メメント・モリ:コロナ禍のなかで生と死と性を考える1冊を
記事:春秋社
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2020年1月15日の朝を佐治博士は特別の感慨で迎えた。5年前のこの日、佐治博士は前立腺がんの手術を受けたのだ。
「生検の結果ですが、これはまずいです。お仕事もおありでしょうが、今から3年以内に……いや長くても5年以内にですかね。すべてを終えるようになさってください。」(「対談を終えて」より)
それから5年。自分の人生の意味について、死について、いやでも考えざるをえない日々がつづいた。幸いなことに、佐治博士はいまも日常生活を送り、車の運転もできる体調を維持している。若干の安堵はある。しかし考えつづけざるをえない。
一方で佐治博士は、診察のとき、堀江教授の何げない言葉の端々から、なみなみならぬ教養や感性を感じた。この先生とたっぷり時間をとって、もっと深く話してみたい。堀江教授が男性医学の第一人者であることも、その願望を後押しした。前立腺がんに罹患しているとわかったとき、知人の作曲家から聞かされた話が脳裏にこびりついていたからだ。
「私も前立腺がんになってね。手術を受けるか受けないかは、そのまま(男性)性をとるか、生をとるかを意味するって医者に言われて、結局、僕は後者、つまり生きることの「セイ」をとったのはいいけれど、今、精神科にかかっているんだ」(同前)
これまで性をそれほど意識したことはないつもりだった。しかし自分のなかにも男性性を失うかもしれないことへの戸惑いが確かに芽生えていることに、佐治博士は気づいていた。「男性であるとはどういうことか」。そして、疑問をぶつけるに堀江教授よりふさわしい人はいなかった。
こうして3回の対談が実現し、一冊の本にまとまった。『男性復活!――宇宙の進化と男性滅亡に抗して』である。
内容は実に濃密だ。宇宙論も量子力学も分子生物学もある。能楽も西洋音楽もある。佐治博士が目撃した米軍の爆撃機に特攻していく戦闘機のはかない閃き、疎開先で侠気を示してくれた学友、堀江教授が見てきたアメリカの医学界の実情、女性の強さ・優秀さ、男性という性の特徴と、それを生かした生き方の提案もある。病気の治療法の選択の難しさや、「インフォームド・コンセント」で本当にいいのかといった医療現場の問題、コロナ・ウィルスにも少し関係のある風邪への対処法の話もある。
昭和天皇の本当の病状、世阿弥のいう「花」とは何か……話題はあらゆる分野におよび、読者はふたりの該博な知識と経験に圧倒されるだろう。思わぬ発見、驚くような知見もあるだろう。そうして科学と芸術と医学と体験が縦横無尽に交差するなかから、人生の意味と死の姿が徐々に浮かび上がってくる。
「亡くなるときは「楽しんで亡くなる」……というと言いかたが変なんですが、呼ばれて死ぬ方向に行くんじゃないかということです」(第3章・堀江教授)
「人生の夕暮れもきっと終わりではなくて始まりなんです。そう考えると、何だか元気が出てくるような気がしませんか」(第4章・佐治博士)
佐治博士は言う。
「私の人生交響曲も後半にさしかかった今、堀江重郎先生をコンサートマスターにお迎えして、天空の沈黙へと向かう旋律を奏でる機会が得られたことに関して、先生をはじめとして、私を支えてくださったすべての方々に心からの感謝を」(「対談を終えて」より)
佐治博士の言葉を借りれば、私たちはみんな星のカケラだ。星のカケラはやがて星に帰る。本書には、そのとき星のカケラが奏でる美しい旋律が響いている。
(*この文章の執筆にあたり、佐治博士からあらためてメールでお話を聞くことができました。ここにあらためて謝意を表します。)