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『全国データ SDGsと日本』より――足元の課題を直視せよ

記事:明石書店

『全国データ SDGsと日本――誰も取り残されないための人間の安全保障指標』(明石書店)
『全国データ SDGsと日本――誰も取り残されないための人間の安全保障指標』(明石書店)

「人間の安全保障」とは何か

 近年、人々の「経済的豊かさ」や「人間開発」を超えて、「幸福」や「生活の質」を測り、指標化し、政策に役立てるための試みが多くの国や国際機関などで進められている。発展や人々の生活を、物質的な豊かさによって評価するのではなく、より包括的に理解することを目指す試みである。さらに、人間社会と自然環境の関係を問い直す試みや、人間社会の内部の根強い不平等など、個人をとりまく社会のあり方を問い直そうとする試みも次々と生まれている。

 その端緒が、国連開発計画(UNDP)が1994年に『人間開発報告書』で提唱した、安全保障を総合的に考える「人間の安全保障」の概念である。その後、この概念を世界に広め定着させるのを主導したのは日本である。

 人間の安全保障を国連で主流化する日本の努力の結果、2012年に国連総会で「あらゆる人間の命、生活、尊厳を守るために、人間を中心として統合的に様々な脅威と取り組む」という人間の安全保障の共通理解が合意され、今やこの考えが世界のコンセンサスとして定着している。

足元から取り組む人間の安全保障

 人間の安全保障は、これまでは主として途上国の開発や紛争国への支援、紛争後の平和構築などに資する国際協力の理念として、日本の「外」の世界を理解するために用いられてきた。日本政府の開発協力大綱にも人間の安全保障の考え方が盛り込まれており、日本の援助理念のひとつとして定着してきたのは素晴らしいことである。

 しかし、それだけでは十分ではない。様々な格差や貧困、地域社会の絆の消失など、日本社会に内在する脆弱性に人々が注目し、議論が広がりつつあったときに「東日本大震災」と「福島原発事故」が起き、人間の安全保障が日本自身の問題でもあることが再認識されている。

持続可能な開発目標(SDGs)と人間の安全保障との関係

 2000年に国連総会で、2015年までに貧困率を半減する目標を掲げたミレニアム開発目標(MDGs)が合意されて以降、途上国の貧困率、乳幼児死亡率は減少し、一定の成果は上げた。しかし、紛争や貧富の差は解消しないどころか拡大した。このため、貧困の撲滅には経済手段だけではなく、平和、人権が密接に関連していることが認識されるようになった。

 このように平和と開発、人権を結びつける考えから、2015年に国連総会首脳会合で持続可能な開発目標=SDGsが合意された(アジェンダ2030)。SDGsは、すべての国に住む人間が安心して人間らしい生活ができる誰も取り残されない社会を、2030年までに実現することを目標とする。MDGsを人間の安全保障の視点から拡大、普遍的な目標に発展させたと言い換えることができる。

SDGsの17目標を示したアイコン
SDGsの17目標を示したアイコン

 人間の安全保障の観点から見ると、すべての人は、命・生活・尊厳を確保する権利がある。まず、命や生活を脅かされているすべての人を守らなければならない。さらに大切なことは尊厳である。この世に生まれたすべての人が、自分の存在が意味あるものであると思えるような社会を作らなければならない。

日本におけるSDGs実現への課題

 SDGsでは、貧困・格差、差別、暴力・紛争などに関する17の目標への取り組みが求められる。その目標を達成するために、進行状況のチェックリストとして232のSDGs指標が合意された。SDGs指標は、いわば国際公約となっており、達成するために着実な行動をとることが重要である。

 一方これらの指標は、世界の紛争国や貧困国も交えた全世界共通の指標であるため、その相当部分が日本のような先進国には該当しないという問題がある。日本はジェンダーや環境・資源の分野ではかなり遅れているが、所得水準、健康・保健、教育、エネルギー、インフラなど多くのSDGs指標をほぼ達成し、達成しつつある(2019年6月に発表された最新のSDGsレポートによると、162か国中、SDGs達成状況において日本は15位)。

 しかし日本で、すべての人の命、生活、尊厳が尊重され、人間らしい誇りを持って生きていると言えるだろうか。SDGsの理念である、誰も取り残されない包摂性のある社会が達成されているとは言いがたいであろう。日本において誰も取り残されない社会を目指して取り組むためには、SDGsの個別指標の達成を機械的に目指すだけでは不十分である。

誰も取り残されない日本を作るために

 誰も取り残されないためには、アジェンダ2030で謳われている通り、最も遅れているところに第一に手を伸ばすべく努力する立場から出発した方が良いのではないか。日本の社会で取り残されている人を指標で可視化することによって、2030年までの具体的な目標を立て、対策をとることができる。

 このように人間の安全保障の概念を正面から加えることで、SDGsは完全なものになる。日本に内在する貧困・孤立、いじめ、様々な差別や偏見・排除の実態を可視化して、取り残されがちな人に焦点を当て、それらの問題を減らす努力が求められる。

 NPO法人「人間の安全保障」フォーラムは、この指標作成のために、人間の安全保障学会の協力を得て、各分野の専門家、研究者、実践活動を行うNPOや各種団体の職員からなるプロジェクトチームを構成した。チームは、外部の専門家の助言を得つつ、約1年かけて指標作成作業を行い、2018年12月、日本ユニセフ協会との共催シンポジウムで日本の人間の安全保障指標を発表した。

本書より。客観的指標から算出した総合指数(左)、主観的要素である社会的連携指数(右)を示す。色が濃いほど課題が大きい。既存の幸福度調査と類似した傾向を示す総合指数に対し、連携性は必ずしもそれに一致せず、驚かされる
本書より。客観的指標から算出した総合指数(左)、主観的要素である社会的連携指数(右)を示す。色が濃いほど課題が大きい。既存の幸福度調査と類似した傾向を示す総合指数に対し、連携性は必ずしもそれに一致せず、驚かされる

本書の構成とねらい

 本書では、すべての人が取り残されない社会を築くために、主たる課題を人間の安全保障指標として都道府県ごとに指数で可視化する。それによって、どこで、誰に、何に重点に置いて取り組みを強化すべきかを浮き彫りにして、如何なる改善が必要か提言したい。

 まず第1部で、日本の人間の安全保障指標に関して、SDGs指標との比較、データでみた指標別ランキング、都道府県別指数(総合指数、命指数、生活指数、尊厳指数)、アンケート調査による主観的評価、都道府県別プロフィールを取り上げる。

 第2部では、取り残されがちな個別グループの課題として、子ども、女性、若者、高齢者、障害者、LGBT、災害避難者、外国人の現状と実態、課題を分析して、改善策を提供する。

 第3部では、以上の分析から読み取れる日本の人間の安全保障の実態を概観して、誰も取り残されない社会を作るための提言を行う。

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