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条文を読めると視界が晴れる ――白石忠志『法律の読み方がわかる本』より

記事:筑摩書房

はじめに

「法律」、「法務」、「法規」、「法学」などと呼ばれる分野に接することになった場合に、条文や判決の実物を読む力を初歩から身に付け、そのような力を武器として、関係する法的な領域を歩き回れるようになるには、どうすればよいか。この本は、そのような状況を想像しながら書きました。

 そうかといって、初歩だけで終わるつもりはありません。かなり具体的で現代的な話題を取り上げ、それらを素材として、読む経験を積んでいきます。

 そのようにして、楽しみながら、いつの間にか、条文や判決などの法律文章の「読み方がわかる」ようになることを目指しています。

 条文や判決は、難しいものではありません。普通の現代日本語で書かれています。もちろん、若干の約束事はあります。しかし、若干の約束事は、ほかの専門分野にも多くあるのではないでしょうか。条文や判決を読む際の若干の約束事を、具体例とともに整理してお伝えします。別にそれほど難しいものでもないことを理解し、楽しんでいただきたい、と思っています。

 ところが、これまで、条文や判決のうち特に条文に関しては、読み方や約束事を初歩から整理して伝えるということが、十分にはされてきませんでした。

 そのようなことは程度の低い雑多な知識であるとして軽んずる風潮が、あったことを否定できません。それらしい本を紹介し、皆がそれを読んで習得したことにして、説明のないまま先に進んでしまうことは、よくありそうです。

 また、法学のカリキュラムの最初のほうにある基本科目は、多くの場合、既存の条文が改正されないことを前提として、条文を個別の事例に適用する営みに重点を置いています。そのような営みは社会にとって欠かせない重要なものです。ところがその反面で、制度を変える、条文を書き直す、といったことへの意識は、どうしても低めとなりがちです。

 自分で条文を書くプロは、国会の事務局にいるほか、国や地方の行政部門にたくさんいます。国では、成立する法律の多数が内閣提出法律案です。地方公共団体には、国で作られた条文にも照らし合わせながらそれぞれの団体で使う条例や規則の条文を作り整備する人たちが多くいます。

 しかし、法学教育の側では、既存の条文を個別の事例に適用する営みが関心の中心となっていて、自分で条文を書くプロとの間に距離を作ってしまっています。

 また、自分で条文を書くプロが書く解説書は、現場で必要とされる高度な手法に重点があることが多く、これから学ぼうとする人に必要な基本的知識に重点を置いて説明した書籍は、必ずしも多く書かれていないように見受けられます。

 自分で、条文と判決を読めるようになれば、基本科目の理解も進みやすくなります。

 本書は、以下のような組立てとしています。

 条文が個別の事例に適用されて初めて制度が動くのですから、そのイメージを大切にします。最初に、国の法ではない身近な法が動いた具体例で枠組みをつかみます(第1章)。

 その上で、国の法令の条文を読んでいきます。まずは短い法律を読んで一つの法律の全体をつかむ経験をし、次に、条文をめぐる基本的な事柄を確認します(第2章)。さらに、社会的課題を解決するために法律を改正した具体例を読んでいくなどして、条文に対する理解を深めます(第3章)。

 そして、判決を読む経験を積む作業に移ります。その際にも、その事件ではどの条文のどこが問題となっているのか、ということを十分に押さえてから読めば、判決の内容をつかみやすくなります。興味深い最高裁判決と地裁判決を選びます(第4章)。

 最後に、読者が関心を持つ条文や判決などを自分で探し出すにはどのようにすればよいか、つまり初歩的なリーガルリサーチの方法を、紹介します(第5章)。

 段階を追って説明します。まだ説明していない知識がいつの間にか前提となってしまわないよう、留意します。

 これから取り組もうという段階の読者に対して、あまりにも正確を期して厳密になり、難しい話を並べるのは、よくないと考えています。不正確なことや大袈裟なことを書くつもりはありません。しかし、これからという人たちに向かって、あまりにも正確を期して、複雑に枝分かれをしたような話を最初から伝えてどうするのか、という気持ちもあります。基本の型を身に付ければ、枝分かれにはそれぞれの人が対応できます。大雑把な枠組みをつかんで、次に進むのが、本書のスタイルです。

