「停戦」後のガザとイスラエルはどうなるのか――早尾貴紀さんに聞きました②
記事:平凡社

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アメリカ合衆国大統領に就任したトランプが、ガザは瓦礫と不発弾の山で人が住めるような場所ではなく、アメリカがガザを所有して素晴らしい場所として再開発する、ガザの住民はガザ以外の「いい場所」に住む、などの発言をしましたが、これはトランプのオリジナルなアイデアではありません。イスラエルは2012年と14年に、ガザ地区住民をエジプトのシナイ半島に移した後にアラブ諸国に再定住させるという案を、米国に仲介を頼んでエジプトに要請しています。2023年10月7日にガザ〈蜂起〉が起きたわずか1週間後には、「避難させる」という名目で同様の案がイスラエル政府と軍部で共有されていたことが発覚しています。10月7日以降の壊滅的なガザ攻撃の中には、ガザの全住民を外に出すことが織り込み済みだったということです。
停戦合意後ガザに帰還した何十万ものガザの人たちは、口々に「ここでまた再建するんだ」と言っています。普通に考えれば、和平合意が結ばれてガザの再建、復興と言ったときに、ガザの人たちが中心になるはずですが、ガザはイスラエルに軍事封鎖されているため、ガザに搬入できる物資はイスラエルが許可したもの、許可した量だけです。国連もそれ以外のものは運び込むことはできません。ガザの人たちが自分たちの手で再建を望んでいても、その可否は完全にイスラエルが握っているのです。
おそらく、テントと食料などその場しのぎのような物資だけを入れて、「人道的措置を講じている」「餓死者も出ていない」というすり替えがなされていく間に、どういう方向でガザを「再建」するのかが、イスラエル、アメリカを軸にして決められていくのだろうと思います。
その間に、ガザ地区で不満や抵抗の暴発のようなことが起これば、停戦違反として再度軍事攻撃、ジェノサイドを再開することも可能である、イスラエルはそういうカードも握っています。
ハマースはイスラエルがガザ地区の封鎖を解き、占領を終わらせ、西岸地区とガザ地区でパレスチナが独立国家になること(後述の「二国家解決」と同様の内容)を要求しています。イスラエルはそのハマース掃討を掲げて23年10月以降ガザの攻撃をつづけ、「停戦合意」後も第3段階=ガザの復興にハマースが関わることはないとしていますが、封鎖も解かれず、占領も終わらない状態でハマースが引き下がるとは考えられません。となると、なんらかの方法でハマースを強制的に排除しない限り、ハマースが関与しないガザ「復興」はあり得ません。
けれども、ハマースは単に戦闘集団なのではなく、政党であり、社会福祉事業を担い、軍事部門もある組織です。ガザの社会の中に根付いていて、ハマース抜きには社会事業も福祉も回らないような存在です。つまりハマースを壊滅させるということは、パレスチナ社会を抹消するに等しいのです。では、イスラエルはハマース排除のために再び爆弾を雨あられのごとく落としていくのか。そうではないやり方でハマースを一掃するという中に、ガザの全住民をガザから排除する、そうすればガザ地区そのものが消えるだろうという発想があります。
今やガザ地区のインフラ、住宅を徹底的に破壊し、UNRWA(国際連合パレスチナ難民救済事業機関)の活動も禁止してガザの中では生きていけないという状態を作り、ガザ住民を排除する、その実行に向けた下地が整いました。そこにトランプが、「ガザ地区に暮らすことが非人道的だとは思わないのか?」というような形でその計画を後押しする発言をしました。そうすると、住民の排除を人道の名のもとにでき、しかも「パレスチナ人を助ける」ために国際社会がその費用を出すことになります。イスラエルは費用も負担せず、責任も負いません。そうしたことが現実味を帯びてきた、そういう段階に達したということです。
パレスチナ/イスラエル問題の「解決」について、国連をはじめとする国際社会の建前は「二国家解決」です。パレスチナ全体の2割程度の面積の西岸地区とガザ地区だけで小さなパレスチナ国家とし、パレスチナは8割程度の面積を占める現状のイスラエルを承認し、二国家が併存していく、というものです。1993年に締結されたオスロ和平合意でも、イスラエルとPLOの相互承認の先には二国家解決が想定されていると言われてきました
一方、イスラエルの本音は、国土を今よりも拡張し、最終的にはパレスチナを消滅させてパレスチナ全土をイスラエルにすることです。オスロ合意の内実もそれに沿ったもので、イスラエルは93年以降も着々と入植を進めてきました。そしてガザ攻撃の最中の1年3ヶ月の間の西岸地区でのイスラエル軍と入植者による破壊行為は過去最悪になっていましたが、ガザ停戦後はさらに加速しています。
23年9月22日にイスラエルのネタニヤフ首相が国連で発表した「ニュー・ミドル・イースト(新中東)構想」では、すでにパレスチナは存在していません。それがイスラエルの本音であり、またアメリカにとっての利益でもあります。その実現に向けたことが今実施されているということです。
うやむやにしてはいけないのは、民族自決という重要な原則です。ガザ地区も含むパレスチナの未来はパレスチナ人自身が決定し、担っていくべきです。国際社会には、パレスチナが自己決定できる政治的主体性を確立できるような方向で関わる責任があります。ところが、イスラエル建国のとき以来、一貫してパレスチナの民族自決権は否定され続け、さらにオスロ合意以降はパレスチナは国際援助の対象とされ、パレスチナ問題は脱政治化され人道支援の問題にすり替えられてきました。
今度のガザ攻撃に反対し、停戦・復興を求める私たちの「善意」の中にも、パレスチナ人を助けなければならない「かわいそうな人たち」という感覚がないでしょうか。そうではなく、パレスチナ人が世界に求めているのは、自分たちが世界の他の人々と同じように、意志を持ち行動するという民族自決権を認めること、そのためにイスラエルやアメリカの不当な介入を排除することなのです。停戦後、ガザ地区ではその真逆の方向に進められていると思います。これを正さなくてはなりません。
(構成:市川はるみ)