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欧州市民は移民・難民をどう見ているか──EU最大の失敗 『欧州ポピュリズム』より

記事:筑摩書房

original image:agcreativelab / stock.adobe.com
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 2015年以来、中東と北アフリカにおける紛争や政治的不安定のために、EUは難民危機に直面してきた。2015年および2016年にそれぞれ約130万人がEU各国で難民庇護申請を行った。この危機はEUとトルコの難民流入への対処に関する合意により何とか小康状態にある(図表1)。

【図表1】EU28加盟国における難民庇護申請者数(2006~16年)
【図表1】EU28加盟国における難民庇護申請者数(2006~16年)

 移民・難民問題において、難民申請者に混じって経済目的の不法移民が数多く存在することが、EU各国の国民にとって大きな不満と憤りの原因となっている。とくに、コソボ、アルバニア、セルビア、マカドニア、ボスニアなどからの難民申請者の認定率は10%未満であり、その大多数が不法移民となっていることを示している。また、移民・難民に関するもうひとつの問題点は、難民不認定者を含む不法移民に送還命令を出しても、実際にそれが実行される割合が50%を切っているということである。

 このような大量難民の流入と滞留が、EUに敵対的なポピュリスト政党が台頭する背景のひとつとしてある。また、欧州統合を各国の主権、文化、安全および福祉国家に対する脅威と結びつけるものとなっている(Raines, Goodwin & Cutts 2017)。

 2017年、イギリスのシンクタンク、チャタム・ハウス(Chatham House)から、「欧州の将来──大衆とエリートの態度比較」(Raines, Goodwin & Cutts 2017)という調査の結果が公表された。それは、2016年12月から2017年2月までの期間に、欧州10カ国(オーストリア、ベルギー、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、イタリア、ポーランド、スペイン、イギリス)で行われた調査に基づく。

 なお、この調査での「エリート」とは、「地方、地域、全国および欧州の各レベルにおいて、四つの重要な部門(選挙された政治家、メディア、ビジネス、市民社会)で影響力を有する立場にある個人」をいう。

 このなかのEUの最大の失敗は何かに関する調査で、大衆は、難民危機、官僚主義と過剰な規制、大量移民をトップ3として挙げている。これに対し、エリートが挙げるトップ3は、官僚主義と過剰な規制、難民危機、緊縮政策である。両者の意識には明らかな相違があることがわかる(図表2)。

【図表2】EUについて最大の失敗と思うこと
【図表2】EUについて最大の失敗と思うこと

 ちなみに、難民問題に対するEUの対応を支持するかどうかをEU9カ国で調査した結果(Pew Research Center 2017)を見るならば、すべての国において「支持しない」が「支持する」を大きく上回っている(図表3)。

【図表3】難民問題へのEUの対応に対する支持率(2017年、EU9カ国)
【図表3】難民問題へのEUの対応に対する支持率(2017年、EU9カ国)

 次に、欧州市民の移民に対する態度に関する「欧州の将来」の調査を見るならば、この問題でもエリートと大衆で意見が大きく異なっていることがわかる。大衆の44%は、移民が自国に否定的な影響を与えていると考えている。エリートは57%が移民を自国にとってよいことであると見なしている。また、大衆の38%は移民が文化的生活を豊かにするとの考え方を否定しているのに対し、エリートの58%が肯定している。大衆の過半数である51%が移民により治安が悪化したと考え(エリートは30%)、また、大衆の55%が福祉国家に悪影響があるとみなしている(エリートの49%は悪影響がないと考えている)。

 なお、「移民に関する決定はEUと加盟国のどちらが行うべきか」という問いに対する結果(Pew Research Center 2017)を見ると、自国政府が決定すべきであるとの回答がすべての国において圧倒的多数を占めている。これは、第三国からの移民および他のEU加盟国からの移民のいずれにおいても同様である(図表4)。

【図表4】移民に関する決定権がEUと加盟国のいずれにあるべきか(2017年、EU9カ国)
【図表4】移民に関する決定権がEUと加盟国のいずれにあるべきか(2017年、EU9カ国)

