文系のための科学本ガイド⑥『生き物の死にざま』(評・野田祥代さん)
記事:白揚社
記事:白揚社
あなたは蚊になったことがあるだろうか?
いやもちろん、蚊に転生とか擬態とかいうことではない。毎年、夏場に吸血鬼と化し私たちを襲う、あの小さな蚊に感情移入したことがあるか、という意味である。
本書は、身のまわりにいる生き物たちの生きっぷり、死にっぷりに焦点を当てる。くだんの蚊の場合、血を吸いに来るのはメスだけである。メスはお腹の卵のために豊富な栄養を必要とするからだ。このあたりは多くの方がご存じかもしれない。
本書では、さらに対象の蚊に一歩二歩と近づき、その立場に寄り添う。「アカイエカ」の章の主人公は「彼女」。彼女は「わが子」を無事この世に送り出すため、決死の覚悟で人家へ侵入し、人目を忍び、猛毒(蚊取り線香)をすり抜け……健気に困難を乗り越えていく――。
私たちが暮らす地球は「命の惑星」である。
38億年前にこの惑星で発生した生命は、海の中、陸の上でそれぞれが複雑に進化し、現在、地球上には多種多様な生き物が存在する。そんな地球生命のなかには、私たち人間には奇抜としか思えない不思議な生態をもつものも多い。
本書で登場する「ハダカデバネズミ」もその一種。
ぜひ、今すぐ検索してその独特な姿を拝んでみてほしい。奇抜なのは姿だけではない。彼らは哺乳類なのに、卵を産む一匹の女王と、繁殖のための少数のオス、繁殖器官が未発達な“その他大勢”が同居して、まるで蟻や蜂のようなコロニーを作って暮らしている。加えて、彼らは「老化しない」というから仰天である。アンチエイジング商品があふれる人間社会の憧れ、かもしれない。
シマウマとライオンの章では、過酷な世界を再認識させられる。シマウマにも「老衰」はない。ただし、彼らの場合、老衰しないのではなく、幼いうちに、あるいは少しでも衰えると、ライオンやハイエナなど食うものに襲われる可能性が高いため、穏やかな老衰が許されないからに過ぎない。
とはいえ、食う方のライオン社会も楽ではない。狩りは失敗の可能性が高く、ケガを負うこともある。負傷したライオンも、リーダーになり損ねた雄ライオンも、老いた王ライオンも、そしてリーダーが変われば旧王家の子ライオンたちにも、悲しい末路が待っている。シマウマとライオン。自分は選べるならどちらを選ぶか?つい想像しながら読んでしまう。
生き物たちの紹介は続く。ある日、砂浜で水死体が発見される。検視の結果、被害者は溺死したウミガメのメス。海の中で暮らすウミガメが、なぜ溺死したのか――?そのほか、食べるための口がない成虫カゲロウ。引っ越しにひとり取り残される女王アリ。何度も若返るベニクラゲ。成長することなく戦い続ける少女アブラムシ……。生き物たちの驚きの生態オンパレードである。
過酷で残酷、そして潔く美しくもある生き物たちの奇妙な生態と死にざま。共通するのは子孫を残すという徹底した一貫性だ。奇抜さは、その目的のためにそれぞれの生物種が選択した苦肉の生存戦略といえる。そう思うと、彼らの奇妙な姿形こそが、この惑星地球で懸命に生き延びてきた力強い生命の姿として見えてくる。
さてここで、である。
本書を読み進めながら、「では私たち人間は?」と立ち返る。
本書のもう一つの魅力は、今そこでこの書評を読み、本書を手にとるかを判断し、生命とは、自分とは何かを問う、あなた自身(人間)の特殊性と奇抜さに気づく糸口が得られることかもしれない。
さて、冒頭の蚊の「彼女」は無事に出産し生き延びることができるのか。
著者はあえて、各所で物語風に彼らの世界へと案内する。連綿と受け継がれ、これからも続いていくだろう生き物たちの営みを、時にぐっと入り込みながら、時に客観的に突き放しながら紹介する。
各章(生き物)とも数ページの読み切り。どこから読んでも良いが、ここはぜひ、気持ちをあずけてどっぷり感情移入して読むことをお勧めする。