インドネシア発の怪奇幻想文学『美は傷』が描く百年の歴史(下)
記事:春秋社

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1975年生まれのエカ・クルニアワンは、学生時代に1998年のスハルト退陣とその前後の暴動を体験し、その後の民主化運動の波の中で二十代を過ごした。そんな世代のひとりとしての一番の疑問は、「いったいなぜわれわれはスハルトのような人物を生み出してしまったのだろう」ということだった。Cantik Itu Lukaの中にスハルトの名前は出していないけれど、書いている間ずっとその疑問に突き動かされていたという。そしてエカ氏は、こう語る。「僕が言いたかったのは、この国は暴力に満ちているということです。誕生して以来、この国は確かにひとつの暴力から別の暴力へと引きずられてきた」
そうして出来上がった渾然とした、密林のような坩堝のような物語世界を、出し物や見世物であふれる「カーニバルやお祭りみたいなものとして想像すればいいと思う」と、エカ氏は言う。ジャワ島南部沿岸の架空の町ハリムンダでのオランダ植民地時代末期から始まる物語の中に、史実だけでなく、伝説や夢幻や妄想も含めたあらゆるインドネシアが詰め込まれている。そういう渾沌の物語世界こそが、まさにインドネシアを体現していると言ってもいいかもしれない。
あちこちで指摘され、著者自身も折に触れて語っていることだが、この小説では、コロンビアの作家ガブリエル・ガルシア・マルケス風のマジックリアリズムの手法が意識的に使われている。ガルシア・マルケスの代表作『百年の孤独』のように、この小説で展開するのは、オランダ植民地時代末期から百年近くにわたる、娼婦デウィ・アユの一家三世代とハリムンダという架空の町の物語だ。植民地支配、戦争、日本軍による占領、独立闘争、インドネシアという国家となってからのその後と1965年の政変。オランダ人農園主と現地人の妾との間に生まれたデウィ・アユは、日本軍の捕虜になり、日本兵たちのための慰安婦となることを強いられ、戦後は町一番の娼婦として名を馳せて、そんな激動の時代を生き抜いていく。デウィ・アユの娘たちと孫たちも奇怪な運命の波に呑み込まれていく。
だが、この小説では、苦悩や闘争といった重い出来事を重く暗く生々しく語るというより、一歩引いた視点からむしろ淡々と語っていて、そこにかえって物語としての凄みがある。物語の力、物語る力を感じさせてくれる。
エカ・クルニアワンの語り口は、重苦しい出来事を語っていても、ときにどこかコミカルになる。日本軍がジャワに侵攻し、他の逃げ遅れたオランダ人たちとともにデウィ・アユは捕虜収容所に入れられるが、やがて他の若い娘の捕虜とともに立派な屋敷に連れて行かれ、突然の好待遇を受ける。傷病兵の世話をするために連れて来られたのだと無理やり信じ込もうとする娘たちの中で、デウィ・アユだけは冷厳と現実を見つめる。嘆き悲しむ人には神に祈るように勧めても、自分では一度も祈ったことのなかったデウィ・アユが、このときだけはこういう言葉でひとり祈るのである。「ばっかみたい。戦争なんてこんなもんよ」。コミカルであるがゆえに、かえって鋭く胸に迫るリアルな言葉だ。
1965年の政変に続く共産党員虐殺事件の描写にしてもそうだ。ジャカルタで起きた流血事件がきっかけとなって各地で共産党員虐殺が始まり、やがて騒動がハリムンダにも波及して、町の共産党員たちと反共集団、そこに正規軍も加わって激しい殺し合いに発展する。その間も、ハリムンダの共産党首席として数々の反乱を指揮してきたクリウォンは、党本部前のポーチに座ったまま、届くはずのない新聞をただ待ち続ける。千人を超す共産党員が殺されてハリムンダの共産党が壊滅したときになって、ようやく何日も党本部前のポーチで新聞を待ち続けているクリウォンが発見され、逮捕される。逮捕しに来た小団長に、クリウォンは「なんの罪で?」と尋ねる。すると小団長は、「来るはずのない新聞を待っていた罪だ」と答え、さらに「そいつはこの町ではもっとも重い犯罪である」と付け加える。
この小説を読んだ年輩の某作家から、自分たちの世代にとっては神聖と言っていいほど深刻な1965年の事件を、これほど冷淡に諧謔的に語るなどもってのほかだと苦言を呈されたと、エカ氏は前述の「プロジェクト〝YOMU〟」で述懐している。さらにエカ氏は、こう続ける。「僕からすれば、この国の国民は傷だらけです。でも、僕もその傷ついた国民の一部です。そしてその傷をガリガリ引っ掻いて、むしろあの時代の自分たちの愚かさを笑い飛ばしてみたいと思っている。例の先輩作家から見れば、僕のやり方には共感のかけらもないと思ったんでしょう。僕はそうは思わない。われわれには、自分たちのことをさまざまな方法で見る権利があるはずです」
エカ・クルニアワンも含めて、1965年の政変後のスハルト政権時代に生まれ、十代後半から二十代前半で1998年のスハルト退陣のきっかけとなった政変を経験した世代、もしくはそれ以降の世代のインドネシアの作家たちの作品を読んでいると、オランダ植民地時代、日本軍政期、そしてとりわけその後インドネシア共和国という国家となってからのまだ短い歴史の中で、インドネシアの人々の心に大きな傷を残してきた出来事が、今、新たな視点から語られ始めているのを感じる。体験談や目撃談のような生々しい視点ではなく、一歩引いた視点から、一旦消化され再構成された物語として、インドネシアが語られ始めている。