歌を作曲したことで知られている。現行「君が代」はドイツ帝国海軍軍楽隊長エッケルトが関与した。軍楽隊だけでなく、音楽取調掛で音楽教育の指導や、皇太后葬送曲「哀の極」を残す。李朝朝鮮にわたり軍楽隊設立と共に、「蛍の光」の旋律で最初の国歌を作り、ソウルで没した。アメリカのボストン音楽アカデミー卒業のメーソンは、初等音楽教育の専門家であった。音楽取調掛を始め教育機関で、讃美歌集や歌曲を紹介し、唱歌教育に大きな足跡を残した。パリ音楽院卒のルルーは陸軍軍楽隊長として来日し、軍楽のほか鹿鳴館の音楽にも関わった。彼の記した「ルルー・レポート」は、日本の西洋音楽受容の貴重な叙述である。
 西欧に発見された日本は、まずは軍楽隊を通じて音楽を「まねび」、近代化を進めていく。西欧に認められるように。

(*)https://toyokeizai.net/articles/-/762751 ミセス「コロンブス」炎上を"初歩的"と笑えぬ理由 (東洋経済オンライン)

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