物流の現場から読む注目の歴史書3冊 紀伊國屋書店員さんおすすめの本
記事:じんぶん堂企画室
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まずご紹介するのはドイツ史の大家、菊池良生先生の『ウィーン包囲』(河出書房新社)。当時「神聖ローマ帝国」と呼ばれたドイツ。オスマン帝国のヨーロッパ侵攻にあたり、16世紀と17世紀に2度にわたって包囲攻撃され、ともに持ちこたえたウィーンの都をめぐる歴史書です。
おおざっぱに言うと「ヨーロッパ対トルコ」、「キリスト教対イスラム教」という対立ですが、むかえるヨーロッパ側も一枚岩ではなく、裏切りや権謀術数のひしめく政治状況。「敵の敵は味方」でフランスはトルコに肩入れしたり、「ありがたいけれど後々大きい顔されても困るから」とブランデンブルクの援軍を断ったりと、今も昔も面倒くさい政治交渉の過程も、西洋史の、そして本書の醍醐味です。一方の攻めるオスマン・トルコ。その兵士の強さの要因が「アルコール摂取の禁止と沐浴(もくよく)」、「戦場に女性を引き連れないこと」(ムスリムだから)というところに、規律というものの大切さを改めて実感します。
そして迎えた1683年「第二次ウィーン包囲」。ドナウ川の物流拠点はやはり初期に攻撃され、物流は遮断されます。目前に迫った敵の大軍を前にして、ともあれ一致団結するウィーン。司令官や市長、市民、行政者、要塞(ようさい)技師など「現場の人々」の活躍ぶりに、ページをめくる手が止まりません。
次にご紹介するのは「じんぶん大賞2020」にもランクインした『独ソ戦』(岩波書店)。今度はドイツが攻める側。ちなみに前掲のウィーン包囲につながるオスマン帝国のヨーロッパ侵攻と共通するのは、「相互不可侵条約の破棄」でした。初期には電撃戦による快進撃を重ねつつも次第に消耗していったドイツ軍。イデオロギーに左右され「兵站(へいたん)」を軽視したところから、無謀で凄惨(せいさん)な絶滅戦争に至った内実がつまびらかにされます。ナチス軍に900日間包囲され100万人以上の犠牲者を出したというレニングラード包囲戦など、20世紀の戦争の凄惨さと、そこに至るメカニズムを解体した一冊です。
日本の歴史上にも有名な包囲戦はありますが、最後に紹介するのは戦そのものではなく、「兵糧」について書かれた『戦国、まずい飯』(集英社)。籠城(ろうじょう)戦で知られた高橋紹運もほんのちょっぴり登場します。
戦国時代の兵糧はやっぱり米と味噌(みそ)。ちなみに本書によると、兵士1日分の食料は「米が1人1日6合、塩は10人で1日1合、味噌10人で1日2合」と」江戸時代の文書にあるそうです。白米ではないだろうけれど、米を1日に6合ってやはり兵士は肉体派。
本書で紹介されている中でも気になったのは「干し飯(ほしいい)」。つまり乾燥させたお米。古典の授業で習った『伊勢物語』にも主人公が「乾飯(かれいい)」を食べたというくだりがあって、干した米(餅ではないらしい)という野性味が魅力的だなあと思ってはいましたが、やはり「干し飯」は煮炊きができない状況でも食べられる、保存と携行性に優れた和風レーションでした(しかも20年保存可能!)。
この他、本書に登場する「芋がら縄」。食べられる縄。まさに実用性たっぷりで、しかも著者によるとおいしいという、里芋を材料としたこの縄の作り方については本書をお読みください。日本がもともと東南アジアやポリネシアにも通じるイモ文化圏であったという説も感慨深いことながら、ごはんと味噌汁と、そしてそれが家庭に届くという物流のありがたみが増す一冊です。