 質問と答えのコーナーを多く置きます。それらは、正確を期して細かいことを書いたというよりも、枠組みをつかむのに有益な楽しい小ネタである、と考えていただければ幸いです。

条文を読めると視界が晴れる(第2章第1節より)

♰条文はなぜ重要か

 法を学ぶには、条文を読むことが重要だと、よくいわれます。そもそも、なぜ、条文は重要なのでしょうか。

 それは、法令の条文が、一般的に通用するルールを言語化したものだからです。

 国の法令のうち、法律を例に取ってみましょう。法律は、国会で可決されて成立します。

 国会は、選挙で選ばれた議員によって構成されています。選挙で選ばれた議員は、全国民を代表しています。そのような国会で、この国を規律する一般的なルールはこれである、と認められたのが法律です。そうであるからこそ、法律の条文は重要であり、参照する必要があるのです。

 以上のことは、思いつきを書いたのではなく、日本国憲法第41条~第43条や、第59条のあたりを見ながら書いています。このように、条文によれば、こうなっている、というように示すことは、何かを主張する際に、その主張を支える後ろ盾ともなります。

第四十一条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
第四十二条 国会は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する。
第四十三条 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。
② (略)
第五十九条 法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。
②~④ (略)

「法令」という場合には、法律だけでなく、法律より上位である憲法も含みますし、法律より下位である政令や省令なども含みます。政令は、内閣が制定する法令です。省令は、例えば財務省のように、個別の省が制定する法令です。省令と同等のものとして、内閣府が制定する府令や、公正取引委員会のような行政委員会などが制定する規則などがありますが、以下では、説明が煩雑とならないよう、単に「省令」と呼んで説明します。そして、以上のような国の法令に加えて、地方公共団体が制定する条例や規則もあります。

 法令を構成する文章のことを「条文」と呼んでいる、と考えてください。

  • 【質問】
    日本国憲法第41条では、「国権の最高機関であつて」というように、促音が大きな「つ」になっています。法令の条文ではこのように書くのでしょうか。

    【答え】
    法令における拗音や促音の書き方については、昭和63年の7月に内閣法制局の通知があり(内閣法制局長官総務室「法令におけるよう音及び促音に用いる「や・ゆ・よ・つ」の表記について(通知)」)、おおむね平成に入った時期から、拗音や促音が「大書き」(や・ゆ・よ・つ)から「小書き」(ゃ・ゅ・ょ・っ)に移行しています。裁判所の判決も、その頃、「大書き」から「小書き」に移行したようです。

    法令では、制定時に「大書き」をしていたものは、令和に入ってからの改正で追加された条文でも「大書き」をしており、それはそれで、味があります。

  • 【質問】
    日本国憲法第59条第1項の「特別の定のある」の「定」は、どう読むのでしょうか。

    【答え】
    「さだめ」と読みます。日本国憲法が公布された昭和21年頃は、送り仮名が少なめだったのです。今から条文を書き下ろすなら、「定め」と書きます。同じような例として、当時の頃なら「責に帰すべき理由」と書いたのだが、今なら「責めに帰すべき理由」と書く、というものがあります。いずれも、「せめにきすべきりゆう」と読みます。

    送り仮名の付け方をめぐる現行ルールを示す資料については、この第2章1の末尾で触れます。

♰条文を読めると制度の概要を把握できる

 法令の条文を読めると、その制度の概要を把握することができます。

 その法令の所管官庁などが、わかりやすいスライド資料を作っていることもあり、それらは、多くの場合、有益です。しかしそれらは、法令の条文に書かれていることを短めにまとめたものです。わかりやすく短くしようとして省略したり変えたりしたところも多くあります。その分野について深く調べて検討すればするほど、複雑な話や細かい話が重要になります。そのようなことが、法令の条文には正確に書いてあるのに、わかりやすいスライド資料では省略されている、ということがあります。きちんと理解するためには、法令の条文を読めるに越したことはありません。

