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ぼくがスケッチを描きつづける理由――『ヨイヨワネ』刊行記念 ヨシタケシンスケさんインタビュー①

記事:筑摩書房

魂が疲れぎみのあなたを励ましてくれる(?)14年ぶりの新作スケッチ集
魂が疲れぎみのあなたを励ましてくれる(?)14年ぶりの新作スケッチ集

リハビリとしてのスケッチ

編集部 ヨシタケさんは、日々、スケッチを描き、ライフワークのように続けています。新刊『ヨイヨワネ』は、このスケッチのなかから、ここ数年の間に描かれたものを選び、2冊の文庫としてまとめたものです。まずお尋ねしたいのですが、そもそもスケッチは何のために描かれているのでしょうか? 

ヨシタケ ぼくにとってのスケッチっていうのは、一言でいうと「リハビリ」ですね(笑)。毎日、思いついたいろいろなことを修正する、自分の中で収め直す、あるいは落ち込んだときに自分を勇気づけるなどなど、自分が生きやすくなるための行為なんです。そもそもスケッチを始めたきっかけは、大学卒業後に半年間だけやった会社員生活があまりにもつらくて、仕事中に愚痴などをイラストで描いていたことなんです。それからずっと描き続けている。もうかれこれ20〜30年やっている感じですね。

 だから、仕事としてスケッチを始めたわけではなくて、思いついたことを自分の中から外に出すことで、ちょっとだけ気分をすっきりさせるためにやっているんですよ。ぼくにとっては必要な行為なんです。最近は、スケッチの中でいろいろ考えたり、絵本のネタができたり、仕事のネタ帳にもなっています。

「暗号化」というたのしみ

編集部 スケッチを「他人に見られる」ことはどれくらい意識されて描かれているんですか?

ヨシタケ いい質問です。さきほどお話ししたとおり、もともとは人に見せるつもりはなかったんですけれど、最初のイラスト集が出た瞬間(2003年)に、「ひょっとしたらスケッチが商品になるかもしれない」「誰かに見せることがあるかもしれない」という可能性が生まれたわけです。初期に描いたスケッチは、実際に起きた出来事をそのまんま描いていました。そのスケッチを出版物に載せたら、ご当人がご覧になられて、「これは俺のことだろう!」と文句を言われたことがあるんですよ。で、これはいけないと思って、以後は出来事を描くときは人物を換えたり、言葉を換えたり、脚色するようになりました。

『ヨイヨワネ あおむけ編』より
『ヨイヨワネ あおむけ編』より

 それが逆にちょっと楽しくなって、いま起きたことをそのまま描くのも面白いんだけど、そのエッセンスみたいなものを別な絵と言葉に換えるようになりました。「エッセンスを整えると、つまりこういうことだよな」ということを考えるようになったんです。ぼくの中では全部同じこととして表現しているんだけど、関係者やご当人が見ても自分のことが描かれているとは全く思えないような、ある種の「暗号化」をするようになったわけです。

 この暗号化は、ご当人に見つかって面倒くさいことになるリスクを回避するための作業なんだけれども、作業自体が面白いので目的になってもいるんです。「エッセンスを絵と言葉で整えて、こういうふうにずらしたら別なものになるんじゃないか」「こういうふうにずらすと、より真実に近づいた表現になるんじゃないか」と考えること自体が面白いんですよね。

 だから、ぼくにとってスケッチを描くということは、「誰かに見てもらいたい」「喜んでもらいたい」というよりは、むしろ自己満足のほうが大きくて、自分自身の満足度を高めるためにスケッチを習作しています。

 こんな感じで、今回の『ヨイヨワネ』に載っているスケッチをぼく自身は面白がって描いたんです。けれど、はたしてこれを本として商品化できるかどうかは、ぼくには判断はできなかった……。経験上、ぼくが面白がって描いているものは、ほかの人に見せても面白がってもらえることがあるので、「ヨイヨワネ」スケッチを編集者に見てもらって、商品化できるかどうかを判断してもらったんです。自分以外の人が売り物にしていいと判断したならば、もしも売れなかったときは、その人のせいにできるんで(笑)。

繊細さとずうずうしさと

編集部 私的に描かれたスケッチを商品にすることに抵抗は感じませんでしたか?

