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超富裕層の生態から見えてきたインドの実像! 英国ジャーナリストがリポート

記事:白水社

インドの超富裕層の驚くべき生態を通して、インド社会の諸相をあぶり出す! ジェイムズ・クラブツリー著『ビリオネア・インド 大富豪が支配する社会の光と影』(白水社刊)のジャケット写真に煌めくのは、個人住宅として世界最高額と話題を呼んだ、超高層の「アンティリア」。
インドの超富裕層の驚くべき生態を通して、インド社会の諸相をあぶり出す! ジェイムズ・クラブツリー著『ビリオネア・インド 大富豪が支配する社会の光と影』(白水社刊)のジャケット写真に煌めくのは、個人住宅として世界最高額と話題を呼んだ、超高層の「アンティリア」。

ジェイムズ・クラブツリー『ビリオネア・インド 大富豪が支配する社会の光と影』(白水社)P.006─007より「主要登場人物」 リライアンス・インダストリーズ会長のムケーシュ・アンバニをはじめ、モディ首相ら、財界・中央政界・地方政界の面々。
ジェイムズ・クラブツリー『ビリオネア・インド 大富豪が支配する社会の光と影』(白水社)P.006─007より「主要登場人物」 リライアンス・インダストリーズ会長のムケーシュ・アンバニをはじめ、モディ首相ら、財界・中央政界・地方政界の面々。

アンティリアの影

 ムケーシュ・アンバニが自分と妻、三人の子どもたちのために建てた高層住宅、アンティリア。この建物ほどインドの新エリート層が持つ権勢をはっきりと象徴するものはほかにないだろう。高さ一六〇メートルの鉄とガラスでできたタワーは、敷地面積こそわずか一二〇〇坪あまりだが、総床面積はヴェルサイユ宮殿のざっと三分の二にもなる。一階はホテルにあるような大ホールで占められ、総重量二五トンにもなる外国製シャンデリアの数々がよくマッチしている。駐車用の六つのフロアは一家が所有する車のコレクション置き場となっている一方、数百人規模のスタッフ集団が家族からのさまざまなニーズに対応するべく控えている。上層階ではラグジュアリーな居住スペースと空中庭園が目を引く。最上階のレセプションルームは三方がガラス張りになっており、広々とした屋外テラスに出るとムンバイの街を一望することができる。階下にはジムとヨガスタジオを備えたスポーツクラブがある。サウナの逆バージョンのような「アイスルーム」は、ムンバイの厳しい夏の暑さから逃れることができる施設だ。ぐっと下がり地下二階に行くと、そこはアンバニ家の子どもたちのレクリエーションフロアになっており、サッカー場やバスケットボールのコートまである。

ジェイムズ・クラブツリー『ビリオネア・インド 大富豪が支配する社会の光と影』(白水社)P.008─009より「主要登場人物」および「ムンバイの地図」 経済学者のアマルティア・センやジャグディーシュ・バグワティら、メディア・学会・クリケットの面々。
ジェイムズ・クラブツリー『ビリオネア・インド 大富豪が支配する社会の光と影』(白水社)P.008─009より「主要登場人物」および「ムンバイの地図」 経済学者のアマルティア・センやジャグディーシュ・バグワティら、メディア・学会・クリケットの面々。

 長年にわたり、ムンバイは分断された都市であり続けてきた。財界の大物や投資家の住宅街があるかと思えば、そのすぐそばにトタンやビニールシートが屋根代わりの掘っ立て小屋が立ち並ぶ、高密度の巨大都市。アンティリアはこの分断をさらに増幅させているだけにすぎないようだ──ムンバイは貧富が両極端なことで知られているが、そびえ立つ建物そのものがさらに上の階層をつくり出しているかのように。だとしても、わたしはこの街に降り立ったまさにその日から、駐在生活の一風景となったこの建物と不思議なつながりを感じていた。赴任初日の朝──二〇一一年十一月のことだ──、勤務先の運転手がわたしをピックアップしに来てくれた。けたたましくクラクションが鳴り響くなか、車はゆっくりと南に向けて走り始め、空港のフェンスの反対側に連なるスラムを通り、次いでムンバイ西側の海沿いに延びる片側四車線の短い高速道路、シー・リンクに入っていった。一時間ほどすると、車はペダー・ロードを横切った。のちにアストンマーティンが事故を起こす現場を通り過ぎたことになる。数秒後、運転手が興奮気味にフロントガラス越しに前方を指さした。靄【もや】のなかにそびえ立つアンティリアが見えた。

