あなたの中にもある「ダークな面」を心理学が分析する ――『「性格が悪い」とはどういうことか』より
記事:筑摩書房

記事:筑摩書房
心理学で行動面・心理面の問題を論じるとき、大きく二種類に分けることがあります。一つは内在化問題、もう一は外在化問題と呼ばれます。これは、幼児期から青年期くらいの若い世代に見られるさまざまな問題を整理して論じる際に用いられる枠組みです。
内在化問題というのは、落ちこんだり不安に思ったり、恐れを抱いたりするなど、自分自身の内部の問題を抱える状態のことを指します。一方で外在化問題というのは、自分自身の欲求や衝動をあまり抑制することができず、注意散漫になったり、攻撃的で反抗的な行動をとったりするなど、反社会的な行動につながりやすい状態のことを指します。
採用時や入試の面接で「嫌な予感がする」というときの内容は、内在化問題というよりも外在化問題に関係する不安だと言えます。外在化問題は、学校や職場の場面でのトラブルにもつながりやすいと考えられるからです。そうなのであれば、事前にトラブルになりそうなのかどうかを見極めたいと思うのも無理はありません。
そして、本書で焦点を当てるダークな性格特性は、外在化問題に結びつきやすい個人の特徴を指します。ただし、二次的に内在化問題が顕在化することもあります。たとえば、外在化問題が原因で周囲の人々との関係がうまくいかず、結果的に悩んだり落ちこんだり、イライラが募ったりすることへとつながる可能性もあります。内在化問題と外在化問題は大きな問題行動の分類ですが、互いに無関係なのではなく、相互に密接に関係しているのです。
本書では、ダークな性格特性と呼ばれる、一連の性格群を取り上げていきます。
そもそも、「性格」とは何なのでしょうか。
一般的に「性格」というと、人によってさまざまなイメージや疑問が浮かぶかもしれません。たとえば、性格は生まれながらのものなのだろうか、いったん形成されたらもう変わらないのだろうか、性格と気質は違うものなのだろうか、性格と能力やスキルとは何がうのだろうか、などです。本書では、トピックごとに説明を加えながら、性格とは何かということについても説明を加えていきたいと思います。
ここでは前提として、性格は「体重とよく似た扱い方をする」と考えてはどうかと提案してみます。図①は、2021年度の高校三年生男子の体重の人数分布を表したものです。体重は「重い」「軽い」と単純に分類できるようなものではなく、個々人で少しずつ違う値を示します。もちろん全く同じ体重の持ち主もいますし、図で示されているように高校三年生男子の中には30㎏台のとても軽い人から120㎏以上のとても重い人たちもいます。しかし、おおよそ多くの人はある程度の範囲におさまっていて、とても軽い人やとても重い人は多くありません。
また、体重は安定しつつ変化もします。ダイエットや食習慣、運動習慣によって重くもなりますし、軽くもなります。ただし、すべての人が同じことをしたときに、同じように重くなったり軽くなったりするわけではありません。人によって変動の幅は異なりますし、そもそも体格が違うのですから、各個人にとって最適な体重も異なります。
性格も同じように考えてみましょう。たとえば、外向性(逆は内向性)です。性格検査によっては、「外向型」「内向型」と分類するものもあるのですが、実際にはそのように単純に分類できるわけではなく、個々人で少しずつ違う値を示します。多くの人は平均近くに位置していて、極端に外向的な人も、極端に内向的な人も、それほど多くいるわけではありません。
そして、性格も安定しつつ変化します。進学したり、仕事を始めたりして新しい人間関係が広がっていくと、外向性も影響を受けることが知られています。ただし、非常に内向的なところから非常に外向的なところへとコロコロとジャンプするように変化するわけではありません。まさに体重の変化のように、生活が変われば少しずつ変化していくのです。「性格特性」という言葉を使うときには、低い得点から高い得点まで連続的に人々が並ぶように、性格を数直線で表現することを指します。本書で扱う性格は、ここで説明したような性格特性として表現される連続性を伴ったものだと考えていただければと思います。
1990年代なかば以降、ポジティブ心理学が注目されるようになりました。心理学の関心の中心が、精神的な病理や人間の弱さなどネガティブな側面から、人間の強さや美徳などポジティブな側面へと移っていく大きな流れが生じたのです。もちろん、抑うつや不安、薬物乱用、統合失調症など多くの問題から目をそらしたわけではありません。予防という観点から、問題を事前に防ぐさまざまなポジティブな意味をもつ心理的側面を高めていくことに注目が集まり、その効果が確認されてきたのです。
1990年にポジティブ心理学が提唱されてから2021年までに発表された、ポジティブ心理学の文献の特徴を整理した研究があります。この研究によると、この間に世界九六カ国・地域の研究者が5000本以上のポジティブ心理学に関連する研究論文を発表しており、2020年前後にはそれ以前よりもさらに多くの論文が発表されるようになっていました。30年あまりの間に、ポジティブ心理学は現在の心理学の中でひとつの大きな研究領域へと急速に発展してきたのです。
二一世紀に入った2002年、マキャベリアニズム、サイコパシー、ナルシシズム(自己愛)という三つの性格特性に注目し、これら共通する要素をもつ三つをダーク・トライアドとまとめて呼ぶことを提唱する論文が公刊されます。この論文の執筆者の一人が、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学のデル・ポールハス教授です。それ以前まで、これら三つの性格特性は個別に研究されていました。
