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人文死生学はいかに誕生したか――『この私が死ぬということ』刊行によせて(前編)

記事:春秋社

デューラー「騎士と死と悪魔」(部分)
デューラー「騎士と死と悪魔」(部分)

人文死生学とは何か

 この1月に刊行された『この私が死ぬということ』という本には「人文死生学の展開」という副題がついている。展開というからには「誕生」があったはずだが、これは『人文死生学宣言――私の死の謎』という題で2017年に刊行されている。だから本書は、人文死生学シリーズの第二弾ということになる。

 人文死生学という聞き慣れない名称の意味については本書にも説明があるが、簡単にいうと「死すべき当事者が、一人称の死つまり自分自身の死を、人文の知を結集して探求する学的営為」ということになる。死生学が日本への導入以来、医療死生学や臨床死生学といった二人称・三人称の死の問題に偏って展開してきたことへの、明確なアンチテーゼとして構想されたといってよい。筆者はこの構想を実現するため、有志と語らって2003年に人文死生学研究会を結成し、年に一度の研究発表の場を設けてきたのだった。詳しい事情は『人文死生学宣言』に収められた「コラム:人文死生学研究会創生のころ」(重久俊夫)を読んでいただきたい。

 さて、「学」を称するからにはその目的と対象と方法を定めなければならない。これを箇条書きにすると――

・目的:「自己の死の謎の解明」
・対象:「自己の死という固有領域の確保。そのための自他の死の認識論的な峻別」
・方法:「原理的に経験不可能な自己の死を語るための方法論的工夫」

となり、これが人文死生学の厳密な意味での成立条件になると筆者は考えている(第15回人文死生学研究会での発表資料より)。

この私を自覚するための実験実習(エクササイズ)

 ここで、「対象」の項で、自己の死という固有領域の確保のための「自他の死の認識論的な峻別」と強調したのはなぜか。実は自他の死を区別することはとても難しいのだ。それ以前に、そもそも自己と他者を峻別することが難しい。なぜなら私たちは日常、何とはなしに「多数の他人たちの間のひとりの他人」としての自己了解のうちに生きているからだ。それを証拠立てるのが、筆者が講義や講演でしばしば実施してきた「マッハ自画像の実験実習」である。

 まず、講義の参加者にA4判ワラ半紙を配り、「配布された白紙を使って、自画像、及び他者像(一人のみ)を一つの画面の中に描いて下さい。ただし、鏡や写真を使わず、目に見えるがままに忠実に写生すること」という描画課題を出す。するとほとんどの参加者は、周囲の知人と自分自身が並んだ場面を第三者的視点で描く。次に有名な「マッハの自画像」に手を加えて他者が闖入した画像(図1)をスライドで見せ、「見えるがままに忠実に描くとこうなりませんか?」と問いかけ、家でもう一度描いてくるよう宿題を出す。そしてマッハ自画像を見る前と見た後の絵の変化について感想を付したレポートとして提出してもらう。

図1 マッハの自画像に闖入した他者
図1 マッハの自画像に闖入した他者

 得られた多数のレポートの中には、おおよそ次のような意義深い感想もあった――

「昔から自画像を描くとなると、他人から見える間接的な自分の姿を描いていた。けれど今回は自分から見えるがままの自分を初めて描き、ここで私は、普段自分を、絵を描いた中の他人と同じ人間の一人として捉えていることに気づいた。そして自分は本当に他人と同じ存在であるのか(うまく表現できないが)という不思議な感覚も感じた……」(『人文死生学宣言』中の「第1章『死一般』でなく『私の死』を謎として自覚するための実験実習(エクササイズ)」参照)。

自他の認識論的混淆を脱して

 そう。「私たち」は普段、自分を他人たちの間の一人の他人として捉えているのだ。それがこの実験実習のように自分を見つめる機会があると、「自分は本当に他人と同じ存在であるのかという不思議な感覚」を生じさせることになる。この感覚のことを心理学では「自我体験・独我論的体験」と名付けていて、筆者の調査では大学生のうち5~20%から回想報告が得られ、初めての体験のピークは7歳~12歳という結果が出ている。

 体験として記憶に残っているかどうかは別として、「自分は本当に他人と同じ存在か」といった、つまり「他者」という問題意識が少しでもあれば、死を思索するのに「私たち」や「あなた」を不用意に語りの主体にはできないはずだ。ところが話題になったイェール大学講義『「死」とは何か』(ケーガン)では「私たち」がほぼ一貫して使われている。また、英語圏分析哲学で盛んになってきた「死の哲学」という分野には「終焉テーゼ」というものがあるが、そこでの語りの主体は「人one」となっている。三人称的には「人」は死体となって人格は終焉するからといって、無反省的に一人称を嵌め込んでいては自他の認識論的混淆を免れない。

 人文死生学研究会は発足いらい、十数名の規模で細々と続いていたが、『人文死生学宣言』を出してから、次第に多くの参加者を集めるようになった。顔ぶれも発表内容も多様化した。オンライン研究誌と提携して原稿を募集するようにもなった。そうやって集積された成果をまとめたのが、今回の『この私が死ぬということ』である。内容については次回に譲る。

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