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自分の頭の中を語るということ 『エマニュエル・トッドの思考地図』

記事:筑摩書房

 私は本能に従う研究者であり、方法論について深く考えたことがありません。ですから、二〇一七年に筑摩書房からこの企画について聞いたときは驚きました。すでに公表されたインタビューをまとめるという形の日本語オリジナルはこれまでもありましたが、本企画はなにしろ、一からすべて取材するだけではなく、そのテーマは思考についてだというのです。これはフランスでも提案されたことがない企画でした。そしてこの本を作る過程は実際、非常に驚きに満ちた経験であり、自分自身について再考することにもつながっていきました。

聞き手として理想的な「日本」

 私は研究に人生を費やしてきました。ですから、それを具体的に「どうやっているのか」という質問は、もはや私の妻、母、父、あるいは子供たちとの関係に関する質問と同じくらい私的なものなのです。それは少し精神分析に似ているのではないでしょうか。おそらく精神分析をするためには、二つの条件が整う必要があると思います。一つ目は、聞き手とのある程度の距離です。そして、日本の読者と私は理想的な距離を保っているのです。私とは物理的にも精神的にも近すぎるフランスの読者に対しては、これほどまでの率直さと無頓着さ、さらには解放感をもって語ることはできなかったでしょう。二つ目は、聞き手はある種の権威を有しているべきだという点です。そういう意味では、日本は国力もしかり、その優雅さにおいてもすばらしく、世界の中でも最も豊かな文化を有する国です。個人的な自分の内面について語る相手として、日本は以上の二つの条件を理想的にクリアする国なのです。

 こうして、一切の恥じらいもなく、一人のフランスの知識人が自分の頭の中身について伝える相手として理想的な存在だったのが、上述したような日本を体現した聞き手の大野氏でした。それと同時に、私にとっての彼女は日本人であるのと同じくらいフランス人でもあるという点も大切でした。そしてまた、問いかけてくる相手は自分が信頼できる人物でなければならないのは言うまでもありません。その意味で私と彼女の信頼関係は精神科医との良い関係性がそうであるように、簡単に説明できるものではないのです。こうして彼女が効率的に、また、断固とした姿勢で道筋を作ってくれ、不可能が可能になったのです。

 具体的には、本のテーマや流れを設定した後、大部分に関する聞き取りは定期的に、一週間から二週間に一回、数か月間かけて行いました。最初は自分がどう感じるか想像もつかなかったのですが、いつしか、この定期的なセッションが楽しみになっていたのです。そしてその後も不定期に、実はコロナ禍でも、仕事は続けられたのでした。また、本の担当をしてくださった編集者の田所氏の存在も常に感じてきました。この二人の仕事なくしては、この本はできなかったのです。

無意識の思考を言葉にすること

 さて、どこかナルシスト的だとさえ言えるような本を作ったことはそれだけで私にとって新鮮な経験でしたが、この本で私は何を見せたのか。思い起こして一番頭に残っているのは、私の経歴も、そしてその思考もいかに秩序を欠いているかということでしょう。無意識のプロセスを描き出した、そんな印象なのです。しかし研究者の私は同時に、完璧な仕事をしたいという欲望も持っています。つまりもしかしたら、内なる無秩序というのは秩序を求める気持ちと相いれないわけではない、ということかもしれません。またこれは、必ずしも研究者だけに当てはまることではないでしょう。

 日本の皆さんにこうして直接語ることがいかに喜ばしいことか、そしていかに光栄なことなのか、改めて申し上げたいと思います。この本で自分を振り返ってみれば、一見乱雑なことも実は創造力につながる道なのだということを再認識しました。そしてこのささやかな気づきが日本の皆さんにも伝わったとすれば、これ以上うれしいことはありません。

(訳=大野舞)

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