私自身、1990年代の学生時代からナルシシズムについて研究をした経験をもちますが、マキャベリアニズムやサイコパシーについては、それぞれの研究について目にしたことはあるものの、一緒に研究しようという考えは浮かびませんでした。それぞれの性格特性は、それぞれが独自の研究の歴史をもちます。ナルシシズムを研究していた当時は、その概念の中で研究をしており、他の概念と一緒に組み合わせて研究をしようとは思わなかったのではないかと、当時を思い出します。ポールハスが提唱したダーク・トライアドは、それぞれの中で行われていた研究について扉を開け、相互に結びつけるような役割を担うこととなりました。
ポジティブな心理学的側面やよい性格への注目とダークで悪い性格への注目は、まるで合わせ鏡のような存在です。
そもそも、心理学で性格(パーソナリティ)という概念は、どちらかというと価値中立的なものとして扱われてきた歴史があります。しかし授業のなかでもよく「よい性格とは何ですか」「悪い性格とは何ですか」という質問を受けることもあります。性格の良し悪しは、その性格の内容で決まるわけではありません。性格の良し悪しは「どのような結果に結びつくか」で判断されます。よい結果に結びつくことが示された性格は「よい性格」であり、悪い結果に結びつく性格は「悪い性格」なのです。簡単に思えますが、しかしそんなに簡単な話でもありません。性格がよい結果に結びつくか悪い結果に結びつくかは、状況との兼ね合いにもよるのです。
たとえば、一人でいることよりも多くの人と一緒にいる場面を心地よく感じる外向的な人物は、社会的な関係が求められる場面では「よい」性格だとみなされます。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が広がり、国や自治体から自粛要請が出ているような状況下では、外向的な人物はストレスフルになったり、自宅待機をすることにがまんができず無理に外出することで感染を招いてしまったりする可能性もあります。このような状況下では、外向性という性格特性は「望ましくない」ものになるというわけです。
一方で、ポジティブ心理学のムーブメントは、明らかにポジティブで望ましい心理特性やよい性格というものを正面から研究として取り上げるハードルを下げる効果をもたらしたと言えます。将来のポジティブな結果を期待する「楽観性」、ネガティブな出来事を経験して落ち込んだ状態からうまく回復する「レジリエンス」、人間関係や自然やさまざまなことに対して抱く「感謝」、物事をやりぬく力となる「グリット」、自分自身にポジティブな感覚を抱く「自尊感情」、自分を受け入れる「自己受容」、瞑想状態になりストレスを緩和する「マインドフルネス」、人生や生活について満足する程度である「人生満足度」や「生活満足度」、心身共に満たされたれた状態である「ウェルビーイング」など、ポジティブ心理学のムーブメントの中で発展してきた研究テーマは非常に数多くのものがあります。
ダーク・トライアドは、このポジティブ心理学のムーブメントの裏面にあたるような存在です。ポジティブ心理学の広まりとともに、より「望ましい」とされる心理特性やよい性格を大きく取り上げる機会が広がっていきました。その流れに呼応するように、より「望ましくない」、より「悪い」と考えられる性格特性そのものを研究することについても、抵抗感が薄れていった印象があります。
見方を変えると、ポジティブ心理学とダークな性格という研究の両面は、それまで「この手の研究をあまり積極的に行わない方がいいのではないか」とイメージされてきた領域に、光を当てるものでもありました。
心理学で「よい」「悪い」を研究対象としてこなかったわけではありません。たとえば発達心理学では、より望ましい方向への年齢に伴う心理面での変化を研究対象とします。しかし、私が心理学のトレーニングを受ける中でも、研究の中で価値観を伴う判断は慎重に行うようにと習ってきました。病理的な状態を正常へと引き戻す研究は、比較的価値観は明確です。実際に困っている人がいるのですから、それを正常な方向へと向かわせるのです。
しかし、正常範囲内で「より望ましいもの」「より望ましくないもの」を考える場合には、判断基準が曖昧になります。よくても悪くても、あくまでも「正常の範囲内」であり「健康な一般の人々の範囲内」の問題なのです。もちろん、日々の生活の中で私たちは喜んだり悲しんだり、落ちこんだりもします。ただしそれは、何も手につかず仕事も勉強も長期にわたってすることができない、日常生活が成り立たないような落ち込みや悲しみではありません。
一般の人々の中での「よさ」「悪さ」とは何なのか、何をもって「よい」とするのか、「悪い」とするのか。ポジティブ心理学やダークな性格の研究は、私たちが価値についてどのように考えるべきであるのか、判断を迫ってくるのです。
序章
第1章 ダークな性格とはどういうものか
1 四つの典型的なダークな性格
2 マキャベリズムとサイコパシー
3 ナルシシズムとサディズム
4 五つ目の性格スパイトと、ダークさの中心
第2章 ダークな性格とリーダーシップ・仕事・社会的成功
1 ダークな性格とリーダーシップ
2 職場の中のダークな性格
3 ダークな性格が得意なこと
4 ダークな性格は、社会的成功につながるのか
第3章 身近な人間関係の中のダークな性格
1 恋愛関係とダークな性格
2 ダークな性格の生活スタイル
第4章 ダークな人物の内面はどうなっているのか
1 ダークな性格の心理特性
2 HEXACOモデルの登場
3 ダークな性格と自尊感情
4 ダークな性格の持ち主は、自己概念が明確でないのか
5 共感性とダークな性格
第5章 ダークな性格は遺伝するのか
1 性格は、遺伝か環境か
2 性格特性は連続的なものである
3 性格に与える環境の影響
4 自分の中にダークな性格を見つけたら
第6章 ダークさとは何か
1「望ましい性格、望ましくない性格」とは何なのか
2 長所と短所は切り離せない
3 社会の中でのダークな性格
あとがき