文系のための科学本ガイド⑤『人類と気候の10万年史』(評・森田真生さん)
記事:白揚社
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考えるためには、場所が不可欠だ。当たり前だが、自分の脳と身体さえあれば思考が始まるわけではなくて、考えるためにはまず、思考を支えてくれる、身体をとり巻く環境が必要だ。
人類の場合、考えるという行為は、いつも地球という固有の場所で行われてきた。血液の循環や呼吸がなければ思考が成り立たないように、惑星のなかを循環する大気や海洋、生き生きと活動を続ける地球そのものがなければ、どんな人間の思考も不可能だった。
逆に、どれほど自由に思考しているつもりでも、私たちの発想や物の見方は、思考を支える地球の環境に制約されてきた。この制約を自覚するためにはしかし、いまいる場所の外へと想像力を広げてみる必要がある。
「いまいる場所の外」は、必ずしも別の惑星を意味するわけではない。同じ地球でも、「地球の過去には、現代とまるで似ていない時代があった」からだ。
『人類と気候の10万年史』を読むと、このことがよくわかる。過去10万年という、地球の歴史のなかで見れば比較的近い範囲の過去でさえ、精緻に調べると、現代の私たちにはとても想像し難いような、地球の意外な表情が浮かび上がってくる。
もちろん、何億年という時間スケールにまで視野を広げてしまえば、地球の歴史には、想像を絶する時代がいくらでもあった。たとえば、地球が赤道周辺まで氷河に覆われてしまうほど極端に過酷な時代もあった。だが本書が着目するのは、これよりもはるかに「身近」な過去だ。「10万年」とは、地質学的な時間と現実的な人間の時間が、ギリギリ接点を持てる絶妙な時間スケールなのだ。
要となるのは、著者自身もその半生をかけて解析してきた、福井県水月湖の湖底から掘り出された「年縞(ねんこう)」と呼ばれる試料だ。年縞は、湖底などに1年に1枚ずつ形成される薄い地層のことで、いくつもの奇跡的な条件が重なり、若狭湾岸に位置する水月湖には、7万年もの時間をカバーする厚さ45メートルの年縞がきれいに残されていた。
この年縞を地道に、1枚ずつ削り取るように分析していくと、何万年も前の出来事の推移を1年ごとに復元できるという。人間の一生をはるかに凌駕する数万年という時間の広がりのなかに、数年や数十年という、人間にも実感できる時間の流れを詳細に浮かび上がらせる可能性を秘めているのが、年縞資料の貴重な点だ。
およそ1万1600年前に最終氷期が終了して以来、地球は比較的気候が安定して温暖な「完新世」と呼ばれる時代に入った。農業が広まるのも、都市が建設されるのも、文字が生まれ、数を用いた思考や高度な推論が誕生し発展していくのも、すべては完新世の安定した気候のもとでのことだ。ではそれ以前の地球は、どんな場所だったのだろうか。
本書で紹介される古気候学の研究によれば、完新世に先立つ氷期は、いまより気温が低いだけでなく、気温の変動性が高く、気候が極めて不安定な時代だった。この時期に絞って水月湖の年縞を調べると実際、最終氷期末期には数℃にもおよぶ気温の上下が、人間の平均寿命ほどの短い時間幅のなかで複数回起こっていたことがわかったという。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最新の報告書では、温室効果ガスの排出が高いまま推移した最悪のシナリオで、今世紀末の世界平均気温は産業革命前に比べて最大5.7℃上昇する可能性があるとされている。氷期末期には、これと同程度の気温の変動が、一人の一生のあいだだけでも複数回生じていたというのだから、現代の私たちにとっては想像を絶するほど不安定な時代だ。
水月湖で得られたデータによればさらに、最終氷期から完新世の温暖期への移行は、「おそらくある1年を境にとつぜん変化した可能性が高い」という。暴れるような変動性の高い気候が、「まるでスイッチをパチンと切ったかのように」安定した温暖な気候へと突如として切り替わったのだ。
近代の自然科学は、天体の運動から、天気のような複雑な自然現象まで、未来を予測するための高度な技術と方法を粘り強く開発してきた。だが科学を支える数理的な思考や論理は、地球の歴史のなかではむしろ例外的なほど安定した時代のなかで育まれてきたのだ。完新世以前に遡ってみれば、今年と同じような来年がまた来るとは、とうてい信じられないほど不安定な世界があった。未来が予測できるはずだという楽観的な展望そのものが、完新世の安定した気候のなかで芽生え、育てられてきたものなのだ。
優れた科学的思考を通してこそ、私たちは見えないものを見るための目を獲得していくことができる。本書が授けてくれるのも、まさにそのような思考だ。無自覚のうちに私たちが浸ってしまっていた、いまある地球という場所の特異性が、過去との対比を通して明瞭に浮かび上がってくる。
先日、水月湖のほど近くにある「年縞博物館」を訪れる機会があった。「年縞を最高の状態で展示したい」という純粋な情熱が、隅々にまで染みわたった素晴らしい博物館だった。全長45メートル、7万年分の時間が堆積した年縞が、ステンドグラス状に丁寧に加工されて展示されている。もの自体が発する静かな緊張感と圧倒的な迫力が、どんな言葉よりも強く心を揺さぶってきた。
本書を読んだ後に、もし機会があれば、ぜひこの博物館を訪れてみてほしい。いまある自分の思考が、いかに場所に支えられてきたのか。そしてこれからも激しく変動していくであろう地球の荒ぶる環境のなかで、私たちは何を大切にして、どのように生きていけばいいのか。大きな時間の流れのなかに身を置き、静かに思考を深めるためには、またとない1冊であり、場所であると思う。