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アジアには愛が溢れていると岡倉天心は云ったけれど…… 『音楽放浪記 日本之巻』より

記事:筑摩書房

original image: Nikolay N. Antonov / stock.adobe.com
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日本的現代音楽とはズルズルベッタリである

 「音響が執拗なまでに糊塗された単一方向的な西村作品」「余白なく塗り込まれた極彩色絵巻のような西村作品」──どちらも、『レコード芸術』2007年12月号に載った、西村朗の新しいディスクへの長木誠司氏の批評から。そこで指摘されているのは、まず響きが度外れて厚いということ。それからもうひとつ、一定の音のイメージがベッタリと引きのばされる音楽だということだろう。

 そのとおりだと思う。しかし、似たような音が続くというほうの話は、なにも西村にかぎったことではなさそうだ。厚いか薄いか。力まかせか思わせぶりか。そういった差はあるにせよ、武満徹も細川俊夫も石井眞木も佐藤聰明も、バターナイフでレバーペーストをのばすような、もしくは瞑想的境地がひたすら持続するような音楽でこそ映える。

 同じ無調以後の現代音楽でも、新ウィーン楽派やブーレーズやノーノやリゲティのように、転機や劇性がそなわっていない。むしろ、それらを退けている。そして、そんな音の格好が、やはり日本的現代音楽のいちばんの流儀になっているのではあるまいか。その種の響きだと、これぞ日本のスタンダードと聴くファンが、内外ともに多い感じもする。湯浅譲二や一柳慧や三善晃となると、また違うのだけれど。

 すると、そういう響きのかたちが日本の現代音楽の王道なのだとすれば、それはなぜなのか。日本的現代音楽とはどうしてそういうものになりがちなのか。少し考えてみたくなった。

 維新後、日本は「文明開化」の道をひたはしった。「文明開化」とは西洋文明絶対化である。西洋近代をとりいれることが善にして進歩で、それ以外に固執するのは悪にして旧弊だった。

 そんな西洋崇拝への反省が芽生えたのは、やっと日清戦争後といってよいだろう。清国とどちらがよりよく「文明開化」したかを戦争で競ったあと、やっと日本人に歴史を少し振り返る余裕ができた。「文明開化」し、清朝に勝てはした。しかし、この道は本当に正しかったのか。

 その時代の日本の反省を代表した思想家が岡倉天心である。彼は、日清戦争が終わって6年後の1901年、インドを旅し、直後に『東洋の理想』を刊行した。その核心はこうだ。

 「アジアはひとつである。ヒマラヤ山脈が、二つの個性的な文明を、隔てているようにも見える。即ち、中国の儒教的な共同主義文明と、インドのヴェーダ的な個人主義文明とである。だが、この雪を頂く障壁は、究極普遍的なものを求める愛の広がりを遮れない」

 中国の儒教的な共同主義文明とは、端的にいえば、修身斉家治国平天下の思想に律せられた文明ということだろう。個々人が道徳にめざめれば、いかなる共同体も平穏におさまると、儒教は説いているようである。いっぽう、インドのヴェーダ的な個人主義文明とは、古代のバラモン教からヒンズー教までをつらぬく梵我一如の思想を基軸とした文明ということだろう。我とは個人であり、梵とは宇宙の真理というか絶対普遍の究極のものである。梵我一如の思想は字義どおり、宇宙の真理と個人とがひとつのものだと説くのである。地上に存在する個々のものはみな、宇宙の真理そのものなのだ。我がそのまま究極であるならば、誰も彼もあるがままに正しい。

 この二つの文明は対蹠的とも思える。儒教の文明は道徳で世界をがんじがらめにする。ヴェーダの文明は、個人、個物、その集積としての世界をあるがままに肯定し、放任する。ところが天心は、いっけん正反対な二つの文明を結びつける共通の思想があり、ゆえにアジアはひとつという。共通するものとは、引用箇所の締めに登場する「究極普遍を求める愛」にほかならない。

 究極普遍などというと、究極普遍でないものを捨てて削って退治して、果てにやっとたどり着くものかとも思える。けれども、ヴェーダでは、先述のように梵我一如であり、梵とはすなわち究極普遍の真理である。別に苦労しなくても、最初から我は梵と接し、じかに結びついている。

 儒教のほうの究極普遍は、道徳である。それがはるか遠くにあるなら、苦労し探さなくてはいけない。しかし、道徳は我の心に内在し、我とじかに接している。外から無理やり与えるものではない。儒教が性善説だというのは、そういう意味である。内なる最高道徳をよびさまし、日々に自覚するだけで、個人も家族も共同体も社会も国家もまるくおさまるというのだ。

