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パレスチナ/イスラエルの「いま」を知るために何が必要か?

記事:明石書店

パレスチナ・ヨルダン川西岸地区の検問所(2023年9月撮影)
パレスチナ・ヨルダン川西岸地区の検問所(2023年9月撮影)
過去最悪の人道危機がガザ地区で起きた。

 『パレスチナ/イスラエルの〈いま〉を知るための24章』の冒頭にあるこの一文は、2023年11月上旬に書いた。明石書店の長尾勇仁さんからこの本の企画を打診され、章立てがほぼ定まった頃である。ガザ地区でひたすら苛烈になっていく戦闘を見つめながら、本が刊行される頃には戦闘が収束状態になり、戦後復興が話題の中心になっていないだろうか、という願いを込めた。

 しかし、この期待は、日々裏切られている。本の見本刷りが準備されていた2024年5月上旬に、イスラエル軍はガザ地区最南部のラファでの軍事作戦を、事実上開始した。地区全体の人口の半数以上が避難していたラファから、再びガザ北部に向けての人々の退避が始まっている。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は、5月18日の段階でラファから80万人が追われたと発表した。

 さまざまな「過去最悪」の内実も、ひたすら悪化し続けている。死者は5月25日段階で少なくとも3万5300人に達し、負傷者も約8万人が確認された。犠牲になったジャーナリストは105人、国連職員は193人である。WHOが確認した呼吸器疾患の累計確認数は80万件となり、ウイルス性の下痢についても44万件に達した。

紛争下に生きる人びとの日常

 ガザ地区に生きる人びとが、望んでいることは何か。

 私自身もたびたび答えてきたこの質問を、パレスチナ/イスラエル社会に深く関わってきた友人や知人らに訊いてみたくなった。これが、この本の企画を支えた動機の一つである。この時に思い浮かんだのは、2018年から19年にかけて、留学中にエルサレムでたびたび参加していた小さな集いだった。固定した主催者がいるわけでもなく、メンバーも定まらず、場所もNGOの事務所や個人宅、レストランなどさまざまであったが、たいていガザ地区から戻ってきた者が話の輪の中心にいた。おもにNGOスタッフや国連職員、ジャーナリスト、外交官などである。

 実務家らの情報交換は、傍らで聞くだけでガザ地区の苛酷な環境を私に印象づけた。イスラエル、パレスチナ暫定自治政府(ファタハ)、ハマスと、三回の出入域チェックがあることや、「今回はあの物品が持ち込めなかった」「先月から通過時のチェックが変わった」といった会話である。ガザ地区に立ち入ったことがない私は、そうした人びとの話を聞き、ガザ地区の風景と人びとの暮らしに想いを馳せた。

 『パレスチナ/イスラエルの〈いま〉を知るための24章』に、ガザ地区を社会や文化、生活の側面から論じる章が多くなったのは、こうした事情による。食事や手工芸、音楽シーンまで、編者が当初考えていた以上に、ガザ地区に暮らす人びとの日常が浮かび上がってきた。紛争下にある人びとの日常を想像することが、まず私たちに求められていることだと考えたのだ。

「いま」を理解するための視座

 その一方で、ガザ地区だけではなく、パレスチナ/イスラエルに暮らす人びとの「日常」が――少しおかしな言い方であることを自覚しつつ――私たち日本に暮らす多くの者にとっての「非日常」であることを示したいと思った。例えば、集合住宅や公園に防空シェルターを備え、自動小銃を持った兵士が日常に溶け込んだ生活である。

 ふと思い起こされる景色がある。

 週末にエルサレムのトラム(路面電車)に乗っていたとき、小柄な女性の兵士が、アサルトライフルを肩にかけながら、コクリコクリと居眠りをしていた。トラムが揺れるたびに、座っている乗客の足に銃身がコトコトと当たり、傍らで見つめながら緊張を覚えた。兵役について間もないだろう彼女にとっては、ふと日常にかえって安心した瞬間だったのだろう。

 この非日常性を浮かび上がらせるためには、パレスチナ/イスラエルで生活した経験を持つ同世代や若い世代の研究者の力を借りるべきだと考えた。遭遇した場面を新鮮に書き起こし、また最新の研究成果を通して「いま」を論じる試みに、多くの若手研究者が力を貸してくれた。ポグロムやホロコーストといった現代史の悲劇や、パレスチナ難民を生み出すことに至ったナクバ、さらには入植者植民地主義やピンクウォッシングなど、「いま」を論じるために必要な視座が多く提供された。

私たちとの関わり

 こうして、実務者と若手研究者という二つの軸を持つに至ったこの本だが、実際に24の章と9つのコラムが揃ったところで、34人の著者陣の文章を貫くような柱があることに気がついた。帯に書かれた「希望は一体どこにあるのか?」という問いかけである。この問いは、読者にとってこの本を読み進める際の指針になるだろう。

 希望を探す取り組みは、主体的な関わりを必要とする。現状を知って理解することは関わり方の一つであるし、この本を題材にさまざまな人と「いま」を語ることもできるはずだ。また、日本からガザ地区に生きる人びとに関わるためのヒントとして、国連やNGOを始めとする人道支援活動を扱う章を繙くのも推奨される。

 何よりも希望を求めているのは、いまも紛争下に生きている人びとである。日本社会にパレスチナ/イスラエルで起きていることを知り、関わろうとする人びとが増えていくことは、その希望をつなぐことにもなる。私たちが「いま」を知ることは、将来に希望をつなぐ取り組みでもあるのだ。

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