 さらに、欧州市民のイスラムに対する態度に関する「欧州の将来」の調査によれば、欧州社会のイスラムに対する懸念は顕著であり、大衆に広がっている。大衆の56%がイスラム諸国からの移民をこれ以上受け容れるべきでないと考えているのに対し、エリートの53%は受け容れをやめるべきではないという意見である。また、大衆の55%は、欧州とイスラムとでは生活様式が相容れないと考えているが、エリートの50%は相容れないとは見なしていない。

移民・難民政策分野の権限はどこにあるのか

 移民・難民分野を含む政策分野は、EUでは「自由・安全・司法領域」と呼ばれる。ここはEUと加盟国の共有権限分野とされ、原則として超国家的協力の範囲に入っている。 EU基本条約によれば、「EUは、その市民に対し、人の自由移動が域外国境管理、庇護、移民、ならびに犯罪の防止および撲滅に関する適切な措置と結びついて確保される、内部に国境のない自由・安全・司法領域を提供する」ことになっている(EU条約第3条2項)。

 この場合の「人」は加盟国国民のみならず,第三国国民をも包含する概念として用いられている。「自由・安全・司法領域」は「内部に国境のない領域」である結果として、EU市民か第三国国民かにかかわらず、いったんその領域内に入るならば自由移動が保障されるため、域外国境管理および第三国からの移民・難民の管理がEUの権限として重要になるはずである。ところが、実際にはそうなっていない。

 この政策分野でEUが主として行ったことは、シェンゲン協定(1985年のシェンゲン条約、1990年のシェンゲン実施協定の総称。これにより、第三国国民を含む「人の自由移動」が一部のEU加盟国の間で実現された。この協定が適用される領域を「シェンゲン領域」と呼ぶ。図表5参照)による域内国境管理の撤廃にとどまり、それに伴って必要とされる域外国境管理や移民・難民の管理は実質的に加盟国にとどまっている。第一に、合法的な経済目的の移民を対象とする移民政策においては、加盟国が就労目的の第三国国民の入国者数を決定する権利は影響を受けないことがEU基本条約に明記されている。すなわち、第三国からの労働移民の規制については加盟国の権限が維持されている。EUの権限は、第三国国民の長期在留、家族の呼び寄せ、不正規移民などに関する一定の共通ルールを設定することにとどまる。そのため、移民政策は最終的には加盟国の責任であることがわかる。

 第二に、難民庇護分野においてEUは「欧州共通庇護制度」を定め、難民申請や受け容れなどに関する基準を設定するとともに、審査の責任国を決定する「ダブリン規則」を制定している。しかし、EUが定めるルールは下限基準にとどまり、難民庇護に関する政策を完全に統一しているわけではない。また難民受け容れに関する実施責任は加盟国にある。

 第三にイギリス、アイルランドおよびデンマークは「自由・安全・司法領域」の政策分野には参加していない(オプトアウトしている)。なお、シェンゲン協定については、デンマークは参加している。また、域外国であるノルウェー、アイスランド、スイス、リヒテンシュタインも、個別の取り決めによりシェンゲン協定に参加している(図表5)。

【図表5】
【図表5】

 以上の点から明らかなとおり、「自由・安全・司法領域」という政策分野は、国内政治から「隔離」されていない。このため、移民・難民問題や国境管理は加盟国の政治問題として扱われる。その結果、排外主義・ポピュリズムの政党は直接、自国政府を攻撃することができる。移民・難民問題に対する不満や懸念は、今や欧州政治の中心を占め、排外主義・ポピュリズムに対する支持の主な要因となっている。しかし他方で、EUも一定範囲で関わっているため、ポピュリスト政党は移民・難民問題の責任をEUに押しつけることもできる。とくにEU加盟国間でのアプローチの違いをEUレベルで調整できなかったことが、EU自体の責任と結びつけられている。先述したように、EUの最大の失敗は何かに関する調査(図表2)で、大衆がトップ3のうちに難民危機と大量移民を挙げているのはそのためであると考えられる。

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