1. じんぶん堂TOP
  2. 「ターニングポイントとなった1冊」――料理研究家・上田淳子さん×エッセイスト・大平一枝さん新刊記念トークイベント【後編】

「ターニングポイントとなった1冊」――料理研究家・上田淳子さん×エッセイスト・大平一枝さん新刊記念トークイベント【後編】

記事:平凡社

料理研究家の上田淳子さん(左)とエッセイストの大平一枝さん(右)
料理研究家の上田淳子さん(左)とエッセイストの大平一枝さん(右)

〈前編はこちらから〉

辞めなかったからここまで来た

上田淳子:お互い、とにかく本が出ることが嬉しかったデビュー作。そしてその後、大平さんにとってはターニングポイントになる本があるんですよね。

大平一枝:『ジャンク・スタイル』(2003年)です。これは、古いものを愛する人たちのライフスタイルと価値観を紹介した本で、当時はミッドセンチュリーだったり、アンティークだったりの古いインテリア・家具が流行していて、どの店で売っていて、いくらするかという情報は多くありましたが、なぜ住人がそれを愛するのかを紹介したいと思ったんです。これが、初めて「私」を主語として、人を書いた本になります。この本が受け入れられたことで、私は人を書いていこうという決意が固まりました。

『ジャンク・スタイル』(平凡社、2003年)
『ジャンク・スタイル』(平凡社、2003年)

上田:私にとっては、『はじめてのシャルキュトリー』(2015年)がターニングポイントと言えるかもしれません。シャルキュトリーというのは、フランスにある豚肉を使った自家製の加工品、たとえばハムとかソーセージを売っているお店のことを指すんですけど、家で作れたらこんな幸せなことはないと思ったんです。

大平:当たり前のように買っていますもんね。少々添加物を気にしながらも。

上田:これは自分のためでもあるし、もしかしたら誰かが役立ててくれるかもしれないと思って。特別な道具を買う必要はなく、家でもできるんだよ、っていうことをちゃんと伝えられた、という点で転機になった一冊です。本の企画を考える時には、あの本が売れているからこういう本を作ろう、というのは絶対なしだなと確信しました。

『はじめてのシャルキュトリー』(河出書房新社、2015年)
『はじめてのシャルキュトリー』(河出書房新社、2015年)

大平:そういう、ターニングポイントの時の感覚って、私だけかもしれないけど、車を運転していて、キューっとカーブする感じがしません? まっすぐ行けば仕事はそれなりにいっぱいあるんだけど、カーブして自分の行きたい道に行く。私は運転免許を持っていないんですけどね(笑)。

上田:なるほど。私は自分が好きなことを追求しているとき、人が面白い、おいしいと言ってくれる。それがターニングポイントの最初のきっかけなのかもしれないです。これおいしいじゃんって言われると舞い上がるので(笑)。

大平:私は、「アトピー息子」からターニングポイントを迎えるまで、10年弱かかっている。その間、タレントさんや経営者などのゴーストライティングもたくさんしました。回り道に思えるようなこともあったんですけど、良いものを書こうと思ってやるじゃないですか。必ず得るものがあるんですよね。

上田:私も、「シャトルキュリー」を出せるまで15年ぐらいかかっています。その間、塾弁の本や中学生のお弁当の本、子どもに料理を作らせてみようみたいな本も作りました。でも、一生懸命いただいた仕事に向き合ったことは決して無駄じゃなかったですよね。

大平:回り道をしながらも、辞めなかった。これに尽きますね。

ライフワークの現在地

上田:さて、そろそろ私たちが辿り着いたライフワークについてのお話をしましょうか。

大平:さっきお話に出た「フランス人の料理」シリーズですね。こうして並べると壮観ですね。

上田:はい、ありがとうございます。1冊目(『フランス人は、3つの調理法で野菜を食べる。』)が2016年で、だいたい1年に1冊出してます。これも、企画書を作って出版社に持ち込んで始まりました。

大平:そういうの、隠さないのがいいですよね(笑)。

上田:だって、やってくださいなんて誰からも言われない(笑)。こういう理由で、これはきっと読まれますってプレゼンしないと。最初のテーマは野菜なんですけど、フランス料理って肉のイメージじゃないですか。でも実際にフランスで暮らしてみると、フランス人は野菜をすごく買うんですよ。しかも、日本だったらいろいろな野菜を組み合わせて彩りよく、というところを、大らかなあの国の人たちはネギだったらネギだけ、キャベツだけだったらキャベツだけ、みたいに1種類の野菜をおいしく食べる。それを目の当たりにして、面白いなと思っていたんですね。

「フランス人の料理」シリーズ
「フランス人の料理」シリーズ

大平:最初からシリーズで出す予定だったんですか?

上田:1冊で終わると思っていました。

大平:シリーズで10冊も出している料理家さんってなかなか聞かないですよね。この出版の厳しい時代にオールカラーの本を出し続けるということは、買ってくださる読者がいらっしゃるということで。

上田:本当にありがたいですね。大平さんのライフワークのお話も伺いたいです。朝日新聞デジタル「w」の連載「東京の台所」は320回を迎えたのですね。

▶朝日新聞デジタル「w」連載「東京の台所2」
https://www.asahi.com/and/w/serialstory/tokyo-daidokoro2

大平:連載は13年目をむかえて、海外編や地方編を加えると約400軒の台所を取材しました。

上田:それが書籍になったのが、『東京の台所』(2015)ですね。その後、切り口を変えて『男と女の台所』(2017)、『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』(2022)などが出版され、漫画化もされていて。

「台所」シリーズ
「台所」シリーズ

大平:フランス人シリーズの10冊には到底及ばないんですけれども。このシリーズでは、人を描く、描き分けるというところが勝負になってくるんですよね。

上田:実は私も取材をしていただいているんですけど(『ふたたび歩き出すとき 東京の台所』に収録)、台所の話はほとんどしないんですよね(笑)。台所を通してその人の生き方であるとか、何を考えているかということを丁寧に拾って書いているから、響くものがある。

大平:ありがとうございます。でも、実を言うと取材に飽きたことがあるんです。連載を始めたころは週1回の更新(現在は隔週)で忙しかったこともあり、だいたい2時間半取材して、帰りの電車の中で構成決めて、とこなすようになっていた時期があったんですね。でも、そんな時に、今はお亡くなりになった、家事についての評論家の吉澤久子さんに取材をする機会があったんです。吉澤さんは「新潟日報」に50年間家事についての連載をされていたんですが、ご自宅に新潟日報が山のように積まれていたんですね。「担当者が送ってくださるんですね」って言ったら、「私、自分で買ってるの。新潟の方がどんなことで困っているか、投書欄を読むとよくわかるから。東京の中央にいると見えないこといっぱいあるわよ」とおっしゃる。恥ずかしいのと、その謙虚さに胸を打たれて、メンタルのターニングポイントになりましたね。

上田:長く続けている中では、山あり谷ありですよね。

大平:私の台所シリーズも、上田さんのフランス人シリーズも、いろんな失敗をして、そのたび立ち上がったその先に見えてきた景色ですよね。今の若い人は、成果を得られないと不安になるでしょうし、どうしてもタイパで動かなきゃいけないから私たちとは真逆の考え方なのかもしれない。でも、こんな生き方もあるよ、と知ってもらえたら嬉しいですね。

(構成/佐藤暁子)

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