 では、インドに生まれ、バラモン教やヒンズー教と対立した仏教はどうか。そのがんらいの教義は、個々の人間が修行して悟りを開き、仏になれということである。どうしてただの人間が仏になれるか。それは人間の内に仏性があるからだ。仏性は仏教における究極普遍のものといってもよい。それもまた我の内にあるというのだ。どこか遠くに求めにゆかずともよいのである。

愛し合う者どうしは抱き合って止まっている

 これで、天心のいう愛とは何か、もう明らかだろう。愛とはじかにつながっていることなのだ。アジアでは、仏教でも儒教でもヒンズー教でも、究極普遍的なものと個を隔てない。人と神仏に差がないどころか、相即している。そうした考え方がアジアに遍在しているという確信が、「アジアはひとつ」の根拠である。

 この「アジアはひとつ」は、「文明開化」と鋭く対立せざるをえない。なぜなら、西洋文明は、究極普遍的なものと我とはじかにつながっていないという前提から出発するから。西洋文明の背骨であるキリスト教は、人間や自然とは神の作りものと教える。創造主と被造物のあいだには、ヒマラヤ山脈よりも高い、越えられない壁がある。越えられない向こうに究極普遍のものがあり、人間はその向こうに憧れをつのらせ、バベルの塔を建設するごとく、文明を不断に進歩させ、変えてゆかなくてはいけないと考える。アジアの思想とはなんと違うことか。アジアは自信をもって一カ所に止まっていられる。ところが、西洋は不断に動かずにはおれない。

 天心の世界観では、アジアと西洋はかく対照される。それがはたして適切か。アジアとははたしてそこまで自足し静止し停滞するものか。

 けれども、とにかく天心としては、アジアは是が非でもそのように「発見」されねばならなかった。なぜなら、天心は、発展や革新をうながしつづけるばかりの「文明開化」にたいする反発ゆえに、アジアに向かったのだから。西洋とはつかめないはるか遠くになにがなんでも向かってゆく病んだ文明で、アジアはその逆向きで、すでにいちばん大事なものをつかんでいるから発展や変化への強迫観念にはとらわれていない健康な文明。そう位置づけてはじめて、天心はアジアと日本の誇りを回復できた。天心のアジアは、西洋近代の裏返しでなくてはならなかった。アジアは西洋のネガとして仮構された、といってもよい。そして、そういうアジアの本質を、もっともよく理解する国が、インドや中国の文明を古来から受け入れ、今、アジアでもっとも西洋文明に直面させられている日本なのだ、という理屈になる。

 こうした天心の文明対比の論は、音楽の次元にも容易に置換できるだろう。主題や動機を発展させなくてはいられない西洋音楽とは、不断の進歩をとげつづけ、はるかかなたの神の域に少しでも近づかなくては気のすまない西洋の精神の写し絵になる。とりわけベートーヴェン以後は、超えられない向こうに達しようと、意志的に、前進的に、音を組みあげ、勝ち誇ったり、逆に虚無的に挫折したりする作品を量産してきた。

 ならば、そこに対置されるべきアジアの文化芸術の理想像は、もはや自明だろう。神と人、真理と現実、梵と我が一体になり、絶対普遍的なものとの魂がじかに触れ合いつづけるようなものだ。音楽なら、どこかからどこかへ苦労して向かってドラマを喚起するのではなく、愛にあふれたひとつの境地に終始とどまるようなものだ。

 もちろん、日本の近現代の作曲家が、天心その人に表だって影響されてきたという話ではない。そうではないのだけれど、近代日本では天心に始まるといってよい、西洋の動に対して東洋の静を誇る美的・思想的な態度が、この国の芸術家や芸術愛好者の規範となり当為となってきたのだ、というくらいにはいえるように思う。そうした天心流の音楽でのみごとな到達点として、たとえば武満や細川の仕事があり、また、いよいよ技芸の円熟してきた西村の《カヴィラ》や《幻影とマントラ》もあるのだろう。

 そして、天心の呪力があまりに強いので、もっとほかの日本やアジアの可能性が封じられてきたということもあるにちがいない。たとえば、発展や変化への強迫観念に憑かれた日本やアジアのイメージだって、現実の歴史のさまざまな局面を思い起こせばいかにもありえそうなものだが、その種の表現を日本人の芸術家がやると、どうもよそ者扱いされがちである。われわれの内なる天心が、この国の正統に非ずとはじきだすのだ。

 少なくとも音楽では、天心流がもうじゅうぶんに極まったように感じられる今、そろそろこう叫びたい気もする。われわれの内なる天心を打倒せよ!

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