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イスラエルはどうしてあんなにひどいことができるの? 早尾貴紀——前編

記事:平凡社

パレスチナ・イスラエル問題に関するオンラインセミナー「パレスチナ連続講座」に登壇する東京経済大学教授の早尾貴紀さん
パレスチナ・イスラエル問題に関するオンラインセミナー「パレスチナ連続講座」に登壇する東京経済大学教授の早尾貴紀さん

ヨーロッパ植民地主義を反復するイスラエル

 イスラエルは1948年の建国の際に、およそ500のパレスチナの村や町を破壊し、住んでいた人々は難民となって周辺の地域に逃れました。とりわけガザ地区は住民の70%以上が難民という状況が生じました。

 1967年から軍事占領されたガザ地区では、抵抗運動とそれに対する弾圧、空爆や侵攻も繰り返されてきました。2000年代からは陸海空の封鎖が強化され、ガザ地区は外部との出入りがほぼできない「巨大監獄」のような状態に置かれています。2023年10月7日の武装蜂起は、このような軍事占領に対する最終的な一斉蜂起、最後の抵抗でした。

 それを受けてイスラエルは大規模な空爆、侵攻、虐殺を始めました。抵抗運動を組織してきたハマースの掃討だとしていますが、実際には町を消滅させる規模の破壊が行われています。発送電、上下水道などインフラ設備をふくめて、住宅、学校、病院、モスクや教会まで、ことごとくを破壊しています。中央公文書館、すべての大学も破壊しました。つまり、社会全体を破壊しているのです。これは、民族を集団として否定する民族浄化(エスニック・クレンジング)と言うことができます。

 ではなぜ、欧米諸国はイスラエルを擁護しているのか。

 核心をついた考察を提示しているのが、イラン出身で在米の研究者、ハミッド・ダバシです。2023年12月29日に「イスラエルの対ガザ戦争にはヨーロッパ植民地主義の歴史全体が含まれている」という論考を発表しています。その中でイスラエルがパレスチナに対して行っている占領および占領地に対する攻撃、最終的にはその抹消まで視野に入れた今回のガザ攻撃は、ヨーロッパの植民地主義の延長であり、濃縮したものだとして、その特徴を3つ挙げています。

ハミッド・ダバシの論考「イスラエルの対ガザ戦争にはヨーロッパ植民地主義の歴史全体が含まれている」は「ミドルイースト・アイ」で公開された。 
出典:MIDDLE EAST EYE  2023年12月29日 
Israel's war on Gaza encapsulates the entire history of European colonialism | Middle East Eye
ハミッド・ダバシの論考「イスラエルの対ガザ戦争にはヨーロッパ植民地主義の歴史全体が含まれている」は「ミドルイースト・アイ」で公開された。  出典:MIDDLE EAST EYE  2023年12月29日  Israel's war on Gaza encapsulates the entire history of European colonialism | Middle East Eye

 1つは、「セトラー・コロニアリズム(入植者植民地主義)」です。ヨーロッパの中で宗教的なマイノリティやアウトロー的な存在の人たちが入植地に集団で入植し、自分たちのコミュニティをつくり、最終的には国をつくることです。アメリカ合衆国が典型ですが、イスラエルもその1つです。ヨーロッパの中で迫害を受けたユダヤ人たちが、セトラー・コロニアリズムを実践してパレスチナの地でイスラエルという国をつくりました。

 2つめは「マニフェスト・デスティニー(明白なる天命)」です。アメリカ合衆国の西部開拓運動において、先住民を追い出して土地を自分のものにすることが、神に与えられた使命だとして正当化されました。イスラエル建国においても、「約束の地(神に約束された土地)」という言葉を政治的に利用し、先住アラブ人を追い出して国をつくることが正当化されました。

