イスラエルはどうしてあんなにひどいことができるの? 早尾貴紀——後編
記事:平凡社
記事:平凡社
「ホロコーストを経験したユダヤ人が、どうしてジェノサイドをする側になるのか」という質問をよく受けます。そのことについて、2023年に日本でも公開された『6月0日 アイヒマンが処刑された日』という映画を例にお話しします。ナチスの戦犯アドルフ・アイヒマンは1960年に逮捕され、62年にイスラエルで処刑されました。映画ではその死体を焼却する炉を作る過程が描かれます。映画に登場する鉄工所の社長、作業員、臨時に雇われた少年工は、それぞれ、「イスラエル国民」を構成する3階層のユダヤ人グループに属しています。
1つめのグループは、イスラエルの建国運動を中心的に担った人たちです。ヨーロッパ出身で、ユダヤ人の国を作ろうというシオニズム運動のもと自ら入植し、先住パレスチナ人とも英国統治政府とも戦った、マッチョなシオニストです。
2つめのグループはホロコースト・サバイバーです。ヨーロッパは第二次大戦後でさえも、収容所から解放されたり、隠れたり避難していたユダヤ人難民を受け入れたくなく、新生イスラエルに受け入れさせようとしました。ユダヤ人の人口を増やしたいイスラエルは受け入れたものの、ホロコースト・サバイバーは弱いユダヤ人の象徴で、その人たちを尊重したわけではありませんでした。
3つめは、ユダヤ系アラブ人です。イスラエルはユダヤ人の数を増やすために、1950〜60年代にアラブ地域に住むユダヤ教徒を半強制的に移民させました。この人たちはアラビア語を話すアラブ文化圏のアラブ人ですが、「ユダヤ教徒はユダヤ人種」という論理で、かなり強引に連れてきました。けれども、アラブ系のユダヤ人はヨーロッパ出身のシオニストから差別を受けています。
イスラエルの主流派のユダヤ人はホロコースト・サバイバーではないのです。むしろ、自分たちが進めた建国運動(シオニズム)に参加しなかったからそんな目に遭ったのだとして、サバイバーたちの証言に耳を傾けることもありませんでした。こうした傾向は今にいたるまでつづいています。これが冒頭の質問への回答になります。
その一方で、イスラエルはホロコーストを利用しました。アイヒマンが逮捕された当時、支持率が落ちていた政権は、アイヒマンの裁判を「ホロコーストがあったからイスラエルが必要なのだ」というイスラエルを正当化する宣伝として利用し、それを通してさまざまなバックグラウンドの「イスラエル国民」の統合を図りました。
映画でもシオニストの鉄工所社長、ホロコースト・サバイバーの作業員、アラブ系ユダヤ教徒であるリビアからの新移民の少年工が、アイヒマンの火葬というひとつの目標に向かって一体となる姿が描かれています。
ただし、この映画には国民の20%を占める先住パレスチナ人が登場しません。イスラエル建国後もその地にとどまったパレスチナ人はイスラエル国籍を持つイスラエル国民ですが、映画では焼却炉の実験のために羊を提供する無名の農民が出てくるだけで、あたかもユダヤ人しかいないような構成になっています。
イスラエル国内の先住パレスチナ人の存在は、イスラエルをユダヤ人国家と規定するには邪魔な存在です。イスラエルは建国期から一貫してパレスチナ人を見えない存在にし、二級市民扱いをしています。さらに2018年に成立した「国民国家法」では、イスラエルをユダヤ人のための民族的郷土とし、アラビア語の準公用語としての地位をはく奪し、西岸地区の入植活動が国家プロジェクトとして明記されています。いまや「ユダヤ人の国」がほぼ完成形態に到達しつつあります。
2001年の〈9.11〉アメリカ同時多発攻撃の後、アメリカは「対テロ戦争」を宣言し、ヨーロッパでも「テロ」と言われる攻撃が相次ぎました。
イスラエルは建国時の1948年から73年までの4次にわたる中東戦争で実戦経験を重ね、占領地では抵抗運動への弾圧の経験を積み、顔認証システム始めさまざまなセキュリティ技術を開発・実用しています。つまり対テロ戦争に必要な技術、経験を非常に豊富に持っているのです。ですから、2000年代以降イスラエルは軍事産業を国家事業として世界各地に売り込んでいて、日本でも2018年から軍事見本市が開催されています。
こうした動きについて、『パレスチナ実験室――イスラエルはいかに占領テクノロジーを世界中に輸出しているか』という研究書がアメリカとイギリスに拠点を持つ出版社で2023年に出版され、注目を集めています。今や欧米と日本の「イスラエル化」が進んでいると言うことができます。
イスラエルの独立系メディアの「+972マガジン」は、今回のガザ攻撃の空爆にAIが活用されていて、そのことが飛躍的に民間人と子どもの死者を増やしているという以下のような記事を公開しています。
イスラエルはガザの住民に関して、通話記録やSNSの投稿などのデータ収集を積み重ねており、AIがそれらの情報を分析して特定の個人をハマースなどの抵抗組織の活動家と認定する。イスラエル軍はAIの分析に10%程度の間違いがあることを認めながら、確認のための調査をすることなく、AIの指示に従って機械的に攻撃している。しかも、もっとも確実に殺害できる夜間に家を空爆して、一家丸ごと殺害し、多くの人を巻き添えにしている、と記事は指摘しています。
日本を含めガザ戦争を容認している国々は、AI時代のセキュリティや戦争の実験例として注視し、そこからなにがしかの恩恵を得ようとしているとも見ることができます。
イスラエルの戦争や治安・占領政策の技術に注目し、イスラエルの技術を取り入れて「イスラエル化」を進める欧米と日本。けれども、それは安全をもたらすのか。むしろ植民地主義とレイシズムを悪化させ、不安要因をばらまいて、抵抗の要素を拡散しているのではないかと思わずにはいられません。
(構成:市川はるみ)