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9条は「ならず者国家」を「平和国家」に作り替える規定だった 篠田英朗『ほんとうの憲法』より

記事:筑摩書房

original image:Monet / stock.adobe.com
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 国際協調主義を謳う日本国憲法にとって国際法との調和は、必須事項である。憲法学の分野では、しばしば「憲法優越主義」を掲げて、あたかも憲法によって国際法を否定することも容易だと言わんばかりの議論がなされるときもある。だがそれは憲法の精神に反する態度であろう。日本国憲法は、国際協調主義にもとづき、憲法と国際法の調和を求めている。

 それだけではない。素朴な視点で国際法と日本国憲法を見れば、1947年日本国憲法が、先に成立していた1945年国際連合憲章を後追い的に追認するものであったことが判明してくる。日本国憲法が世界最先端の画期的な平和主義を持っている、という日本の憲法学者が広めたロマン主義的な思い込みは、一度忘れ去ってみよう。むしろ満州事変などを通じて「敵国」が行った侵略行為に国際法が対応できなかった反省から、より包括的に「武力行使」一般を禁止するようになったのが、国連憲章2条4項であることを思い出してみよう。そうすれば、あたかも国際社会では戦争が自由に許されているが、日本国憲法だけが戦争を禁止しているかのように考えるのが、完全な誤りであることが見えてくるだろう。

 日本国憲法制定当時、日本は独立国家ではなく、国連加盟国でもなかった。したがって憲法の条項を通じて、国連憲章の規定を守る法的枠組みを確立しておこうと憲法起草者が考えたとすれば、それは当然かつ合理的なことであったはずだ。国連憲章より後に成立したものでしかない日本国憲法が、国連憲章を追認する内容を持っていることを不思議に思うのは、単に日本人の国際的な歴史感覚の欠如による。

 このように論じることは、しばしば憲法に対するロマン主義的な感情を逆なでする。日本国内では、多くの場合、憲法9条が非現実的なまでに先進的であり、国際法も凌駕していると信じられているからだ。しかし実際にはそうではない。憲法より先に成立した国連憲章のほうに、憲法よりも包括的な形で武力行使の一般的違法化が定められている。

 一般の人々が、時代錯誤的な国際法規範が今日でもまだ有効性を持っているかのように誤解しているのも、深刻な問題ではある。しかし法学者が、20世紀前半のカール・シュミットなどを参照しながら、国際社会における戦争や交戦権なるものの説明などを行うのは、もっと深刻であり、ほとんど罪深いと言ってもいいことではないだろうか。

 確かに、憲法9条2項にもとづいて、一切の軍隊を保持しない状態を維持したのであれば、日本は世界でも非常に希有な国家として知られることになっただろう。ただそれは発生しなかった。自衛隊が問題視されることが多いのだが、実は在日米軍によって先に、憲法制定当時から、9条2項が純粋に一切の戦力の存在を禁止する規定ではなかったことが証明されている。在日米軍は、憲法成立よりも前から日本に存在し、現在でも5万人規模で駐留している。

 「前項の目的を達するため」、つまり「国権の発動たる戦争」を放棄しながら、なお持てる軍事力だけを持つのは、世界のほとんどの国が採用している仕組みである。自衛のための軍事力しか持たないというのは、全く普通のことである。いったい世界のどの国が、自衛以外の目的で軍隊を保持しているだろうか。

 憲法9条は、世界でも例外的に希有な規定として価値を持っているわけではない。むしろ憲法9条は、日本が国際標準の規範を遵守することを宣言しているという点において、大きな意味を持っている。「戦争の回避」は、画期的な原則でも、世界最先端の原則でもない。憲法9条の価値は、例外性にあるのではない。その国際標準的な性格にある。

 1947年当時の日本が、国際社会において、どのような国であったか、客観的に振り返るべきである。日本は、満州事変によって国際連盟が象徴した第一次世界大戦後の国際法規範にあからさまな挑戦をし、東アジアにおいて空前の侵略行為を繰り返した挙句に、世界のほとんどの国が同盟関係を結んだ「連合諸国(United Nations)」に敗れ去った、いわば「ならず者国家」であった。その国家が、終戦後間もない占領中の状態で、憲法9条で一気に世界の理念的指導者になったなどというロマン主義的物語は、ナショナリズムに基づく夢想に過ぎない。「ならず者国家」を「平和国家」に作り替えるための規定が9条であり、平和国家に生まれ変わったことは誇るべきであるとしても、9条を持っていることが日本の誇らしい行為の結果だと誤認すべきではない。

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