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謙虚に見せるのは、日本人の戦略だった 『「日本人」という、うそ』より

original image:Haru / stock.adobe.com
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日本人の「ホンネ」を探る

 日本人が匿名状態の実験であっても、自己卑下の傾向を示してしまうのは、おそらくこうしたデフォルト戦略が選択されたためではないか、というのが私の考えた仮説です。

 普通の人にとっては心理学の実験を受けるのは経験のないことなのですから、どう行動すべきかについて判断に迷うのは、むしろ当然なのかもしれません。たとえ匿名性が保証されていると言われても、それを信じて素直にホンネをさらけ出せる人は案外少なくて、「とりあえず」「無難な」戦略として、卑下することにしたのではないかというのが私の推測でした。

 しかし、それで匿名状態で日本人が卑下する傾向を見せることが説明できたとしても、いったいどうすれば自己卑下という「デフォルト戦略」を発動させることなく、実験参加者に「ホンネ」をさらけ出してもらうことができるでしょうか。

 そこで私は次のような実験をすることにしました。

 この実験では、北海道大学の学生たちに「総合認知能力テスト」と称する20問のテストをやってもらい、その試験の直後に「あなたの成績は大学平均よりも上回っていると思いますか、それとも下回っていると思いますか?」という質問を出します。

 もし、この学生たちに自己卑下や自己高揚といった自己評価の偏りがないとしたら、このときの答えは「上回っている」と「下回っている」とがだいたい同じ数になっているはずです。

 なぜならば、この段階では、実際に自分が平均より上か下かを知る材料は彼らにはまったくありません。この種のテストを受けた経験もないし、他にどんな人たちがテストを受けたかも分からないのですから、自己の成績については当てずっぽうに答えるしかないからです。

 そこで実際に尋ねてみると、およそ七割近い学生たちが「自分は平均より下だろう」と答えました。ですから、まさにこれは自己卑下傾向があるということになります。

 ですが、これがはたして実験参加者のホンネかどうかといえば、大いに疑わしいところです。状況が分からないときには、とりあえず自己卑下をしておけば無難というデフォルト戦略が発動しているのではないかと疑われるからです。

やはり日本人にも「うぬぼれ心」はあった

 そこで、私はもう一回、これと同じ実験を別の参加者たちを相手にやることにしました。

 ただし、このとき、一つだけ条件を変えることにしました。

 それは、先ほどの質問をこのように変える、というものでした。

 「あなたの成績は大学平均よりも上回っていると思いますか? 下回っていると思いますか? もし、あなたの自己評価が当たっていたら参加謝礼の700円とは別にボーナス300円を出しますよ」

 このとき、参加者の回答はどうなったと思われますか?

 何と、このボーナスを付けたとき、回答者のおよそ70%が「私は平均より上だと思う」と答えたのでした。

 断わっておきますが、ボーナスはあくまでも「自分の成績が平均より上か下か」を正しく当てたときにしかもらえないのですから、参加者たちは見栄を張る必要も、謙虚になる必要もありません。

 つまり、正真正銘のホンネで、自分の試験成績が平均より上か下かを考えてもらうと、七割の人が「自分は他の人より成績がいいはずだ」と答えた──ということは、実は日本人の心にも、欧米人と同じように「うぬぼれ」のバイアス、すなわち自己高揚傾向があるということを、この実験は示唆しています。

 つまり、日本人の心の働きも、アメリカ人の心の働きも、そう大差はないというわけです。

 また、それと同時に重要なことは、日本人が自己卑下傾向を見せるのはあくまでも、謙虚にしたほうが日本社会ではメリットがあるからにすぎないという事実です。

 本来、日本人も心の性質として自己高揚の傾向を持っているのであれば、アメリカ人と同じように自分の能力をポジティブに評価して、人前でも積極的に自己をアピールしても不思議ではありません。

 しかし、実際にはそうならないのは、日本の社会では特定のシチュエーションを除けば、自己評価をストレートに外に表わすよりも、謙虚な形で示したほうが失敗したときのダメージが少ないし、むしろメリットも多いからです。

 つまり、「日本人らしい」と思われていた謙虚さとは、日本人が本来的に持っている心の性質などではなく、日本の社会にうまく適応するための「戦略」として生まれてきた態度だったというわけです。

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