 それからの五年間、アンティリアはわたしの日々の生活のなかで当然のように遭遇する一風景になっていった。ムンバイには約二〇〇〇万もの人びとが住む。人でごった返す細長い形をした半島──マンハッタンに少し似ている──で、街の西側には幹線道路が何本も走っている。こうした道路は海沿いのマリーン・ドライブに端を発し、掘っ立て小屋と瀟洒【しょうしゃ】な邸宅が両脇に立ち並ぶ間を北に向かって延びている。ジャーナリストのわたしは市内各地に向かう際、このルートを使うことが多かった。そうするとアンティリアの影を二回通ることになる。北上する際に一回、帰る際の南下でもう一回。そうこうするうちに、わたしはあの独特な片持ち梁の設計に愛着を抱くようにすらなり、建物を見て驚愕する来客に対して建築版ストックホルム症候群〔犯罪被害者が犯人に共感を覚える現象〕かのように弁護したものだった。ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルとまさに同じように、ムンバイのアンティリアは縦横無尽に走る道路の上にそびえ立つ便利なランドマークであるとともに、オーナーのとてつもない資産──最新の推計では三八〇億ドル──を対外的に誇示するものでもあった。

【著者ジェイムズ・クラブツリーによる講演動画The Billionaire Raj: A Journey Through India's New Gilded Age | James Crabtree | Talks at Google(英語) 「ラージ(Raj)」とはサンスクリット語の「ラージヤ(rajya)」を語源とする単語で、「王国」や「統治」といった意味を持つ。経済自由化開始からの四半世紀のなかで、変動する世界の影響を受けながら、新たなシステムとして「ビリオネア・ラージ」が台頭してきた。】

ビリオネア・ラージ

 これからの一〇〇年は、アメリカ、中国、インドという三つの大陸国家による競争という観点から語られることになるだろう。この三カ国のなかで発展の歩みがもっとも最近になって始まったのはインドであり、それだけに変化のポテンシャルがもっとも大きいのもインドである。しかしこの変化のプロセスは、往々にして高潔という言葉からはかけ離れたものだ。「彼らは不注意な人間なのだ」。「金ぴか時代」が終わった後の狂乱を描いた名作『グレート・ギャツビー』で、F・スコット・フィッツジェラルドはそう記している。「品物でも人間でもを、めちゃめちゃにしておきながら、自分たちは、すっと、金だか、あきれるほどの不注意だか、その他なんだか知らないが、とにかく二人を結びつけているものの中に退却してしまって、自分たちのしでかしたごちゃごちゃの後片付けは他人にさせる」〔野崎孝訳〕。しかし、インドでこれとよく似た人びとに出会っていくなかで、わたしは善悪で判断をすることは避け、その代わりに民族の再興という重要な時期を経ている国の物語──未来は明るいものになりそうだがそれは一面でしかなく、安心がもたらされるとはとても言えない──を伝えようとしてきた。

 アメリカの「金ぴか時代」に続く数十年は「革新主義時代」の名で知られている。この時代は国内と国外の両方に永続的かつポジティブな影響をもたらした。反汚職運動によって政治が浄化された。企業の独占体制にくさびが打ち込まれた。中産階級が政府に影響力を及ぼすようになった。繁栄の果実がより広い層に行き渡るようになった。いま、インドはいかなるタイプの超大国になるのかという岐路に立っている。欧米で民主主義が揺らいでいるなかで、インドの未来がいまほど問われることはなかった。インド版「金ぴか時代」は「革新主義時代」へと移行し、不平等や縁故資本主義がもたらす危険を決然と葬り去ることができるだろうか? それとも、過去一〇年の行き過ぎがまたもや首をもたげ、汚職によって傷つき、不平等によって歪められた未来、すなわち「インドのロシア化」へと誘うことになるのだろうか? 「アジアの世紀」の後半を先導せんとするインドの夢、そしてより民主的で自由な未来を希求する世界の希望は、まさにこの問題をどう解決するかにかかっているのである。

ジェイムズ・クラブツリー『ビリオネア・インド 大富豪が支配する社会の光と影』(白水社)目次より
ジェイムズ・クラブツリー『ビリオネア・インド 大富豪が支配する社会の光と影』(白水社)目次より

【ジェイムズ・クラブツリー『ビリオネア・インド 大富豪が支配する社会の光と影』(白水社)序章より抜粋】

【著者ジェイムズ・クラブツリーによる講演動画James Crabtree | The Billionaire Raj: Corruption, Division and Inequality in Narendra Modi's India(英語) 右下の歯車アイコンをクリックすると字幕翻訳できます。】

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