ヨシタケ 「自分のために描いたものだから、他人には見せたくない」っていう人も当然いらっしゃるでしょう。けれど、ぼくはその点はすごくいいかげんに考えていて、売り物になるんだったら売っちゃえばいいじゃないというスタンスなんです(笑)。しかも、幸いなことに、趣味としての暗号化がほどこされているので、刊行後にトラブルが起きる心配もない。

 いい表現をする人に必要な資質はいくつかあると思うんですが、そのうちのひとつに「繊細さとずうずうしさを兼ね備えている」ことがあげられるような気がしています。表現する人には、何か細かいことに心が動いてしまう繊細さが必要です。と同時に、自分の繊細さを他人に見せて売り物にするっていう、ずうずうしい作業もやれなければならない。一方だけしか持っていない人は、いい表現をつづけていくのは難しい。たとえば、繊細さしかない詩人は、とてもいい詩を書くんだけれども、恥ずかしくて誰にも見せないまま死んでいく。その一方で、繊細さのかけらもなくて面白い表現は全然できないんだけど、人には見てもらいたいっていうずうずうしさしかない人もいる。やっぱり両方のバランスが取れたときに、いい表現になるんだと思うんです。

 ぼくの場合、あまり自我がないというか、見られて恥ずかしいなっていう思いがないというか、むしろ恥ずかしい部分を見せて興奮したいぐらいの気持ちなので。そういう意味では、ぼくは割とずうずうしさの数値が高い。面白がってくれる人がいるんだったら、せっかくだから別に売っていいんじゃないかと考えるタイプなんです。

編集部 たしかに、いい表現をしている人は、いい意味での自己顕示欲をお持ちでいらっしゃいます。

ヨシタケ そうそう。だから、その自己顕示欲のかたちっていうのは結構やっぱ皆さんそれぞれで、性癖に近いものだと感じています。

会社員時代のストレスがスケッチを生んだ

編集部 会社員時代にメモというかたちでスケッチを描きはじめたというお話でしたが、それ以前の学生時代とか幼少の頃には、ヨシタケさんにとって絵を描くことはどういう行為だったんですか?

ヨシタケ 子どもの頃は絵を描くのが全然好きじゃありませんでした。二つ上の姉がなんでも上手にできて、絵もめちゃめちゃうまかった。姉にはなにもかもかなわないので、絵を描くのも嫌いだったんですよ。でも、姉は工作だけはしなかった。ぼくが工作をしたら親にほめられて、それがうれしかったので、ものを作る人になりたいと思ったんです。それで、筑波大学の美術系の学部(筑波大学芸術専門学群)に進学して、立体物を造形するようになった。立体造形を学ぶなかで、「こういうものを作りたい」「こういう形で作りたい」というアイデアを練るためにデザイン画を描くようになったんです。それは当然人に見せるものじゃなくて、自分の中の図面みたいなもの。それを描いているときに、「思い描いたものを2次元で表せるのって楽しいな」っていうことに気づいた。そのことに気づいて以来、面白い形とか、面白い機能(機械のある部分を開けると、内部がどうなっているかを図化した解説図のようなもの)ばっかりを描いていたんです。だから最初のうちは言葉は書いていないんですよね。

「絵に描けたものは立体化できる」という技術がある程度身についた頃に、大学を卒業することになりました。大学は楽しかったので、ずっと残りたかったんだけど、そういうわけにもいかないので会社員になりました。でも、就職してやっぱりすごいストレスで、そのときに初めて言葉を書き添えるようになったんですよね。そのときのつらさが絵だけでは表現ができなかったから(笑)。

 逆に言葉だけだと、暗号化ができないんですけどね。ぼくが仕事でミスをして会社の先輩に怒られたときに、そのストレスを言葉にして「先輩、〇ね!」みたいなことをストレートに書くと、やっぱり支障がある(笑)。そのときに絵を使うと、うまいことぼやかすことができた。こういう経緯があり、暗号化という手段がだんだんと目的に入れ替わっていたんですね。

そして『ヨイヨワネ』が生まれた!

 それから数十年の時間がたち、自分が歳をとって、心も身体もいろいろとしんどくなってきました。このしんどさを表現したのが新刊『ヨイヨワネ』なんです。ぼく個人のしんどさは暗号化する必要がない。自分の身体の痛さだったり、気持ちのしんどさって、周囲から見たら全くわからないじゃないですか。このしんどさを絵と言葉であらわして、どれだけ他人にわかってもらえるだろう、共有してもらうためにはどういう表現になるんだろう、ということを考えながら描きました。

 自分の痛みと他人の痛みを比べたり、数値化することはできません。でも、「できないことは、できないよね」という形で不可能性は共有できる。そのためのツールとして絵と言葉をどういうふうに使うと、このできなさというものをうまく表現できるのかを考えることに今は興味があるんですよね。

《②へ続く》

(収録 2025年2月7日)

【初回限定】ヨシタケシンスケ『ヨイヨワネ あおむけ&うつぶせBOX』
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ヨシタケシンスケ『ヨイヨワネ あおむけ編』
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ヨシタケシンスケ『ヨイヨワネ うつぶせ編』
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