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コロナ禍のなか、これからの「移住」「田舎暮らし」について考える 鈴木みきさんインタビュー

記事:平凡社

鈴木みきさんが8年間暮らした山梨県北杜市から見える南アルプスの山々(写真/鈴木みき)
鈴木みきさんが8年間暮らした山梨県北杜市から見える南アルプスの山々(写真/鈴木みき)

(鈴木みき『中年女子、ひとりで移住しました』“複業”という生き方)
(鈴木みき『中年女子、ひとりで移住しました』“複業”という生き方)

増えるか!?会社員の「移住」

――新型コロナの影響により自宅で過ごす人が増え、「住まい」や「働き方」について考えるようになりました。そのようななかで「移住」がちょっとしたブームになっています。鈴木さんはこのような状況をどのように捉えていますか。

 今回の新型コロナが感染拡大する前から「移住」は話題になっていました。書店の棚には田舎暮らしの魅力を伝える雑誌などが並ぶようになりましたし、移住経験者の声などを掲載した町おこし関連のポータルサイトもあります。ここ数年で若い世代の移住に注目が集まったきっかけは2011年の東日本大震災だと思います。ですから今回のコロナ禍は第2次ブームなのかな、と。ただ、これまで移住という言葉すら頭に思い浮かばなかった人が移住について考え始めているのは新しい動きですね。前は例えば、カフェを開業したい、有機農業をしたいという志を持った人が移住することが多かったのですが、現在は会社勤めをしながら移住する意識が高まっていると感じています。

山梨県北杜市に移住していた当時の住まいは茅葺屋根の一軒家。囲炉裏も付いて家賃は2万5000円だった(写真/鈴木みき)
山梨県北杜市に移住していた当時の住まいは茅葺屋根の一軒家。囲炉裏も付いて家賃は2万5000円だった(写真/鈴木みき)

――たしかに、移住というとさまざまな制約がありますので、比較的自由に働く時間を決める人だけにしかできないことだと思っていました。

 そうですね。これまでは企業に勤めている人が移住に憧れても仕事をいったん辞めないといけなかった。だからフリーランスや会社を辞めてから移住する人がほとんどを占めていました。しかし、コロナでリモートワークが推奨されて「どこでも働けるじゃん!」「どこでも住めるじゃん!」と多くの人が感じたのではないでしょうか。会社や仕事から住む場所を決めるのではなく、自分が住みたい場所を自由に決め、住みたい場所で仕事ができるようになったというのが大きいですね。

――そもそも、なぜ昨今、「移住」が注目されていると思いますか。

 その理由は3つあると考えています。まず移住云々ではなく、30代後半から40代前半って「この先、このままでよいのかな」とモヤモヤしますよね。約10年前の私自身もそうでした。30代後半から40代前半って仕事やプライベートが一旦高止まりする頃で、悩むことも多い時期だと思います。モヤモヤしている頃に東日本大震災や今回の新型コロナなどが重なり、生き方について立ち止まって考えて移住に踏み切る人が多くなったのだと思います。

 あと、長生きできる時代になったということも大きいです。たとえ移住したとしても、そこからの人生もそれなりに長く住めるんですよね。そういう時間的な余裕もあるのではないでしょうか。

――ここ半年間、移住に関する相談は増えましたか。

 コロナだからといって特段相談が増えるということはありませんでしたが、大自然の中に移住したいと考える人より、都市に近い場所に移住したいという人が増えましたね。東京や大阪など都市部まで片道3時間以内の場所で家を探している人が多い。コロナ前の移住は「ある程度生活レベルが落ちても自然の中で暮らしたい」という人が多かったのですが、最近は「現在の生活レベルをキープしつつ快適に暮らしたい」と考えている人が増えたからなんじゃないかな。第1次移住ブームの波に乗った人はこの大きな「働き方改革」に驚いているかもしれませんが、これからの移住はそういう意味で新たなステージに入っているのではないかと実感しています。

――コロナ前後に関わらず、実際に移住した方の移住理由はどのようなものが多いでしょうか。また年齢の傾向はありますか。

 移住理由は本当にさまざまで、家族形態で傾向がわかれるのかなと思っています。30代くらいの若い夫婦は子どもの教育のため、独身の男女は田舎の町おこし活動や第2の人生を求めてという理由が多いですね。

