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「わが家のルール」も民俗学の研究対象になる!? 現代民俗学の面白さ

記事:平凡社

平凡社新書『みんなの民俗学』の著者、関西学院大学・島村恭則教授
平凡社新書『みんなの民俗学』の著者、関西学院大学・島村恭則教授

 『みんなの民俗学 ヴァナキュラーってなんだ?』(平凡社新書)の著者である島村恭則氏は、家庭や学校、職場のなかの身近な風習(ヴァナキュラー)を研究対象としている。民俗学というと「田舎に古くから伝えられている習俗」を伝える学問というイメージがある。だがそれは誤解で、現代の身近な風習を探ることも民俗学の面白さなのだ。

 著者の勤める大学の学生達からは、「化け物」の例として下記のような報告が寄せられている。

 「箕面のおばさん」を知っているだろうか。もちろん知らないであろう。「箕面のおばさん」とは、私の母が勝手に生み出した人物である。私は大阪府池田市に住んでいる。隣の市は箕面市だ。私には姉が一人いるのだが、小さい頃、夜遅くなっても二人で騒いで寝ないことが多かった。そんなとき、父や母が「はよ寝ないと箕面のおばさんが来るで!」と言うのが定番であった。それでも寝ないときは両親にカーテンを開けられる。「箕面のおばさん」は、夜遅くなっても寝ていない子どもを見つけると襲いに来る。カーテンを開けた先に見える景色は古い家々であったため、さらに恐怖心が増した。とても不気味で姉とともにすぐに布団に入った記憶がある。

 著者によると、この現象の背景には、以下のようなものがあるという。

 日本には、山姥のような怖い存在が山中にいたり、あるいは秋田県のナマハゲのような来訪神(時を定めて異界から訪れ、人びとに幸や福をもたらすとされる神)がやって来たりという民間伝承(ここでは、従来の民俗学が中心的な研究対象としてきた伝承のこととしておく)がたくさん存在する。そしてそれらは、右に出てくる「三枚のお札」のようにメディアで再生産され、社会に広まったりもしている。「箕面のおばさん」を生み出したお母さんは、メディア経由の民間伝承に発想のヒントを得て、見事に新たな「来訪する化け物」を創出している。「箕面のおばさん」は、現代に生まれた立派なヴァナキュラーといってよい。同様のヴァナキュラーは、あちこちの家庭に存在するようだ。

 別の学生からのこんな報告もある。

 幼児のとき、ショッピングモールに行くたびに、洋服店にあるマネキンを指差して「ルルルのおっちゃん怖い!」と言って泣いていた(なぜルルルかは本人にも両親にもわからないという)。このことから、両親は、彼が親の言うことを聞かないと、「ルルルのおっちゃん来るで!」と言って静かにさせるようになったそうである。

(以上『みんなの民俗学』第1章 知られざる「家庭の中のヴァナキュラー」より引用)

 

 家庭や職場など、あなたの身近にも「ヴァナキュラー」はたくさんある。たとえば、大阪でエスカレーターに立つ人の列は右側だが、東京では左側というようなローカルな習慣もそのひとつに入るだろう。「ヴァナキュラー」とはなにか、またどのような「ヴァナキュラー」が存在するのか。

 本書を手に探せば、見慣れた光景が新鮮なものに見えてくるのではないだろうか。

《『みんなの民俗学 ヴァナキュラーってなんだ?』目次》

序章 ヴァナキュラーとは〈俗〉である
1 私と民俗学
お祈り癖/ごみ収集車の調査/死が怖い/民俗学と出会う/沖縄に行く/韓国で暮らす/日本での研究
2 民俗学とはどのような学問か?
民俗学はドイツで生まれた/対覇権主義の学問/日本の民俗学
3 ヴァナキュラー
ヴァナキュラーとは?/フォークロアからヴァナキュラーへ/民俗学は現代学

第1部 身近なヴァナキュラー
第1章 知られざる「家庭の中のヴァナキュラー」
お母さんが創り出した化け物/気仙沼の海神様/わが家だけのルール/靴のおまじない
第2章 キャンパスのヴァナキュラー
関学七不思議/キャンパス用語/運動部の曲がり角の挨拶 「こんにちはです」/目覚ましは「ごみの歌」
第3章 働く人たちのヴァナキュラー
1 消防士のヴァナキュラー
アメリカの消防署/消防うどん/消防めし
2 トラックドライバーのヴァナキュラー
トラックドライバーの挨拶/CB無線での会話
3 鉄道民俗学
駅の池庭/段四郎大明神/特急「はと」と青葉荘/切符売りおばさ ん
4 水道マンのヴァナキュラー
5 裁判官にもあるヴァナキュラー
裁判官の口頭伝承/「伝承」と民俗学
6 OLの抵抗行為

第2部 ローカルとグローバル
4章 喫茶店モーニング習慣の謎
1 日本各地のモーニング
愛知県豊橋市/名古屋市/愛知県一宮市/大阪府東大阪市/大阪市生野区/大阪市西区/兵庫県尼崎市/神戸市長田区/広島市中区/愛媛県松山市
2 アジアの「モーニング」
香港は飲茶/ベトナムはフォーやソイ/プノンペンはかゆ バンコクはいつも外食/シンガポールのセルフカフェ
3 モーニングをめぐる考察
なぜ行われるのか?/日本での分布/モーニングの歴史/アジアの中のモーニング/「ヴァナキュラーな公共圏」 としてのモーニング
5章 B級グルメはどこから来たか?
引揚者の円盤餃子/じゃじゃ麵/別府冷麵/遠野のジンギスカン/芦別のガタタン/室蘭のやきとり/みそ焼きうどん/モーレツ紅茶
6章 水の上で暮らす人びと
香港の水上レストラン/家船の暮らし/行商船と運搬船/家船の陸上がり/艀乗りからバスの運転手へ/かき船/かき船の陸上がり/ロンドンの運河と水上生活者
7章 宗教的ヴァナキュラー
1 パワーストーンとパワースポット
パワーストーンを信じるか?/個人的パワースポット
2 フォークロレスクとオステンション
ぼんぼり祭り/肘神様/アマビエ・ブーム
3 グローバル・ヴァナキュラーとしてのイナリ信仰

おわりに
次に何を読んだらよいか/民俗学を大学・大学院で学ぶには/地域で民俗学を学びたい場合

【コラム】① ヴァナキュラーな時間/②なぜ大晦日の夜に「おせち料理」を食べるのか?③ 現代の「座敷わらし」/④初詣で並ぶ必要はあるのか?

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