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危機を迎える現代世界によみがえる思想 マイク・ デイヴィス『マルクス 古き神々と新しき謎』

記事:明石書店

『マルクス 古き神々と新しき謎――失われた革命の理論を求めて』(明石書店)
『マルクス 古き神々と新しき謎――失われた革命の理論を求めて』(明石書店)

 カリフォルニア州フォンタナで一九四六年に生まれた著者は、本書の序にもあるように食肉工業で働き、トラックの運転手をしながら左翼運動に係わり、のちにカリフォルニア大学で学ぶ。いくつかの大学での教職をへたのち、現在はカリフォルニア大学の名誉教授である。出世作となった『要塞都市LA』から、今回の『マルクス 古き神々と新しき謎』に至るまで、彼の基本的なものの見方、姿勢は、一貫しており、かつ進化している。

感染症危機を警告していた著者

 二〇〇五年に出版されたThe Monster at our Door(The New Press,『感染爆発』、紀伊国屋書店)は二〇〇〇年代に流行した鳥インフルエンザを扱っているのだが、ここで書かれた内容があまりにも現今の新型コロナウィルスにも当てはまっているのには思わず唸ってしまう。いわく、「富裕国には、迫りくるパンデミックに備えてグローバルな防御ネットワークを構築する時間が十年近くあった〔これが書かれたのは一五年前である〕。……ワシントンやロンドンや東京では保健担当の閣僚が、製薬業界の特許や利権を崇め奉るかのごとく尊重する一方で、救命に欠かせない薬の基本的な備えを怠っている」。その一方で、「この火急のメッセージを大統領や首相、国王たちに理解させることはWHOに課せられた緊急課題だった。しかしその取り組みは中国やアメリカといった大国の利益を不当に尊重することによって損なわれ……断固たる行動は何一つ生み出さなかった」。挙句の果てにわれわれが新型ウィルスと「戦う武器はマスクと隔離という中世以来変わらぬもの」であるとしているが、これはまったく現在の状況そのものである。著者は一九六〇年代にはじまるネオリベラリズムに基づくグローバル化が「人類と病原菌の関係の再形成」の一つの転換点かもしれないとする。そして鳥インフルエンザの世界的流行の原因の一つとして、IMFと世界銀行による発展途上国の産業の解体と鶏飼育の大規模工場化、そして職を奪われた現地住民がスラムに流入することをあげ、この二つの密集がウィルス増殖の温床であるとしている。

著者は「教職を退き、長く患っていたことで、『マルクス・エンゲルス全集』を手当たり次第にあちこちと読み」、本書を生んだ(写真はマルクス)。
著者は「教職を退き、長く患っていたことで、『マルクス・エンゲルス全集』を手当たり次第にあちこちと読み」、本書を生んだ(写真はマルクス)。

マルクスを徹底的に読み解く

 ジャーナリズムと学術研究の間が曖昧であるともいわれる著者のスタイルは、時にさまざまな批判にさらされることもあるが、本書『マルクス 古き神々と新しき謎――失われた革命の理論を求めて』の一番大きな部分を占める第一章「古き神々、新しき謎――革命的主体についての覚え書き」においても貫かれていて、それが彼の著作の力強い魅力になっていることは間違いない。ここで、マルクスの通読と、膨大な歴史的資料の渉猟の中で、階級意識なり、革命の主体なりの形成を、何か定式化されたものでなく、状況と闘争との動力学の中で生み出されるものとして描き出すというのは、著者にとっては必然の方法で、またこの主題については最も有効な取り組み方なのだろう。それだから著者は単なる結論を提示することはない。むしろ、ここで示されるのは行動の指針であり、結論は読む者に対して開かれているのである。

 第二章「マルクスの失われた理論─一八四八年のナショナリズムの政治」では、第一章でも問題になった農業・農民問題とナショナリズムの問題をさらに深く掘り下げる。『フランスにおける階級闘争 一八四八年─五〇年』と『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』を「単なる理論としても、ジャーナリズムや現在の歴史としても分類されることに反発し、おそらく政治的著作の独自の分野」をなし、「生産諸関係と、政治的に組織された経済的利害関係の衝突とのあいだにある中景に関する政治的社会学の発端」と著者は見るのだが、もしかしたら彼は、ここに自分と同じ姿勢のマルクスを見ているのかもしれない。

「人新生」が生んだ環境危機

 自らを「マルクス主義環境主義者」と呼ぶ著者は自然と人為による環境の変動とそれが歴史に与える影響について、すでに Late Victorian Holocausts: El Niño Famines and the Making of the Third World(Verso, 2000、邦訳版は明石書店より近日刊)において論考を加えている。エルニーニョ・南方振動と、植民地主義と資本主義化、それによってもたらされる飢饉を関係づけ、数百万人が「世界システム」の外ではなく、強制的にその経済的・政治的構造に組み込まれる中で、自由資本主義の黄金時代にスミス、ベンサム、ミルの「神聖な原理の神学的応用によって」殺害されたとする。そしてここに「第三世界」という人類の大きな亀裂が生まれてくる。

著者はロシアの大貴族でありアナキストとして知られるクロポトキン(写真)を、気象変動論、民族移動論の重要な先駆的論者として再生させる。
著者はロシアの大貴族でありアナキストとして知られるクロポトキン(写真)を、気象変動論、民族移動論の重要な先駆的論者として再生させる。

 そうした文脈の中で、第三章「来るべき砂漠──クロポトキン、火星、そしてアジアの鼓動」と第四章「誰が箱舟を作るのか?」で、前者では気象変動という考えが(迷路にはまり込んでしまったことも含め)たどった道筋を明らかにし、後者においては著者がさまざまに告発してきた政治的・経済的不平等が端的に姿をとったものとして、「人新世」という新たな時代において人類の存在そのものを脅かす、最大の不正義である地球温暖化をとりあげ、長いこと彼自身の中心的興味であった都市問題を逆転させることでその解決を提案している。そうして、資本主義によって生じた人類の間の大きな亀裂の修復を試みようとする。

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