 3つめは「すべての野蛮人を根絶やしにせよ」です。これは、1899年にイギリスで発表されたジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』という、アフリカの奥地に渡った武器商人の小説に出てくる言葉です。「野蛮人」とは先住民のことです。18~19世紀のアフリカや南北アメリカでは、先住民の大虐殺がホロコーストにさきがけて起きていました。ダバシはこのイデオロギーも、イスラエルが対ガザ戦争で持っていると言っています。

 これらの3つは欧米至上主義の特徴です。イスラエルはそれを共有し、反復しているのです。現に昨年10月からイスラエルのネタニヤフ首相、ヘルツォーグ大統領は、「ガザ攻撃は西洋文明を守る戦争なのだから、欧米はわれわれを支持し、支援せよ」という主旨の発言を繰り返しています。

ドイツの良心的知識人がイスラエルを支持する理由

 ドイツがイスラエルのガザ攻撃を支持していることに関して、「ホロコーストの加害に向き合ってきたドイツがなぜジェノサイドを容認するのか」という疑問や、逆に「ホロコーストの罪悪感からイスラエルを支持せざるを得ないのだ」という解釈を耳にします。ダバシはそのいずれでもないことを2024年1月18日に発表した論考「ガザのおかげでヨーロッパ哲学の倫理的破綻が露呈した」で述べています。

ハミッド・ダバシの論考「ガザのおかげでヨーロッパ哲学の倫理的破綻が露呈した」も「ミドルイースト・アイ」で公開された。 
出典:MIDDLE EAST EYE  2024年1月18日 
Thanks to Gaza, European philosophy has been exposed as ethically bankrupt | Middle East Eye
ハミッド・ダバシの論考「ガザのおかげでヨーロッパ哲学の倫理的破綻が露呈した」も「ミドルイースト・アイ」で公開された。  出典:MIDDLE EAST EYE  2024年1月18日  Thanks to Gaza, European philosophy has been exposed as ethically bankrupt | Middle East Eye

 23年11月、ドイツを代表する哲学者のユルゲン・ハーバーマスは「イスラエルのガザ攻撃は正当な反撃であり、ヨーロッパはイスラエルと連帯すべき」という声明を連名で発表しました。ハーバーマスは、ヨーロッパの民主主義、合理主義、ヨーロッパ的理性を擁護する政治哲学者として非常に有名な人です。

 このことについてダバシは、第二次大戦中に大哲学者であるマルティン・ハイデガーがナチズムに加担したことと同様に、大哲学者にしてつまずいたのではなく、ヨーロッパ近代合理主義の哲学者が持つ限界であり、ヨーロッパ中心主義、レイシズム、イスラーム嫌悪をハーバーマスが持っているからだと指摘しています。

 ヨーロッパは、アジア、アフリカに対してヨーロッパ中心主義とレイシズムを持ち、それを植民地主義、帝国主義というかたちで実践してきたことを反省していません。ハーバーマスは、民主主義を成立させる理性を議論しますが、その理性はヨーロッパ人しか持っていない、アラブ人にはそんなものはないという思想を持っています。だから、ドイツの良心的知識人は一貫してイスラエルを支持しているのです。

 日本はパレスチナに対する責任はない、ということもよく聞きますが、歴史を振り返るとそうではないことがわかります。大日本帝国はアジアでヨーロッパ諸国と利害を競合する関係でしたが、日本は対ロシア戦に集中するために、1902年に「日英同盟」を結びました。これによって日本は朝鮮に対する単独の植民地支配を実現しました。そして、第一次大戦後にオスマン帝国が解体されてイギリスがパレスチナを委任統治という名目で手に入れたとき、日本はドイツ帝国の植民地だった南洋群島の委任統治を国際連盟に認めさせました。つまり、イギリスのパレスチナ委任統治と、日本の南洋群島委任統治は相互承認だったわけです。

 第二次大戦敗戦後も日本は一貫してヨーロッパ植民地主義的の枠組みの中にあり、現在日本政府はイスラエルを擁護しています。ガザで起きていることは、私たちと無縁ではありません。

《後編に続く》

(構成:市川はるみ)

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