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苦味を直視し命を守る――『ギフティッドネス』の主張(後編)

記事:春秋社

『ギフティッドネス』(春秋社)著者L・K・シルバーマン
『ギフティッドネス』(春秋社)著者L・K・シルバーマン

(前編はこちら:「才能」という言葉の危うさ――『ギフティッドネス』の主張

翻訳に駆り立てたGiftedness 101

 これまで携わった翻訳書を最後に、研究者人生において翻訳はもう手がけないと心に決めていた私の決意を覆した本が、Giftedness101(邦訳『ギフティッドネス』)でした。この本を読んだとき、私自身がいかに今まで無知だったのかを思い知らされると同時に、それまでギフティッドをめぐりモヤモヤしていた点がすべてクリアになった爽快感を味わいました。「この爽快感、そして、知る喜びを分かち合いたい」――そんな気持ちが私を翻訳に向かわせました。

命の救済に人生を捧げるリンダ・クレガー・シルバーマン

 本書で正面切って取り上げられているテーマは、きれいごととは到底言えないものばかりです。たとえば歴史的視座において、ギフティッド研究の父はターマンではなくゴルトンだと、明確な根拠をもとに、また、ダーウィンも引き合いに出して論じられています。このゴルトンは、言わずと知れた優生学創設者で、その点において誰もが目を背けたくなる事実です。しかし、シルバーマンは、ゴルトンの甘美な部分のみではなく苦味をも正面切って取り上げました。そして、ギフティッド児をめぐり、今日に至るまで一般社会はおろか研究業界にも存在する差別と偏見、そしてそれらが存在しないように見せかけようとする「力」を明るみに出します。苦味を甘美なものに馴染ませようとすること自体が、ギフティッド児とその保護者に立ちはだかる困難の否定につながるからです。これほどまで見事に、ギフティッドをめぐるタブー、研究界にも押し寄せる「残酷ともいえる真実を社会的に甘美な響きに変換しようとする波」に切り込み、それを言語化し、さらけ出すことができたのは、著者であるリンダ・クレガー・シルバーマンが、ギフティッドの人々の命の救済に、文字通り人生を捧げてきたからだと思います。

 シルバーマンは臨床心理学者であると同時に、米国でのウェクスラー式知能検査 (WISC)やその拡張ノルム等の作成にも携わる、個別式知能検査をはじめさまざまなアセスメントツールも含めた包括的ギフティッド児判定の第一人者でもあります。そして、本書でも、その基準や実施方法等も含め、WISCを用いたギフティッド判定のノウハウが非常に詳細に記されています。一方、彼女は、個別式知能検査がタブー視される現実があること、その原因や危機的状況からも目を背けません。それは、知能検査が包括的な臨床的判断の裏づけとして用いられるべきであるという最重要事項と共に記されます。

次に私が世を去ったら、子どもの能力の解釈に際し、直感的な判断を持ち込むほどに強い信念の持ち主は、他に現れるのだろうか? それとも、数字が独り歩きしてものを言うに任せるようになるのだろうか? 数字そのものがものを言うと考えたからこそ、人々は数字を信用しなくなったのだ。仲介者がいなくなれば、やがて数字は切り捨てられ、これらの貴重な知性はますます見えなくなるだろう。『ギフティッドネス――理解と支援のための基礎・基本』(p. 299)

 この夏、私がシルバーマンにお会いした際には、数字のみを携えてギフティッド発達センター(GDC)のシルバーマンのもとに再検査に来た子どもの事例を、本当に残念でならないといった様子でお話しくださいました。

ギフティッド発達センター(Gifted Development Center、コロラド州)にて、シルバーマンと筆者
ギフティッド発達センター(Gifted Development Center、コロラド州)にて、シルバーマンと筆者

ギフティッド児支援に必要な覚悟

 人の世の偏見と差別、そしてそれらと常に隣り合わせにある人間の個人差の実在性を、たとえば「個性」という心地よい言葉のもとにふんわりと馴染ませようとするのではなく、偏見や差別に直結するギフティッドの「異質性」から目を背けずに真正面から向き合ってこそ、彼らの命を救うことができる。――この信念に誠実に錨を下ろし、自己犠牲をものともせず、あらゆる逆風と戦い続けてきたシルバーマン博士だからこそ、本書を記すことができたのだと感じずにはいられません。以下に『ギフティッドネス――理解と支援のための基礎・基本』の一節をご紹介します。

 あなたにとって、ギフティッドネスとは何を意味するだろうか? あなたがこの集団に、えも言われぬ魅力を感じるのなら、もしかしたら、あなたは変装した、あるいは否認されたギフティッドなのかもしれない。この不人気な対象に味方するのであれば、あらかじめ肝に銘じるべきことがある。まもなく、あなたにも反知性主義の矛先が向けられ、刺されるような思いをするだろう。ギフティッドの人々や彼らをアドボケイトする人々への偏見を、すぐに身をもって知ることになるだろう。あなたがしていることを社交の場で話せば、嘲笑されるものと思いなさい。驚くほど多くの人が、ギフティッドについてあなたよりもよく知っているという態度で、嬉々として自分の考えを話すだろう。あなたがギフティッドの人々の守護者となったとしても、そこには何の栄光もないと心得るべきだ。これは高名へと続く道ではない。大鎌が現れたら、トールポピーと運命を共にすることになるだろう。
 しかし、心躍る旅路となることは、私が保証する。あなたは、万華鏡のように興味深い人々に出会うだろう。イライラすることもしばしばだが、決して退屈はしない。ギフティッド研究は、私を五〇年以上にもわたり魅了し続けてきた。間違いなく、あなたは必要とされている。やるべきことは山ほどある。同上(pp. 298-299)

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