 ここ数年の移住は20~30代が活発です。早期退職者や定年後の移住者も相変わらず多いのですが、退職金を切り崩しながら老後の生活を送るのは田舎だとしても昔ほど優雅ではないと思います。あと、身体的な衰えの影響で車の運転ができないと病院や買い物に行けないなどという問題も出てきますよね。

 移住して充実した余生を送っています!という人たちが登場するテレビ番組が人気ですが、番組に出てくるような人たちのように暮らすためにはその土地との縁や蓄えが不可欠だと思いますよ。

2020年のコロナ禍で半年ぶりに北海道から上京した鈴木みきさん。「自粛生活は不思議と快適でした」(写真/平凡社編集部)
2020年のコロナ禍で半年ぶりに北海道から上京した鈴木みきさん。「自粛生活は不思議と快適でした」(写真/平凡社編集部)

緊急事態宣言下の移住生活

――4月上旬、緊急事態宣言が出されました。あの日以降、私たちの暮らしは家が中心になりました。特に普段いろんなところに出掛けている都市部に住んでいる人は辛かった。郊外にお住まいの鈴木さんの生活はいかがでしたか。コロナ前に移住していたからよかったこと、逆に後悔したことはありますか。

 私にとって自粛生活はまったく問題はなく、ちょっと誤解されるかもしれませんが、むしろ快適でした。私はいま、札幌市郊外に住んでいて、普段は登山ツアーのガイドもしているのですが春以降はゼロになりました。しかし、イラストを描く仕事があるのでそれほど悲観的にはなりませんでした。著書の中でも言っているのですが、これまでずっと1つの職業ではなく、いくつか仕事をする“複業”をしているからだと思います。1つでも収入先があると気持ちが楽です。

 あと私の性格も影響していると思いますが、ずっと家にいても苦ではなく、むしろ決まった予定がないので自由にのびのびと過ごすことができました。リラックスしながら過ごすことができたのは家の環境が大きかったですね。近くには大好きな山があり、家の目の前が開けていて、圧迫感がなかったこともよかったのかもしれません。もともと私は家で過ごす時間が長いので、窓から見える景色や周囲との距離感を重要視して移住先を決めています。

――“複業”は特段際立った才能がなくてもできますか。

 特に際立ったスキルがなくても複業はできます。もちろん、得意なものがあるとそれだけ強みにはなりますが、それだけで移住が成功するかしないかは決まらないですね。むしろ、食べていくために何でもやるぞ!というガッツが重要です。

 逆に「私は絶対にこの仕事じゃなきゃダメ!」というこだわりが強い人、「私は~だから」「~だからできない」が口癖になって後ろ向きの人は田舎暮らしには向いていません。あとは、人やモノに関わらず何かに依存する人。田舎暮らしは、雑草むしりや地区の作業なども多い。近所の人は助けてくれますが、最初から頼むスタンスはNGですね。何でも自分でトライすることが大切です。

「移住」を本気で考えている人へ

――「移住」を踏み切る人はある程度リスクを想定して「移住」をする方が多いと思いますが、鈴木さんは想定外の事態、トラブルは起こりましたか。

 みなさんが期待されているような、あっと驚く想定外の出来事はありませんでした(笑)。しいて言えば本の中にも書きましたが、山梨県北杜市に移住していた頃に住んできた茅葺き屋根の屋根裏にハクビシンが出入りしていて、糞だらけだったことは驚きました。よい歳の女性が屋根裏で一人で糞と格闘している姿を想像するとなんだかおかしいですよね(笑)。

 あとは、山が好きで山の近くに移住したのにもかかわらず、思っていたほど山に行かなかったことでしょうか。常に山が見えるためなのか、都内に住んでいた頃ほど山登りはしませんでした。

 もしかすると私は登山や旅で「想定外」のことに慣れているのかもしれません。もし想定外のことが起きても逆に楽しめる、そんな人が田舎暮らしには向いているかもしれないですね。

札幌の住まいは集合住宅。コロナ禍の自粛期間中の楽しみはベランダでの一杯(写真/鈴木みき)
札幌の住まいは集合住宅。コロナ禍の自粛期間中の楽しみはベランダでの一杯(写真/鈴木みき)

