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国歌から生まれる理解、国歌から気づく未来

記事:春秋社

上尾信也著『国歌 勝者の音楽史』(春秋社)
上尾信也著『国歌 勝者の音楽史』(春秋社)

国歌から知る国家の価値

 大学で国歌についての講義をやっていると受講生のさまざまな国歌体験の話を聞く。「ドイツのある州では(禁止されているはずの)1番の歌詞を公けに歌っている」。「アメリカの小学校では国旗と国歌の授業がある」。「知り合いのコロンビアの留学生から、なんで知っているの? 国歌より州歌の方が歌われてるよ」と喜ばれたり、「韓国の若者たちはほとんど国歌を歌わないと聞いた」といった具合である。国歌を通じて他国の人たちと話し、「自由」にその国について議論ができることは何よりもすばらしいと感じるし、あいさつや「ありがとう」の言葉と同じように他の国の国歌をほんの少しだけでも理解すれば、その国の人びとに近づけるとも話してくれた。

 それにつけても、国家概念の言葉は難解である。「Nation State(国民国家)」、「Democracy(民主主義)」、「Republic(共和政)」などなど。たとえば国歌の歌詞に頻繁に謳われる「自由」にしても、「Liberty」と「Freedom」はどう違うのか、丁寧に考えるべきである。辞書的には「Freeは意志を妨害なしに行使できる状況で生来的」で「Libertyは束縛からの解放、行動で獲得的」などと書いてある。しかし、国歌の歌詞の文脈からみると、「Liberty自由」は「この支配からの解放」で用いられ、旋律やリズムの高揚が理解を補完している。

 ちなみにNationは「nato(生まれ)」に由来するから「土地の者ども」。「Democracy」は、「Aristocracy」が「aristos(最高の)」に由来するように、貴族の政治に対しての、「demos(者ども、民)の政治」の意である。古代ギリシアのポリスで「多数者が統治する正常のポリテイア(republica)が逸脱すると悪しき民主政治(demokratia)に転じる」と近代史の大家近藤和彦氏は述べている(中澤達哉編『王のいる共和政 ジャコバン再考』岩波書店、2022、p. 2)。Republicが「共和政」となったのは18世紀末から20世紀にかけての西欧のリパブリックへの志向と共和国への胎動によってで、その始まりは「Republica」を「Commonwealthと訳し、これは国政・国家権力構造を指す語であるが、具体的には i.あらゆる国制・統治形態について一般に用いる場合(国、国家)、 ii.君主制と対照して共和政治に特定する場合、iii.道徳的に正しい国制を語る場合」(p. 3)と続けている。

 この「Commonwealth」は極め付きに難解な用語である。Common(communis)はインド・ヨーロッパ祖語の複合語「ko-moin-i(共に保持される)」に由来し、それに「幸福」を意味する「wele」と接尾辞「-the」で「welth[welthe]」が付き、「幸福共有、価値共有、共通善」と解された。そして、清教徒革命でクロムウェルの敷いた「道徳的に正しい国制」コモンウェルスとなった。大英帝国の植民地が独立後に多く参加するイギリス連邦(Commonwealth of Nations)も、同じ価値観をもつ独立国の連合とされ、56の加盟国から構成されている。

国歌は政治を予見する?

 1991年のソ連邦解体直後、ロシア連邦を中心に独立国家共同体が発足した。これもCommonwealth of Independent States(CIS)という。旧ソ連構成国15か国のうちバルト三国を除く12か国で始まり、ジョージア(2009年)、ウクライナ(2018年)が脱退し、ロシア、ベラルーシ、モルドバ、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アゼルバイジャン、アルメニアとトルクメニスタン(準加盟国)の10か国である。2000年にウラジーミル・プーチンがロシア大統領に就任後、各国内ではバラ革命(ジョージア)、オレンジ革命(ウクライナ)、チューリップ革命(キルギス)で民主化が進む一方、CIS間での紛争そしてウクライナ侵攻と、「Commonwealth」とは程遠い状況のように思える。

 プーチンは、就任後2001年にロシア連邦国歌を変更した。旧ソ連時代は、大祖国戦争(第二次世界大戦)中の1944年に制定されたスターリンや共産主義礼賛の歌詞を持つ国歌であった。ソ連崩壊後、ロシア連邦ではグリンカの「愛国歌」が国歌とされていたが、プーチンはソ連時代の国歌の旋律に新たな歌詞をつけ(作詞者はソ連国歌と同じで)制定したのである。国歌にはその国の理念と理想が歌い込まれ、音楽によって国民に刷り込まれていく。国歌が変更されることは国制や理念の変化とかかわる重大な転機である。2001年の国歌変更は、プーチンの意思を伝え、ロシアの未来を予言していたかのようだ。

 そういえば、今年4月に北朝鮮は国歌の名称を「愛国歌」から「朝鮮民主主義人民共和国国歌」に変更し、歌詞の「三千里の美しいわが祖国」を「この世界美しいわが祖国」へと変更したという報道があった(*)。大韓民国と同じ題名の「愛国歌」を嫌い、韓国国歌にもある、朝鮮半島全体指す「三千里」を外したのである。金正恩氏は1月に開かれた最高人民会議で、「大韓民国とは統一の道を共に歩むことはできない」として、憲法から「自主、平和統一、民族大団結」といった表現を削除するよう指示していたと報道されている。2024年の国歌変更は何を予見するのであろうか。

(*)「北朝鮮 国歌の歌詞一部変更 朝鮮半島全体指す「三千里」削除」

(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240215/k10014360051000.html)

「北朝鮮 国歌名を変更か=韓国と同じだから」

(https://jp.yna.co.kr/view/AJP20240418003300882)

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