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危機の時代のリーダーのあり方 英国ベストセラー歴史家による9つの「レッスン」

記事:白水社

ナポレオンやチャーチルの伝記で著名な英国のベストセラー歴史家が、「九人九色」のリーダーシップを明快に比較考察! アンドルー・ロバーツ著『戦時リーダーシップ論 歴史をつくった九人の教訓』(白水社刊)は短篇小説を読むような趣もある。歴史の教訓は現代の各組織のリーダーを考えるうえでも大いに参考になる。戦時の世界史に、学ぶ。
ナポレオンやチャーチルの伝記で著名な英国のベストセラー歴史家が、「九人九色」のリーダーシップを明快に比較考察! アンドルー・ロバーツ著『戦時リーダーシップ論 歴史をつくった九人の教訓』(白水社刊)は短篇小説を読むような趣もある。歴史の教訓は現代の各組織のリーダーを考えるうえでも大いに参考になる。戦時の世界史に、学ぶ。

リーダーシップのなぞ

 「100人の人間がいかにして1人の人物に統率され得るか」。これはわたしが受けた1981年のケンブリッジ大学入試における3時間の論述問題の1つだった。それ以来、わたしを魅了してきた問題である。100人どころか、時には10万人あるいは100万人──中国やインドの場合は10億である──の男女が良きにつけ悪しきにつけ、いかに統率され得るかを説明するのは、結局のところ、リーダーシップの技術である。

 『戦時リーダーシップ論』は、戦争がいかにリーダーシップの最善の姿と最悪の姿を呼び出し、それを白日の下にさらすかについて、わたしが行った連続講演がもとになっている。わたしは9人の──重要という意味で──主要な人物に焦点を合わせ、そのリーダーシップをあらわにしている彼らの人格の諸側面を抽出することにした。平時にも適用できるリーダーシップの重要な教訓を理解するうえで、共通要素が十分あると考えるからである。

【Andrew Roberts, Historian and Author of "Leadership in War"】

 わたしたちはリーダーシップを本質的に良いことと思いがちだが、アドルフ・ヒトラーとヨシフ・スターリンについての小論が示すとおり、リーダーシップとは実は、道徳的には完全に価値中立的であり、人類を陽の当たる高台へも、奈落の底へも連れこみ得るのだ。リーダーシップとは、恐るべき力がさまざまに形を変える影響力のことであり、ことによると、わたしたちはいつの日か、どこであれ100人といえども1人の人物に統率され得る方法がそもそもあったという事実を悔いるかもしれない。その一方でわたしたちは、命にかかわる病気や核分裂に関する場合のように、リーダーシップの威力を理解し、本書の小論に登場する他の7人のように、それを良き方向へ向けることが明らかに必要なのである。

アンドルー・ロバーツ『戦時リーダーシップ論 歴史をつくった九人の教訓』(白水社)目次より
アンドルー・ロバーツ『戦時リーダーシップ論 歴史をつくった九人の教訓』(白水社)目次より

 これら9人の指導者はそれぞれ、大いなる戦時リーダーシップの重要な特性である強い自己信頼感をもっていた。ウィンストン・チャーチルのように、その自己信頼感が、自らの生まれの特殊性と指導・統治の権利を強調してきた家系および教育に由来している場合がある。ナポレオンのように、思春期と初期成年期に自らの卓越した知性と能力をますます自覚したことに由来している場合もある。マーガレット・サッチャーは初期中年期にもなると、周囲の男性たちには不可能と思われるような形で指導できると確信していた。ヒトラーの自己信頼感は、己の憎悪と遺恨の言葉が1920年代のバイエルンのビアホールで、失業した復員兵の有象無象の衆に対してもち得る効果に気づいたところから、頭をもたげた。挫折がこれら指導者の希望をくじくことはなかった。挫折はむしろ、しばしば彼らを鍛えることがあった。失敗は一つの挿話、おおむね将来への教訓を与える挿話であった。最終的なものではなかったのだ。

 これらの指導者はそれぞれに、達成すべき任務があると信じてもいて、それは単にいま戦っている戦争に勝つということだけではなかった。すなわち、スターリンにとっては世界にマルクス・レーニン主義を広めること。ネルソンにとってはフランス革命の原理を完膚なきまでに破壊すること。ヒトラーにとっては、他民族を従属させるアーリア諸民族の勝利であった。「大英帝国の破産」を防ごうというチャーチルの夢と同様、彼ら全員が失敗しているのだが、シャルル・ドゴールは1940年の破局のあと、フランスの栄光を回復する目標に成功し、サッチャーは不可逆的と思われた英国の衰退を巻き返すことに成功。そしてドワイト・アイゼンハワーは西ヨーロッパの解放に成功した。

 これら指導者の何人かは先人指導者から学んでいるため、本書はほぼ時系列に従っている。例えば、ネルソンからチャーチル、サッチャーを貫く糸は明確だ。ナポレオンからチャーチルに至る糸も同様である。スターリンを唯一の例外として、これら指導者のほぼ全員が若いころ歴史書と伝記を読み込み、自国の一連の英雄たちのなかに自らを位置づけることができた。ヒトラーでさえ自らをアルミニウス〔ローマ軍を破ったゲルマンの英雄〕の再来と考え、ロシア侵攻作戦に、12世紀の神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世〔バルバロッサ=赤ひげ王〕にちなむ「バルバロッサ」の暗号名をつけた。

アンドルー・ロバーツ『戦時リーダーシップ論 歴史をつくった九人の教訓』(白水社)P.190─191より
アンドルー・ロバーツ『戦時リーダーシップ論 歴史をつくった九人の教訓』(白水社)P.190─191より

 米大統領リチャード・ニクソンは著書『指導者とは』〔邦訳、文藝春秋〕のなかで、勲功章の授与式に臨んだときのことについて、こう述べている。

「そこに並んでいる人びとがもし危険に出遭うことがなければ、おそらく大部分は普通の人だったろう。……挑戦さえなかったら、彼らは勇気を発揮することはなかっただろう」。

 彼はこう結論している。

「指導者についても、戦争は容易にそれとわかる形で、彼らの能力を見せてくれる。平和の挑戦も同じほど偉大な機会だが、たとえ指導者がその挑戦に勝っても、勝利はあまりドラマチックではないし、人の目を驚かすことが少ない」。

 それゆえに、ルクセンブルクの首相が、平和時に、真に偉大な歴史的指導者になることなど不可能に近いだろう。これは人間の条件についての憂鬱な見立てであるかもしれない、だがそのとおりなのである。

【アンドルー・ロバーツ『戦時リーダーシップ論 歴史をつくった九人の教訓』(白水社)所収「序文 リーダーシップのなぞ」より】

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