「日本国憲法のお誕生」書評 祝賀グッズに見る制定劇の実像
ISBN: 9784641227965
発売⽇: 2020/11/06
サイズ: 19cm/218p
日本国憲法のお誕生 その受容の社会史 [著]江橋崇
日本国憲法は大急ぎで作られ、賛否を問う国民投票もしていない。では肝心の国民はどう受けとめたか。著者は長年収集した当時の記念・祝賀グッズなどの物品史料から、文献では見えない側面を照らし出す。
紙芝居、レコード、かるたの啓発用具「三点盛り」はもとより、記念の切手や切符、映画から教科書まで、カラー図版のグッズの数々は見ているだけで楽しい。だが天皇の「御下賜(ごかし)」の性格を薄めた銀杯や、国会議事堂に自由の女神像を乗せた奇妙な図像の乗車券には、占領軍の強圧と、変化を呑(の)みこめない日本側の困惑が映り込んでいる。
ここで副題の持つ含みがわかる。物品史料は、国民に受容させようとした側の憲法受容の底の浅さをこそ物語る。「天皇を戴(いただ)く主権在民」、軍備放棄、文化国家が当初の三本柱で、基本的人権を尊重すべき政府の自覚は弱かった。そこに「官僚主導の国家体制の維持継続を滑り込ませた」制定劇の実像が浮かぶ。
お宝開陳の合間には、条文解釈ではわからない論点が次々出てくる。憲法記念日はなぜ公布ではなく施行の日なのか。憲法附属(ふぞく)法ともいうべき重要法律の改正実態を無視して、憲法改正論議に意味があるか。皮肉のたっぷりきいた語り口で憲法講義の番外編と見せながら、読者をヒヤリとさせる。実はこれが主権者に必要な本編かもしれない。
制定劇で国民はどこにいたか。「拍手喝采するバック・コーラス」を割り振られたと、著者は手厳しい。半官半民の憲法普及会のかるたより、「草の根のかるた」の方が新憲法の理念をはるかに良く表現した。だがその熱意も、戦前来の中央への「協賛」のまま、親戚の子の「お誕生」を祝う感覚ではなかったか。
新憲法が主権者の家族となる本来の誕生日。それは「市民がこの憲法を自分のものにして活用するようになった」時だ。その道のりを描く続編、つまりは著者の同時代史も期待したい。
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えばし・たかし 1942年生まれ。法政大名誉教授(憲法学)。著書に『「官」の憲法と「民」の憲法』『かるた』など。