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神はなぜわれわれを愛するか? シモーヌ・ヴェーユ『重力と恩寵』

記事:春秋社

シモーヌ・ヴェーユとは

 今回扱うのは『重力と恩寵』である。重力という物理的な現象と、恩寵というごく精神的な現象を取り合わせるタイトルがまず面白い。

 『重力と恩寵』はギュスターヴ・ティボンがヴェーユから託されたノートを、彼女の死後、テーマ別に整理編集して出版した断想集である。ギュスターヴ・ティボンは教壇を追われ、田舎で農場の手伝いをしたいというヴェーユを受け入れた人物である。ティボンによって編集された『重力と恩寵』は純粋なヴェーユの著作と言えない面がある。しかし、『重力と恩寵』は春秋社のみならず、岩波文庫やちくま学芸文庫にも入っている。ヴェーユの代表作と見なされているからであるし、実際に与えた影響も大きいようである。

 ティボンの序文を読むと、ヴェーユはかなりとっつきにくい人物であったようである。

本質と外見との配置が彼女の場合は入れ換わっていた。大部分の人びとの場合と逆に、彼女はうちとけた雰囲気で知れば知るほどその真価がわかる人物だった。おそろしいほどの闊達さで自分の性格の愉快でない面をそとにあらわすくせに、いちばんよい面をはっきりあらわすためには、多くの時間と愛情を必要とし、また、羞恥心を克服しなければならなかったのである。『重力と恩寵』p.309

 愉快でない面というのは

社会生活の上の要請とか体面などにはいっさい譲歩しないことであった。彼女はつねに、どんな状況にさいしても、自分の考えを腹蔵なく全部の人に披歴した。この率直さはなによりもまず人びとに対する深い敬意から発していたのだが、しばしば彼女に災難をもたらした。同書p.312

 彼女のこの譲らない率直さというか純粋さは『重力と恩寵』を少し読むだけでも伝わってくる。

真空と神の愛

 とにかく彼女は自分を真空にし、神を招くことを目指していた。だが、真空を受け入れることは自力で可能なわざではなく、それ自体すでに神の恩寵が無ければ不可能である。

自分のもつ力をすっかり行使しないのは、真空を許容することである。これはすべての自然法則に反することで、恩寵だけのよくするわざである。
恩寵はあいているところを満たす。ただし、恩寵を受け容れる真空のあるところにしかはいっていかない。そしてその真空をつくるのは恩寵である。同書p.25
真空を求めてはならない。真空を埋めるために超本性的な糧に頼るのは神をこころみることになるだろうから。真空を避けてもいけない。同書p.47

 真空は私が虚しくなることである。

私のうちなるものはどれもこれも例外なくまったく価値がない。そして、そとから与えられるおくりもののなかで、私が自分専用に供するものは、たちどころに価値を失う。同書p.59

 虚しくなったその真空に受け容れる恩寵はなによりも神自身のためのものなのだ。

われわれに対する神の愛は、われわれをとおして神自身に向けられた愛である。このように、われわれに存在を与える神は、われわれの心のなかの、存在しないことへの同意を愛する。
われわれの生存は、われわれが存在しないことに同意するのを待つ神の意志によってのみ成り立っている同書p.60

 私の存在が神と世界との交流を邪魔しないように身を引くこと。この存在しないことへの同意だけが神の愛に値するのである。だが、この身を引くことを勘違いしてはいけない。

この創られた世界がもう私に感じられなくなるようになどとはつゆほどものぞんでいない。むしろこの世界が感じられるのは私個人に対してでなくなるようにとのぞんでいるのである。同書p.78

 自力で真空を受け容れることができないのに、どうすればいいのか。

どこへおもむくかは知らずに、祈ることである。同書p.82

 前半部分は神と人びとの関係に対する考察であり、真空と恩寵、神の愛と神を通した無私の奉仕についてまとまった話が展開されるが、後半からはその信仰の理屈を引き継ぎつつ、各テーマに対する独立した考察が集められている。

 私はヴェーユの言葉から、この世が悲惨であること、不条理であることを感じる。だが、むしろだからこそ神と関係を持つことができるのだ。 

 最後に「不幸」というテーマから私が好ましく思った文章を一つ引用して終わりにしよう。

「世界にはなんの値うちもない。この人生にはなんの値うちもない」といいながら、その証拠に悪をもちだすのは無意味なことである。なぜなら、もしなんの値うちもなければ、悪はいったいそこからなにを奪うというのだろう?同書p.147

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