 そこで以下では、チケット不正転売禁止法の条文を読んでみます。

 なぜチケット不正転売禁止法か。チケット不正転売禁止法は、平成30年に制定された法律であり、現代日本語で書かれています。現代的な法令は長大なものも多いのですが、チケット不正転売禁止法は驚くほど短い法律です。そして、チケット転売という、多くの人が身近にイメージしやすい問題を取り扱っています。

 以下で、チケット不正転売禁止法の概要を把握したら、その後、条文の読み方の基礎的な約束事を説明します。ゼロの状態から基礎的な約束事を学んでいくのは、砂をかむような苦しい作業となってしまうこともあります。チケット不正転売禁止法のような具体例に触れた後であれば、基礎的な約束事も理解しやすくなるのではないかと考えました。

  • 【質問】
    チケット不正転売禁止法について調べたら、もう少し長くて難しい名前が付いているようでした。

    【答え】
    「特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律」という名前ですね。この正式の名前を、法令の世界では「題名」と呼んでいます。

    題名にも、「民法」や「著作権法」のように簡潔で短いものもあるのですが、どうしても長くなってしまうこともあります。

    そこで、ふだん使いやすいように、また、一般の人が親しみやすいように、所管官庁などが略称を決めて、略称を前面に出してウェブページを作ったりスライド資料を作ったりすることがあります。「チケット不正転売禁止法」は、そのような略称の例です。

    昔の法令の中には、題名が付けられていないものがあります。そのような法令は、その法令が官報かんぽうで公布された際の公布文から切り取った名前で呼ばれています。そのようなものを「件名」といいます。

♰チケット不正転売禁止法に違反するとどうなるか

 チケット不正転売禁止法はとても短い法律なのですが、その短い法律の中から更に厳選して、いくつかの条文だけを取り出してみました。

  (定義)
第二条 この法律において「興行」とは、(略)
2 この法律において「興行入場券」とは、(略)
3 この法律において「特定興行入場券」とは、(略)
  一  興行主等(興行主(興行の主催者をいう。以下この条及び第五条第二項において同じ。)又は興行主の同意を得て興行入場券の販売を業として行う者をいう。以下同じ。)が、(略)
 二・三  (略)
4 この法律において「特定興行入場券の不正転売」とは、興行主の事前の同意を得ない特定興行入場券の業として行う有償譲渡であって、興行主等の当該特定興行入場券の販売価格を超える価格をその販売価格とするものをいう。
  (特定興行入場券の不正転売の禁止)
第三条 何人も、特定興行入場券の不正転売をしてはならない。
  (特定興行入場券の不正転売を目的とする特定興行入場券の譲受けの禁止)
第四条 何人も、特定興行入場券の不正転売を目的として、特定興行入場券を譲り受けてはならない。
第五条~第八条 (略)
第九条 第三条又は第四条の規定に違反した者は、一年以下の拘禁刑若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
2 前項の罪は、刑法(明治四十年法律第四十五号)第三条の例に従う。

 一つの法令の中で、どの条文から読み始めるかは、状況によって様々なのですが、今回は、「刑」や「罰」という厳しい文字が入っている第9条から見ていきましょう。

 第9条のうち、「2」と書いてあるのが第2項です。その前にある、「第三条又は第四条の規定に……又はこれを併科する。」が、第1項です。「1」と書いてありませんが、第1項です。そうしたことは後で説明しますので、しばらくこのまま一緒に読んでいってください。

 第9条第1項を見ると、第3条や第4条の規定に違反したならば刑罰の対象となりそうであるということがわかります。

 どのような刑罰かというと、「一年以下の拘禁刑若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」となっています。「しくは」と「又は」は、いずれも「or」の意味なのですが、法令の条文の世界では、「又は」と「若しくは」を書き分ける明確なルールがあります。それについては、第2章3で触れます。

  • 【質問】
    刑罰がされない規定には、違反しても問題はないということでしょうか。

    【答え】
    そのようなことはありません。違反がある場合には行政当局によって措置命令をされるとか、課徴金を課されるとか、社名が公表されるとか、そういったことが効き目を持つこともあります。多くの企業などが評判(レピュテーション)を気に掛けて法令遵守(コンプライアンス)をしているからです。