――著書を読むと、鈴木さんはご近所さんにとても愛されているというか、人気者だな、と思いました。これは鈴木さんだからこそできることであって、移住したい人の中には「私は人付き合いが苦手でストレス」という方もいます。そういう方は移住には不向きなのでしょうか。

 人付き合いが“本当に”苦手な人、話すことにストレスを感じる人は、田舎ではなく、郊外くらいにしておいたほうがいいかもしれません。よく、移住したいと思う人はテレビで話題の“ポツンと一軒家的”な家に住みたいと考えている人がいますね。しかし、そういう“ポツンと一軒家的”な住宅こそ、人とのコミュニケーションが大切になってきます。奥地の空き家はネットなどで掲載されることは非常に少ないですし、人づてに家を手渡されることが多いんですよ。

 あと著書の中でも触れていますが、いろいろな意味で超越した人を“仙人”と呼んでいるのですが、“仙人”レベルになるにはそれなりの人付き合いが必要になってきます。人と関わらないで“仙人”レベルになろうとすると「なんだあの人は?」と本当に変な人扱いされてしまう恐れがありますから。周囲からどんなことを言われても気にしないという人は構わないことでしょうけど……。(笑)

北杜市の住まいから見えた南アルプスの甲斐駒ヶ岳に登山。移住後の「初詣」(写真/鈴木みき)
北杜市の住まいから見えた南アルプスの甲斐駒ヶ岳に登山。移住後の「初詣」(写真/鈴木みき)

「中年」「独身」の移住に注目を

――新型コロナ禍で鈴木さんご自身に何か変化はありましたか。

 実は初めて東京に戻りたくなりました。母が東京で1人で暮らしており、老いていく母を放っておけないという気持ちが日に日に高まっておりまして、東京に戻って母と過ごす時間を増やしたいな、と。今回の新型コロナの自粛期間中、“家族”を考える機会が増え、週に何回か母と連絡を取り合っているうちにそういう気持ちが生まれました。いくら好きなところに住みたいといっても家族のことは放っておくことはできませんからね。

 「移住」というのはそこに永遠に住まなくてはいけない「永住」ではなく、自分自身のライフスタイルや優先順位に即しながら住む場所を変えてもいいんじゃない?というのが、この本のテーマなので、この変化も想定内といったところでしょうか。でも、まだ母には頑張ってもらって、あと数年は札幌にいるつもりですけどね。

――移住にまつわる課題はありますか。もっと政府や自治体にこうしてほしい、という要望です。

 もっと中年に優しくして欲しいですね。移住を支援します、とホームページなどで謳っている自治体は多いのですが、その8割くらいは40歳までの制度が多い。公営団地は40代以降になると条件が厳しくなって入居しづらくなってきます。また、独身の男女への支援も手厚くして欲しいです。とにかく「中年で独身」への視点が抜け落ちてしまっていると思います。

 40代は社会に出てある程度時間が経っていますから、経済的にも社会的にも基板がしっかりしていますし、ビジネスでの経験も豊か。そういう年齢層をもっと呼び込まないと自治体的にももったいない気がします。

 あとは、働きながら休暇をとる「ワーケーション」が国を挙げて推進されるとか。まだなかなか浸透していない印象ですが、人が出入りすると町も活性化しますし、そこで新たなビジネスや移住者が生まれるかもしれません。

――最後に移住に関心を寄せる方へのメッセージを。

 移住といっても永遠に住まなくてはならない、という決まりがあるわけではないので、惹かれる場所のイメージがあればまずは日帰りでもいいので直接足を運んでみるといいと思います。意外に街が賑わっていた、移住している人が多いから住みやすそう、寂れていて気持ちが沈んでしまったなど、思い描いていた移住暮らしのイメージと近いか、それとも、かけ離れていたのか肌で感じることができます。あとは独身の方で家族や自分自身の問題など抱えていない方でしたら、先のことはあまり考えず、移住を夢や憧れで終わらせないでほしいです。元気で自由がきく時間は思うほど長くないですよ。

「自分自身のライフスタイルや優先事項を考えながら住む場所を考えてもいいのでは」と話す鈴木みきさん(写真/平凡社編集部)
「自分自身のライフスタイルや優先事項を考えながら住む場所を考えてもいいのでは」と話す鈴木みきさん(写真/平凡社編集部)

文/平井瑛子(平凡社編集部)

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