世界に広がる悲惨な戦闘の根源と現在とは? 『イスラエルvs.ユダヤ人【増補新版〈ガザ以後〉】』
記事:明石書店
記事:明石書店
過去一年ほどのガザをめぐる紛争で明らかになったのは、イスラエルの行動に対する国際社会の間での認識のギャップである。同国によるガザ攻撃に対して、これを自衛権の行使として擁護する欧米諸国とジェノサイドと見る発展途上諸国の視点の間には、埋めがたい亀裂がある。
後者の立場を代表するのが南アフリカである。二〇二三年末、南アフリカが、ジェノサイド防止条約に違反しているとしてイスラエルを国際司法裁判所へ提訴した。またイスラエルに武器を輸出するドイツをニカラグアが、ジェノサイドに加担しているとして、やはり国際司法裁判所に提訴した。
欧米の影響を強く受けている日本の既存のメディア空間に身を置いていると、気が付きにくいが、イスラエル擁護という立場は、全世界で見ると、少数派に過ぎない。たとえば世界の一四六か国がパレスチナ国家を承認している。承認していない方が、少数派である。
また政府がイスラエル擁護の政策をとっている諸国でも、国民レベルではパレスチナ人に対する支持が広がっている。欧米諸国で繰り返し行われる大規模なデモは、その証左である。たとえば二〇二四年の九月にパレスチナと連帯するイギリスの首都ロンドンでのデモには、一〇〇万人が参加した。ロンドン市民の八人に一人が参加した計算になる。市民レベルでのパレスチナ支持の熱意がうかがえる。
発展途上諸国からの圧力が、そして、前述のような国内の市民の運動が、先進工業諸国の政府の行動を変えつつある。たとえばドイツは二〇二四年の三月にイスラエルに対する兵器輸出を停止した。これは既に言及したニカラグアのドイツに対する国際司法裁判所への提訴を受けての措置だろう。そして、やはり同年の九月にイギリスも、イスラエルに対する兵器の輸出を一部ながら停止した。
またアメリカにおいても、そうした圧力が強まっている。民主党の大統領候補であるカマラ・ハリスの集会には、イスラエルに対する兵器と弾薬の供与の停止を呼びかけるグループがつきまとい、声を上げている。
その多くはイスラム教徒、黒人、若者層、そしてイスラエルの攻撃に批判的なユダヤ系の市民などである。二〇二〇年の大統領選挙ではバイデン現大統領に投票した人々である。こうした層の離反が、民主党の選挙戦略を脅かしている。
国際レベルでの状況認識の乖離に言及したが、市民レベルでも世代間で認識ギャップがある。その理由は、おそらく新しいメディアの登場だろう。SNSなどで情報に触れる若い層は、ガザの現場から送られてくる生々しい殺戮の映像を直に「消費」している。
新聞やテレビなどの既存のメディアによる「消毒済み」の情報の消費者である古い世代とは、当然ながら若い世代は違う状況認識に至っている。
SNSは、これまでの情報弱者である殺される側に情報発信の手段を与えた。新しいテクノロジーが新しく覚醒された市民を生み出した。ベトナム戦争が初めてテレビ中継された戦争として記憶されるように、ガザでの殺戮は、初めてスマホで実況されたジェノサイドとして記憶されるだろう。
だが同時に新たなテクノロジーは、殺戮の効率化を引き起こした。著者が説明するように、イスラエル軍はドローンなどで得た画像をAIを使って解析して爆撃目標を選定している。ハイテクは、戦争という行為の残虐性を研ぎ澄ました。ガザでの殺戮は、新しい戦争の形の原型となるのだろうか。
ガザの悲劇は、拡大の予感をはらみながら、人類の未来に長く暗い影を落としている。