    そうではあるのですが、その中でやはり、刑罰が科されるものは特に重要ですし、力を入れて規制がされる可能性が高いので、注目する必要があります。そこで、ここでは刑罰の対象となっている規定に注目しました。

    なお、刑罰の場合は「科する」、それ以外の場合は「課する」、と書きます。

白石忠志『法律の読み方がわかる本』(ちくま新書)
白石忠志『法律の読み方がわかる本』(ちくま新書)

『法律の読み方がわかる本』目次

はじめに

第1章 法的な現象はどこにでもある
1 大谷翔平選手の東京ドームでの打球はホームランか

三つの法的問題/シンプルな法的三段論法の例/大谷選手の打球については法的三段論法が3回出てくる
2 本書の方針
国の法を主に念頭に置く/まず条文から

第2章 法令の条文を読む
1  条文を読めると視界が晴れる

条文はなぜ重要か/条文を読めると制度の概要を把握できる/チケット不正転売禁止法に違反するとどうなるか/どのような場合にチケット不正転売禁止法に違反したことになるか/「特定興行入場券の不正転売」の定義を読む/チケット不正転売禁止法のまとめ
2 条文の基本的な部品
条文の原文は縦書き/条・項・号/イロハ/項番号は「2」から振られる/枝番号/「第」を書くか省略するか/「前条」「前項」「前号」・「次条」「次項」「次号」・「同条」「同項」「同号」/「ただし書」と「本文」/「前段」と「後段」
3 条文の基本的な用語
「その他」と「その他の」/「又は」と「若しくは」/「及び」と「並びに」/複数の読み方があり得る場合―例1:「興行」の定義/複数の読み方があり得る場合―例2:住居侵入等の罪

第3章 法令の条文を読みこなす 
1 法令はどのようにして作られるか

条文は変わる/「閣法」/制定・改正の前の段階/制定・改正の案/制定・改正の後の作業/緊急銃猟制度:改正の前の検討/緊急銃猟制度:改正の案/緊急銃猟制度:改正の後の作業
2 古い条文と新しい条文
現代の条文は現代日本語で書かれている/古い用語・言い回し/古い送り仮名/古い漢字使用/実態に合わない古い言語化/言語の論理体系の変化(?)/基本法令はいつ書かれたか/新しい条文から慣れたほうがよいのではないか
3 法令の条文をめぐるいくつかの現象
法令による下位法令への委任/一般法と特別法/一般法と同じなら言及されない/概念の相対性

第4章 裁判所の判決を読む
1 条文を個別の事例に適用する

一般的なルールを具体的な場面に生かす/行政機関も個別の事例での判断を行う/原文は横書き
2 法的三段論法
三段論法/法的三段論法/認知症罹患者列車事故(JR東海)の最高裁判決の構造を読み取る
3 最高裁判決は一般的な規範を示すものか
そもそも「判例」とは何か/藤田宙靖「最高裁判例とは何か」
4 様々な最高裁判決を読む
コンテナ倉庫の最高裁決定/那須塩原別荘地の最高裁判決/敦賀市区域内最終処分場の最高裁判決/裁判所ウェブサイトの「判示事項」/上告受理の申立て
5 下級審判決を読む
地裁判決を1件だけ選んで読む/判決の背景/判決を見付ける/判決の組立てをつかむ/判決が示した「規範」を読み解く
6 立証責任
立証責任とは/「どちらともいえない」がある世界/「推定する」と「みなす」

第5章 リーガルリサーチ
1 リーガルリサーチの入口で

ツールを漫遊してみる/わかったことを書いてみる/当たりを付ける
2 法令をリサーチする
紙の六法は必要か/e-Gov 法令検索/法律の改正の構造/法律の改正をめぐるリサーチの方法/名古屋大学の「法令データベース」
3 行政文書をリサーチする
4 判決をリサーチする

裁判所ウェブサイトの「裁判例検索」/有料の判例データベース/事件番号の重要性/民集・刑集と調査官解説/民事裁判情報の提供方法の変革

おわりに

参考文献

索引

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